第6話 図書館

 さらに数日が過ぎて、沙耶の身体はほぼ完全に回復した。

 ただ、沙耶はいつも不安なのか、沙羅がどこに行くにもついていくようになっていて、沙羅もそれを拒むことはしなかった。

 非常に容姿が似ていることもあり、沙羅も知り合いには『生き別れていた妹が見つかったんです』と説明しているらしい。

 実際それは全く疑いないと思えるほどに二人は似ているのだ。

 

 そんなある日、沙羅が「さすがにそろそろお仕事に戻らないとかなぁ」と言い出した。


「お仕事?」

「そ。お仕事。市場マーケットで食べ物買うにしても、何にしてもお金が必要だったでしょう? あれ、別に無尽蔵にあるわけじゃなくて」

「さすがにわかります。沙羅のお金ってどこから……とは思ってましたが」

「うん。私もちゃんとお仕事してるのです。もっともお金はあまり使わないから、結構たまってるけど、まあ沙耶も回復したし、そろそろいいかな、と」


 少しだけ沙耶の顔が翳る。

 沙羅と一緒にいられないだろうということが、不安に感じてしまうのだ。


「ちなみに沙羅のお仕事ってなんなのでしょう?」

「学校の先生」

「え?」

「沙耶は読み書き大丈夫みたいだけど、できない子って多いの。企業管理都市キャピタルにいるなら学校があるんだけど、廃棄都市スラムはそういう公共サービスってないから、有志で運営してる学校があってね。そこの先生やってるの」

「……学校とか先生って、なに?」

「そっからかー。うん、まあ要するに、そういう子供たちに文字を教えたりする仕事。それが先生。そういう施設が学校」

「文字を教えるのが先生?」

「文字だけってわけじゃないかな。いろんなことを教えてくれる人のことを『先生』っていうのよ」

「じゃあ……私にとって沙羅は先生?」


 そういわれるとは思わなかった、というように沙羅は目を丸くした。


「だって、いろんなこと、教えてくれるから」

「まあ……確かにそういういい方は出来るわね」


 沙羅は少しくすぐったそうに笑う。


「まあそういうわけで、昼間はそれで出かけなきゃならなくなるかなってところなんだけど……」


 沙羅が困った顔をする。

 そうさせているのが自分だ、という自覚はあるが――。


「うん、とりあえず時間つぶせる場所はあるから、一緒に行きましょう?」

「……うんっ」


 翌日。

 沙羅は、沙耶を図書館に案内した。

 かなり古いと思われるその建造物は、ところどころ補修が行われた後はあるが、今もそれなりにしっかりした造りのようだ。


「元は、この街の中央図書館……だったかな。らしいけど」


 港の方に見える巨大なタワーを除くと、この辺りでは一番大きな建物らしい。

 大天災カタストロフ前から存在する建造物らしく、かなり貴重な蔵書も多いという。

 当初、企業がすべて回収しようとしたのだが、これは住民の頑強な抵抗にあって断念したと沙羅が教えてくれた。


「まあ、廃棄都市スラムにとっては心のよりどころ的なところでもあるみたい。で、教育の中心でもある、と」


 ここが、沙羅の仕事場とのことだった。


「沙耶は読み書きは大丈夫よね?」


 聞かれて沙耶は、すぐに頷いた。実際、日本語だけではなく英語やドイツ語といった言葉もわかる。どうやら自分は、相当高度な教育も受けていたようだ。知識ばかりがある。

 昔の記憶がないというこが不安でないといえば嘘になるが、沙羅のそばにいると、不思議と心が落ち着く。

 姉という事になっているが、実際沙耶は本当に沙羅を姉のように、あるいは――母親のようにすら感じていた。


 もっとも、姉というには少し年齢が離れているし、母親というには年齢が近すぎる気はする。

 自分の正確な年齢は覚えていないが、十代半ばくらいだろう、とは思う。

 対して沙羅は、今年で二十七になると言っていたから、年齢差はせいぜい十年ちょっと。

 年の離れた姉、というのが妥当だろうか。

 ただそれでも、沙耶にとっては誰よりも信頼できる『家族』であることだけは疑いなかった。


「さて、と。私は行かなきゃいけないけど……ここで本読んでる、でいいかしら?」

「……うん。多分、大丈夫」


 貴重な蔵書であるにもかかわらず、ここの書籍の大半は公開されていた。

 館外への持ち出しは禁止されているが、館内で読む分に自由らしい。

 自分には異様なほど多くの知識が備わっているが、分野が偏っている印象があり、特に歴史や文化といった知識は皆無に近い。


「じゃあ、適当に本読んで待っていて。私は、行ってくるから」


 沙羅はそういって、地下のフロアに入っていった。

 一抹の寂しさを覚えなくはないが、自分とて子供ではない、と自らに言い聞かせ、図書館の閲覧エリアに入っていく。

 そこは、文字通り本の山であった。ここの人々の、本を大切にしようという想いが伝わってくる。


「すごい……」


 何気に、目に付いた一冊を取った。歴史の本のようだ。それも、大天災よりも遥かに以前。西暦千年頃の記録らしい。

 知識としては漠然と知っているが、細かいところは分からない。

 どうやらやや低年齢向けの本のようで、自分が漠然と持っている知識と結びつくと、知識が色づいたように思えた。

 その感覚は、とても新鮮に思える。

 それが楽しくて、沙耶は次々に色々な本を読みふけっていった。

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