第12話
(明日がアジトに行く日で、明後日が調印式)
暁の邸内の客間にて。
欠かさず招待されたお茶の時間。
桜えび、かぼちゃ、マヨネーズのサンドイッチ。
ほうじ茶のスコーン。
木苺のロールケーキ、正方形のショコラケーキ。
流れる時間はゆったりと温かく優しくも、ほんのりと冷たい風が常に通り過ぎる。
(今日も何も訊かれなかったな)
舞春は白地の小さなティーカップを白地のソーサーに乗せて、伏していた目を上げて、真っ直ぐに暁の目を見た。
視線が絡み合った。
けれど、どちらも言葉はなく。
舞春は迷っていた。
暁に問いかけるか否か。
私はどうすべきか。と。
やれる事は少ない。が。何もできないわけではない。
失敗したとしても死ぬだけなのだ。今回は。何も支障はない。そう、何も。
ただ、自分の気持ちがすっきりしないだけ。
ほんの僅かでも多く手助けをしたいという気持ちが。
違う。それだけじゃない。本当は。
本当は和平協定が結ばれた後を一緒に。
叶うわけがない。
万が一生き残れたとしても、暗殺者なのだ。
刑に則って、死刑。死ぬのだ。
怖くない。
ただ、無念だ。
今生でも、叶わない事が。
夢の続きを一緒に歩めない事がとても。
「どうして泣いているのか?」
「ええ。美味しいものが毎日食べられて幸せだなと思いましたら、涙が流れてしまいました。見苦しい姿をお見せしました。申し訳ございません」
暁に指摘されて初めて泣いている事に気づいた舞春。おっとりとした口調でそう告げると、ドレスの胸ポケットから取り出したハンカチで目元をやわく押さえて、微笑を浮かべて暁を見ようとしたがその瞬間、思わず身体を微動させてしまった。
動揺を露わにしてしまった。
初めてだった。
写真でしか知り得なかった、静かな気迫。
深淵の森にも似たその気迫が直に身体を貫いたのだ。
矢の如く。
脳が危険信号をけたたましく鳴らす。
この人間には敵わないのだと。
(そりゃあ、そうか。この人はオヤジだもんな)
俺たち組員全員がかかっても敵わない人間だ。
強く再認識した舞春は、ハンカチを胸ポケットにきれいにしまい直すと微笑を湛えた。
(でも、私たちが敵わない強い人間のオヤジでも、完璧なわけではない。綻びは必ず出て来る)
泣いてしまいたかった。
強く。
いやだいやだと。
どうして平和に暮らせないのだと。
どうしてこの人と一緒に過ごせないのだと。
強く強く。
泣いてしまいたかった。
(2023.4.17)
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