第6話
ベストとジャケットにオリーブの金の刺繍が施されている純白のタキシードで身を引き締めた第二王子、暁は今、自邸の庭で行われている茶会から少し退席して、自邸内の客室にて、舞春をおもてなししていた。
(さてどうするか)
蝶が羽を広げたような形に見える、オリーブ色の革で作られたバタフライチェアに腰をかけて、暁は紅茶を飲みながら舞春を見ていた。
二人の間には、一本足で木目調のラウンドテーブルがあり、その上には三段のケーキスタンドが置かれており、ケーキスタンドの一段目にはサンドイッチ、二段目にはスコーン、三段目にはケーキがすべて一口で食べられる大きさで乗せられていた。
ハムとレタスのサンドイッチ。
プレーンスコーンとチョコチップ入りスコーン。
正方形の苺と生クリームのケーキ、円柱形の抹茶と小豆のケーキ。
舞春は礼儀に則って一段目から順々にゆったりと食し紅茶を飲み干して、ラウンドテーブルの上に置かれた白地のソーサーに白地の小さなティーカップを音を立てぬように乗せると、暁を真っすぐに見た。
「とても美味しかったです」
「言葉をかけられないほどに集中して食べていましたね」
「申し訳ございません。とても美味しくてつい一人で楽しんで。暁様に退屈な時間を送らせてしまいました」
「いいえ。見ていてとても和みましたからお気になさらず。おや。紅茶がありませんね。おかわりはいかがですか?」
「ありがとうございます。けれどもう、お腹も胸もいっぱいで入りませんので、ご辞退します」
「そうですか」
「はい。ありがとうございます」
「はい。お招きした甲斐がありました」
(さてどうするか)
所作を見る限り、一般的な令嬢よりもゆったりとはしているが、どこも引っかかる部分はなかった。
が。
眼前にいるのは、あの八雲家の養女。
自分に差し向けられた、暗殺者。
薬草栽培で財を成した八雲家は、裏では捜査権も逮捕権も及ばぬ敵対国で暗殺者を育て上げて、自国の権力者とも繋がっている敵対国に不利な自国の者を暗殺しているとの情報は得る事ができた。
その暗殺者は八雲家が開発した薬物によって操られている、とも。
(暗殺者など)
胸糞悪い。
が。
今はまだ情報のみ。
証拠が見つからない以上、八雲家に捜査権を出す事すらできない。
(もっと)
情報がほしい。
それ以上にもう。
血を流してほしくない。
今回の敵対国との和平協定が結ばれれば争いを止める事もでき、八雲家の捜査の協力を求める事もできる。
権力者もろとも八雲家の悪事も暴いて、暗殺者として育てられた者たちを救う事もできるのだ。
(彼女も)
一度は絡み合った視線は、会話が途切れると共に舞春が目を伏せる事で解かれ、暁だけがその姿を見る形になっていた。
とりあえず様子見。今回はこれでお開きにすべく、暁がお茶会に戻りましょうと提案しようとした時だった。
舞春が目線を上げて、また真っ直ぐ暁を見た。
途端、暁は射貫かれた、と思った。
鋭く長い針のようなもので胸に留まったまま。
先程とは雰囲気が違うと察したのだ。
舞春はやおら立ち上がりバタフライチェアから退くと床の上で正座になり、両の手をハの字の形に添えては口を開いた。
その間、暁から視線を逸らさなかった。
(2023.4.14)
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