第10話
(餌付けされているのだろうか?)
あれから毎日暁の邸に呼ばれてお茶の時間を過ごしている舞春。三段のケーキスタンドの中身は変わりながらも、ただ暁に無言で見つめられては一時間後には見送られる日々は変わらなかった。
(何も訊いて来ないのは、どうせ偽情報を掴まされて無駄だと思っているからか?)
もくりもくり。
ゆったりと丁寧に食す。
厚焼き玉子のサンドイッチ。
塩漬けされた桜の花びら入りのスコーン。
三角形の苺タルト、半月形の紅茶のシフォンケーキ。
(早く苦悩から解放させて、こんな風にどこぞの令嬢とゆったり過ごしてほしい)
その為には。
(ボスを殺害したとしても、いくらでも替えは効く。すぐに後釜が配置されるだけ。大元を潰さないとどうしようもない。が。やはりその為には和平協定国の協力が必要)
舞春は紅茶をゆったりと楽しみながら、内心で乾いた苦笑を零した。
一時的に暗殺を停止させる事しかできない。
せめてこの身に流れる薬物を提供できればいいが。
(細胞に擬態しているとの情報を渡せば。いや、それだけでは。何か特徴があるはず。やはり。あちらに帰った時に少しでも多く情報を得て)
前世ならば、手助けしてくれる仲間が居た。
だが今生は、居ない。ただボスの命令を受けて個々で暗殺を果たせばいいとしか考えて来なかった。必要性がまったく感じなかったのだ。
(その上、ボスに裏切りを悟られてしまえば、殺されるだろう)
恩はある。感謝をしている。拾ってくれたおかげで生きて来られた。
それでも、裏切る事に躊躇はない。
オヤジの、王子の夢の手助けできるならば。
覚悟はある。けれど、薬物という足枷があまりにも大き過ぎた。
それに。
(暗殺者ではなかったら。王子は快く手を取ってくれただろうか)
警官や王族関係者、いや、暗殺者以外だったら何の権力も持っていなくとも。
助けてくれと、この手を取ってくれただろうか。
前世のように。
(喜んで死ねるのに。今生では、守って死ぬ事さえできそうにないな。いや。前世では死んだせいでぶち壊したわけだから、ただ死ぬだけの方がましか)
何もしない方がいいのだろうか。このまま。調印式まで誤魔化して、調印式を無事に終わらせる事ができたら、用なしで殺されるだけなのだから。
夢を叶える瞬間を見られるのだ。
それだけでいいのではないだろうか。
余計な事をしなければ。
情報ならば和平協定が結ばれて国の協力を得られる。あっという間に集める事ができるのではないだろうか。薬物の研究も。
(私が知っている事を死ぬ直前に伝えられれば)
このままでいいのではないだろうか。
もう少しだけ、もう少しだけだから。
この陽だまりの中で過ごしていれば、いいのではないだろうか。
(一緒に戦いたかった、なんて)
過ぎたる夢だったのだ。
(2023.4.17)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます