第228話 青葉昴は才能を発揮する
時間は飛んで――昼休み。
二年二組の教室にて。
「昴、お前……」
「青葉くん……」
「昴……」
「……」
それぞれ席に座っている司、蓮見、月ノ瀬の三人は俺の名前を呼ぶと、スマホから顔を上げてこちらを向いた。
渚はなにも言っていないが、司たちと同じようにスッと視線をこちらに移す。
俺は返事することなく、ただ言葉をジッと待った。
一秒。
二秒。
そして、三秒ほど間をあけて――
「これ、すっごく面白いよ青葉くん!」
目を爛々と輝かせて、蓮見がそう言った。
テンションが上がるあまり、席を立って俺との距離をグッと縮めてくる。あまりの急接近ぶりに、思わず身を引いてしまった。
んんんん近い近いぃぃぃ! 良い匂いぃぃぃ! そして夢と希望が大きいぃぃぃ!!
――っと、危ない危ない。
思わず思考が変態化するところだった。いつもの紳士な昴くんに戻りなさい。よし。
隣に座る渚が、淡々と「晴香、近い」と蓮見のブレザーの裾を握って制御していた。助かる。
「いや……昴、これ本当に面白いよ。やっぱりお前は凄いな」
「はっはっは! もっと褒めろ!」
純度百パーセントの褒め言葉に、俺の鼻がグングン伸びる。このままだと天狗になっちゃう。
胸を張って高笑いをしていると、司の隣に座る月ノ瀬が「そうね……」と頷いた。
「昴のことだから、ロクでもないモノを上げてくると思ったのだけど……面白いじゃない。正直驚いたわ」
「おい」
「留衣をアンタの補助に付けて、有木を紹介したかいがあったわね」
「べ、別にわたしはなにもしてないから……」
言葉通り、驚いた表情で月ノ瀬は言う。
――はてさて。
彼らがいったい、なんの話をしているのかは……大体想像がつくだろう。
「青葉くん、本当に演劇の脚本? を書くのって初めてなんだよね? すごいよ!」
「だっはっは! そうだろう!? 俺に惚れたか蓮見!」
「え? あー……あっ、見て青葉くん。教室の前に黒板があるよ?」
「そりゃあるだろうなぁ! つーか話の逸らし方が雑すぎるだろ!」
というわけで……。
俺たちがなんの話をしているのかと言うと――
汐里祭の出し物として行う予定の演劇――その脚本について話していたわけである。
休日の間に調整を行い、脚本を基に『台本』を作り上げた。そのデータを、昼休みに入ると同時に司たちに送ったわけである。
演劇タイトル。
配役。
台詞。などなど。
有木から教わったことを軸にして作ったものである。
その台本を、先ほどまで司たちに読んでもらっていたわけだ。
もちろん、ほかのクラスメイトにも見せるから、いろいろ意見を聞いて微調整を行う可能性もあるけども……。
現状として、俺にできることはすべてを乗せた完成品だ。
――結果として好評のようで安心である。
「いいお話だね~! 主人公の男の子が報われてよかったよ~!」
「……俺、これを演じるのかぁ。できるかなぁ……」
「大丈夫大丈夫。お前なら出来るって」
むしろお前にしかできないと思う。
「ヒロインもなかなかいい感じじゃない。私を意識して書いたって感じするわね」
「自意識たけぇな……と言いたいところだけど、正解だ。お前に合うヒロイン像をイメージして作り上げた」
「あら、やっぱり? アンタも私のことよく分かってるじゃない」
「おうよ。身長体重スリーサイズまでバッチリ理解してるからな。…………まだ希望を捨てるなよ月ノ瀬」
「ふふっ、窓から突き落としていいかしら?」
「やめて♡」
満面の笑顔で恐ろしいことを言わないで欲しい。悪いのはどう考えても俺だけど。
司は自分に主役が務まるのか不安そうで、反対に月ノ瀬は自信たっぷりの様子だ。二人の性格が見事に出ている。
蓮見は蓮見で創作意欲が搔き立てられたのか、「どんな衣装にしよっかなー!」と、さっそくノートを開いてデザイン案を考えて始めていた。
「なぁ、昴」
「なんだ?」
司はスマホの画面をスワイプし、台本の一番最初のページを表示させた。
そこに書かれているのは、今回行う演劇のタイトルで――
『The Sunlit Path ~陽だまりの道~』
そう、書かれていた。
これは誰にアドバイスをもらったわけではない、完全に俺一人で勝手に考えたタイトル。
これ以上にふさわしいものは……一切思いつかなかった。
司はそのページをジッと見たあと「うん」と頷いた
「……。いい名前だな、これ。なんかこう……言葉にできないけど、凄く好きだな」
「そうか。それならなによりだ」
「ねぇ昴」
今度は月ノ瀬が俺の名前を呼ぶ。
「なんだね」
返事をすると月ノ瀬は司、蓮見、渚、そして俺の順に視線を巡らせる。
そして一度スマホを見たあと、再び顔を上げた。
その表情からは、どこか複雑な感情が窺える。
月ノ瀬の言いたいことが伝わっているのか、伝わっていないのか……。
それは分からないが、司と蓮見も僅かに眉をひそめていた。
「この話って――」
そこまで言って、月ノ瀬は口を噤んで首を振った。
「ううん、なんでもないわ。あんたの『想い』、私たちがちゃんと受け取ったわよ」
「……おう」
「ありがとう、昴。あとは私たちが形にするだけね」
月ノ瀬のことだ。
大方、台本を見ただけ俺がなにを伝えたいのか。俺がなにを残したいのか。
誰のために――書いた話なのか。
それらをある程度理解したのだろう。
理解したうえで、それ以上言及しないあたりが……なんとも月ノ瀬らしい。
「司、台詞周りについてちょっと話すわよ。晴香も意見を聞かせてちょうだい」
「そうだね」
「うん! 分かった!」
蓮見はそのまま、司と月ノ瀬の間に入るように移動する。
三人は台本を見ながらアレコレいろいろなことを話し始めた。
うーむ……。
自分が書いた作品についての話を、目の前で行われているというのは……どこかムズ痒い気持ちになる。
恥ずかしいような、嬉しいような……。
こうもすんなり受け入れられるとは……予想外だったからなおさらだ。
「よかったじゃん」
隣から聞こえてきた、短い言葉。
視線を向けると、蓮見たちを見ている渚が僅かに口角を上げていた。
「ああ、ホントによかったぜ。酷評されるんじゃねぇかってドキドキだったからなー」
頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに寄りかかる。
体重による負荷がかかったことで、キィ――と鈍い音が聞こえた。
「これで安心して昼も朝も寝られるってもんよ」
「寝過ぎでしょ。そのまま一生寝てれば?」
「酷くね?」
そしたらあたし、眠り姫になっちゃうわ。うふふ。
「ま、朝陽君たちも喜んでるし……頑張ったかいがあったんじゃないの」
「なに他人事みてぇに言ってんだよ」
「え?」と渚が驚いたようにこちらを見た。
ったく……コイツでコイツで相変わらずだことで。
俺はため息をついて、冷ややか目を向ける。
「だから言っただろ? お前のおかげでもあるって」
「……いや、だから別に」
渚は気まずそうに目を逸らすが、そんなこと俺の知ったことではない。
「あーはいはい。好意を素直に受け取れない系女子かお前は」
「は? それ、あんたにだけは絶対言われたくないんだけど」
「おっと? 跳ね返ってきた?」
たしかに、こればかりは『お前が言うな案件』かもしれない。
渚自身、本当に自分がなにかしたつもりはないのだろう。
ただ思ったことを指摘して。
ただ思ったことを提案して。
その『思ったこと』が、俺の助けになったことは事実なのだ。それがなければ、また違った結果になっていた可能性だってある。
一人で作業するより、気持ち的に楽だったのは……否定できない。
「改めて、サンキューな。るいるい」
「……るいるい言うな」
ふいっと、俺から目を背けて――
「……でも、わたしもそれなりに楽しかった……から」
最後にそう言い残した。
俺にだけ聞こえるか、聞こえないか……そのくらいギリギリの声で。
やれやれ……どこまでも素直じゃないおなごじゃのう。
でも――お前はそれでいい。
そういうヤツだからこそ、俺は――
……。
まぁ、アレだ。
「最後まで……よろしく頼むぜ」
こちらもボソッと、言い残して。
「……え、なにか言った?」
「ん? あぁ、るいるい可愛いね~って! 今日も陰キャで可愛いね~ってな!」
「―――――――」
「おいやめろ定規をこっちに向けるな!! いつものシャーペンはどうしたシャーペンは!」
「あるけど」
「おい! 二刀流するな!」
何気無い、日常。
「はぁ……まったく、またじゃれ合ってるじゃないあの二人」
「あはは……ま、まぁいつも通りっていうかなんていうか……」
「安心するよ、二人を見てるとね」
何気無い、光景。
これはきっと――
この先もずっと続く『当たり前』なんかじゃ……ないのだろう。
× × ×
余談。
クラスメイトに台本を見せた結果――
『あ、じゃあこのまま青葉君が演出とかやってよ! もちろん私も手伝うからさ!』
と、演劇部女子に言われたことで……脚本どころか演出も担当することになってしまいましたとさ。
――えぇぇぇぇ……マジぃぃぃ?
ま、ここまで来たらクラスの連中を巻き込んで派手にやってやるか。
とりあえず……有木先生にまた教えを乞わなければ……。
ラブコメの親友ポジも楽じゃない! 緑里ダイ @dai0624
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