2 恩人

 私は声を掛けてきた青年をじっと見つめた。

 

 青い瞳に、銀色に輝く長い髪を後ろで一つにまとめている彼は恐ろしく整った顔立ちをしている。着ている服は麻のシャツに茶色のボトムスに同系色のベスト。

 靴はやはり今の私と同樣、粗末な革靴だった。


 この小屋な家と言い……恐らく、彼は平民に違いない。


「あれ?どうしたんだ?俺の声が聞こえているのか?」


 青年は私が返事をしなかったからか、怪訝そうに首を傾げてきた。


「これは大変失礼致しました。もしや、川に落ちた私を助けてくださったのは貴方でしょうか?」


 慌てて私は頭を下げた。


「確かに君を助けたのはこの俺だけど……驚いたな。君のその丁寧な言葉遣いはまるで貴族みたいだ」


「ええ、確かに私は貴……」


 そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。最近この国では国王の圧政により、平民達は高い税金を支払わされて苦しんでいた。

 裕福な貴族からは低い税率で税金を支払わせ、平民達からはとことん搾り取る王の政策は最悪だった。

 平民達は貴族を恨み、最近は貴族を狙う盗賊たちも増えて国の治安が悪化していたのだ。

 王族の人々を守る為にも、この国の「剣」と呼ばれるベルンハルト家の公爵令嬢の私がクラウスに嫁ぐことになっていたのに……。それなのに彼は一方的な婚約破棄を告げてきたのだ。  

 唇を噛みしめ、スカートを握りしめた。


 彼は平民。自分の身分が貴族であることは黙っていたほうが良さそうだ。


「どうした?何故また黙るんだ?」


「あ、いえ。まだ目が覚めたばかりで少々頭がぼ〜っとしておりましたので」


 わざと頭を抑えてため息をつく。


「言われてみればそうだったな。何しろ二日間も目が覚めなかったのだから」


 青年は手にしていた籠をテーブルに置き、椅子に座った。


「え?!二日間も?!」


 その言葉に驚いてしまった。まさかそんなに意識を失っていたなんて……。

 そして新たに気づいたことがある。

 ひょっとしてこの青年が私を着替えさせたのだろうか?

 

「どうしたんだ?そんなところに突っ立っていないで座ったらどうだい?」


 青年は向かい側の椅子を勧めてきた。


「は、はい。それでは失礼します」


 椅子に座ったところで、私は肝心なことに気づいた。そう言えば私を助けたのは今目の前に座る彼だ。それなら私の着ていたドレスで貴族だと気付いたはずなのに、何故先程『まるで貴族みたいだ』と言ったのだろう?


「あ、あの……」


「何だい?」


 青年は籠から卵を取り出すと、藁で汚れを落とし始めた。


「病人がいるって近所の人に話したら、産みたての卵を分けてくれたんだよ。これで何か卵料理を作ってあげるよ」


 彼は余程お人好しなのか。私の身元を聞くことも無く今迄世話をしてくれていたのだろう。

 けれど、今1番気になるのは私の着替えをさせたのは誰かということだ。


「ありがとうございます。あの……この家にはお一人で暮らしていらっしゃるのですか?」


 どうか他に誰か……出来れば女性と一緒に暮らしていて欲しい。

 密かにそう、願いながら私は彼に尋ねた。


「いや?この家には俺が一人で暮らしているよ」


 サラリと言ってのける青年。その言葉に一瞬で顔が真っ赤になる。


「どうしたんだい?顔が赤いけど?あ……もしかして川から救い出した君の着替えをさせたのは俺だと思っているのかい?」


「は、はい……」


「まさか。いくら緊急事態だからって意識の無い女性の服を勝手に脱がしたりはしないさ。その服も、君を着替えさせたのも近所に住む女性だよ。あ、ちなみに彼女は結婚して夫もいるし、子沢山の女性だよ」


「そうだったのですね?」


 私は彼の言葉に少しだけ安堵した――。

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