第9話




『薬物は使われているのか?』

『いいえ』




 八雲家の邸内に設けられた自室にて。

 天蓋付きのベッドの端に腰をかけた舞春は、銀の四葉のクローバーの刺繍が施された淡い紅色の透き通るレース布に手を当てながら考えていた。






 八雲家の暗殺者は全員、薬物が使われている。

 みなしごだった自分たちは暗殺者として育てると宣言されると同時に、薬物が投与された。

 この薬物は身体強化と共に恐怖感を拭い去り平常心を与えるが、一定期間内に投与しなければ、または、ボスが命令すれば事切れるようになっている。

 ボス曰く、ボスの命令だけを受けるこの薬物は生きており、暗殺者が生きていても死んでいてもこの薬物自身が身体の細胞に擬態して、確実に検出されないようにするらしい。




『第二王子はこれまで三人もの暗殺者を捕えています。暗殺者の実力は横並び。正攻法では第二王子の暗殺は無理です』

『第二王子は強いけれど甘い。暗殺者を殺さずに捕らえている事からも明白です。自分から暗殺者だと明かし、暗殺しない、味方になりたいと言えば、少しは揺らぎ、隙を見せると思うのです』

『暗殺日は調印式当日。その日までに隙を多く見せる相手になってみせます』

『確実に命令は実行します』


(などとボスに申し上げたが)


 ヤクザだった前世では殺害も薬物も詐欺も強迫も厳禁だった。

 胸糞悪い。

 オヤジがそう吐き捨てて厳しく禁じたのだ。

 お国や役所、世間から弾かれた者たちを守る為にこの組はあるのであって、犯罪をする為の組織ではない。

 ただ自分の身は自分で護れるようにと、武器への対処法などを合わせた護身術を叩きこまれた。

 おかげで、オヤジが禁じたすべてを平気でやっていた敵対組織の急襲から生き残ってこられたのだが。

 すべてが後手後手だったのではないか。と、今は思う。

 敵対組織がやらかしてから対処する、だったから、死んでいった組員も居るのではないか。

 こちらから急襲していれば。


(いや。オヤジが望んだのは敵対組織の壊滅じゃなくて、和平の盃を交わす事だ)


 落としどころがあると、二十年耐えて来た。

 第二王子もずっと耐えて来たのだろう。

 調停式はもう目前だ。


(今の私ができる事は)











(2023.4.16)



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