ジュネーブの約束
物部がたり
ジュネーブの約束
何千万という人々が犠牲になった人類史上最大の戦争。
ある戦線に送り込まれたハンクス少尉率いる小隊は、いつ襲い来るかもわからない敵兵と地雷を警戒しながら戦地を進軍していた。
そのとき「静かに……」ハンクス少尉は後方に続く部下たちを静止て耳を澄ました。
前方から重々しい金属音と、洗練された足音が近づいていることに気が付いた。
ハンクス少尉は倒壊した建物の陰に隠れ、前方に迫る敵小隊をいち早く発見した。
人数にして一〇人ほどだった。
ハンクス少尉は手で合図を送り、M1ガーランド・スナイパーでの狙撃を命じた。
「スナイパーだ! 伏せろ!」
敵小隊は三人の兵士を失った。
奇襲に驚きはしたものの、すぐに態勢を整え直すと、敵兵たちはハンクス少尉率いる小隊の居場所におおよその検討を付け、反撃を開始した。
「撃てッ!」
連続する銃声と爆発音、兵士たちの怒号が荒廃した町に唯一聴こえた。
銃撃戦は熾烈を極め、手榴弾やミサイルによって粉塵が戦場を包み込み、そのベールが降ろされるころには決着が付いていた。
ハンクス少尉率いる小隊は仲間の半数を失い、降伏した一人の敵兵を除いて敵は全滅していた。
「頼む……命だけは助けてくれ……」
敵兵は武器を捨て、手を後ろで縛られ目隠しされた状態で命乞いをした。
「黙れ!」
「頼む……お願いします……お願いします……命だけは……」
大の男が子供のように取り乱し、泣いていた。
「俺たちの仲間を殺した口が、よく言えたものだな!」
「あんたたちだって俺の仲間をみんな殺した……」
「黙れ!」
小隊員の一人が銃で敵の頭を殴った。
敵兵は頭から血を流しながらも続けた。
「お願いだ……助けてくれ……」
「駄目だ……」
小隊の所属する国は当時ジュネーブ条約に加盟しておらず、捕虜を殺しても倫理的に咎められることはあれ、法的に咎められることはなかった。
小隊員は銃口を敵兵の頭に突きつけ、引き金に指をかける。
「頼む……」
無抵抗の相手を寄ってたかって、いたぶるのは気持ちのいいものではなかった。
抵抗する敵兵を殺すのにためらいはないが、武器を放棄し命乞いする敵を殺すことは、兵士たちの狂った倫理道徳にも少なからず抵抗があった。
「黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙らねえと殺すぞッ!」
小隊員が引き金を握る指に力を入れたとき、ハンクス少尉は部下の銃に手を置いて、ゆっくりと首を振った。
「こいつを生かすんですか……!」
「それは俺たちが決めることじゃない」
「でも……」と兵士は悔しそうに歯を食いしばって「わかりました」と答えた。
「ここから真っすぐ千歩歩き、最初に出会う連合軍に降伏しろ。殺されない内に行け!」
敵兵は体を大きく弾ませて、転びそうになりながら真っすぐ千歩歩き出した。
「生かして本当に良かったのですか! 自軍に戻ったら戦線に復帰ですよ!」
ハンクス少尉は何も言わず「行くぞ」と再び進み始めた。
それから数分後、遠くで小さな爆発音が聴こえた気がした――。
ジュネーブの約束 物部がたり @113970
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