第4話 安心できる温もり

 次に目が覚めたときは、まださっきの食事からそう時間が経っていないようだった。隣の部屋から、なにやら歌を歌っているのか、かすかに沙羅の声が聞こえてくる。

 扉の向こうにいるんだと思うとなぜか安心できた。


 ベッドから下りて、ゆっくりと立ち上がってみようとする。

 だが、足に力が入らない。体力も、まだ全然戻ってきていなかった。

 けど、死ぬことはない。体温も、心肺機能も正常だ。生命維持に支障はない。

 ただ、疲労値とPSY値が限界なだけ……そこまで考えて、沙耶は自分の考えに驚愕した。

 ごく自然に、そんなことを考えている。なぜ、そんな分析をする。いや、なぜそんなことができる。

 疲労値?

 PSY値?

 一体それは何だ。自分はいったい、なんなのか。


 どこかで、誰かの視線を感じる。誰かに見られている。そう、いつも監視されていた。誰に、なんのために。


 ガタガタと、身体が震えてきた。

 これは恐怖だ。

 自分はこの後に起きることを知っている。だから恐れている。

 沙耶ではない。自分は……。



「沙耶!」


 視界が暗転しかけたとき、最初に見えたのは沙羅の顔だった。

 直後、沙耶は沙羅に抱き付いた。そのまま強くしがみつく。沙羅は、何も言わずに、まるで包み込むように優しく抱きしめてくれた。


「……もう、大丈夫?」


 どれくらいそうしていたのか、沙羅が静かに耳元で聞いてきた。まるで心に染み込むような優しさが感じられる。


「はい。すみません。私……」


 何かを説明しようとした沙耶を、沙羅は首を振って制した。


「怖い想いを口に出さなくていいわ。大丈夫。目を瞑ってみなさい」


 沙耶は、言われるままに目を閉じた。視界が闇になる。だが、沙羅のぬくもりを感じていることで、沙耶は恐怖ではなく安らぎすら感じられた。

 沙羅はただ沙耶を抱きしめていてくれた。それがとても暖かくて、そして優しくて、沙耶はいつの間にか自分の不安が薄らいでいるのに気が付いた。


「落ち着いた?」


 目を開くと、目の前に沙羅の顔がある。


 やはり驚くほど似ている。

 多分姉妹だと言っても誰も疑わないだろう。

 けれど、雰囲気は違う。沙羅は、自分よりずっと大人だ。年齢だけではない。そんな気がする。あるいは、自分も年を取れば、こんな雰囲気を纏えるようになるのだろうか。


「大丈夫?」


 沙羅の言葉に、沙耶はコクコクと頷く。そう、とニッコリ笑った沙羅の後ろで、突然ピーッという音が響いた。それを聞いた沙羅は、慌てて立ち上がり走り出す。


「あー、お鍋がー」


 急いで駆けていくその沙羅の後ろ姿は、先ほどの落ち着いた雰囲気とのギャップもあって、なぜかひどく滑稽に見えた。


「もう食べられるわよねー?」


 音が止まった直後、沙羅の声が聞こえてくる。


「はい。お腹、空きました」


 沙耶はその言葉を、素直に言うことができた。

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