第225話 10月が始まり秋の風が吹き抜ける

 十月。


 それは秋のど真ん中。多分。


 あんなに暑かった季節が。

 あんなに熱を感じた風が。


 いつの間にか、寒々しいものへと変わっていく。

 涼しいものへと変わっていく。


 毎日のように『暑い』だの『しんどい』だの言っていた数ヶ月前がもう懐かしい。


 これから年末にかけてどんどん寒くなっていくし、ハロウィンやクリスマスといった、特別な季節イベントも待っている。


 俺たち汐里高校の生徒にとっては、十月は年に一度のお祭り『汐里祭』が実施される目玉となる月だ。


 果たして――今月はどんな物語が紡がれるのか。


 俺の行き先は。

 司の行き先は。

 ヒロインたちの行き先は。


 これまでの様々な経験を経て、どこへ辿り着くのか。


 例え、俺がどうなったとしても……。


 この物語の最後まで、俺は見届けよう。

 

 最後まで――駆け抜けよう。


 × × ×


「……いやー、いい天気だなぁ。十月の空は晴天なり」


 十月最初の登校日、校門までやってきた俺は空を見上げて呟いた。


 煌々と輝く朝の太陽が俺を照らし、服の中に熱がこもる。


 月が変わったからといって、環境も大きく変わるわけではない。

 

 七月や八月ほどの暑さはないが、まだ若干の暑さは残っていた。


 その要因の一つとして、現在の服装のせいもあるかもしれない。


 十月になったことで、これまで過ごしてきた『夏服』から『冬服』へと衣替えが行われており……。


 俺の視界に映る生徒たちは皆、それぞれ学校指定のブレザーを着用していた。もちろん俺も。


「……ふむ」


 ――さて、諸君。


 それがいったい、なにを意味するのか分かるだろうか?


 そう! つまり!


 ブレザーを着たことで、女子の肌色面積が圧倒的に減ったのである! これは男子高校生的には実に嘆かわしい! 由々しき事態だ!


 腕とか! うなじとか! そういった目の保養が無限にできた夏服が! 終わりを告げてしまっているのである!


 ……あ、野郎の肌面積とかどうでもいいし求めてないんで。制服どころか宇宙服でもなんでも好きに着ててくれ。はい。


 ぐぬぬぬ……。


「こうなったらブレザーからも『癖』を感じられるように己を鍛えるしか……」

「なるほど、それはなかなかの上級者だな」

「だろ?」

「ああ。私としても残念なのだよ。少女たちからエネルギー補給ができなくなってしまった」


 そうそう。ホントにそうなのよ。


 やはりこれは死活問題――


 ……。


 ん?

 

 あれ?


 俺、誰と話してんの?


「やっ、昴。今日もいい朝だな」


 隣から聞こえてきた凛と響く声。


 恐る恐る隣を見てみると、そこには――


「あ、あらぁ……これはこれは星那さんちのお嬢様ではありませんの……ご、御機嫌よう……」

「御機嫌よう。キミは今日も元気そうで安心したよ」


 フフっといつも通り美しく微笑んでいらっしゃる、我らが生徒会長こと星那沙夜さんが立っていた。


 驚きのあまりお嬢様になってしまいましたわ。昴ですの。


 そんな冗談は置いておいて……。


 衣替えの例に漏れず、会長さんもブレザー姿である。


 夏服の頃のあの……ね? こう……グッとくる抜群のスタイルが鳴りを潜めていた。


 とはいえ、ブレザー越しでも十分に大きさは伝わってくるのだが。なにがとか言わないけど。


 会長さんの冬服スタイルも久しぶりである。


「おや、なにやら邪な視線を感じるのだが……」

「めっちゃ向けてましたからね! もう百パーセント邪です!」

「潔いな……。素直でなによりだ」

「あざす!」


 とりあえず眼福ということで、頭を下げておく。

 

 朝から会長さんを見られたことだし、あとは教室に行って蓮見を見るだけだな。


 そうすることで、今日も一日頑張れる。うん。


 え、月ノ瀬と渚?


 アイツらはほら……ね? わざわざ言わせるなよ。


「ふむ……なんだか懐かしい気持ちだ」


 会長さんの一言に、頭を上げる。


「懐かしい?」

「ああ。夏のはじめにもこのような会話をしたことを覚えているか?」

「んぇ……?」


 夏のはじめ……?


 俺は腕を組み、過去の出来事を思い返す。


 言われてみれば……たしかに……?


 同じようにこの場所で、同じようにくだらない内容について喋っていたような……。


「夏服でテンションが上がっているキミに声をかけた」

「あー、そうだそうだ。そんなこともありましたね!」


 夏服に変わったタイミング……つまり会長さんの言う通り六月のはじめの出来事だ。


 目の保養だとか、内なる男子高校生を封印だとか、そんなことを話していた気がする。


「もう四ヶ月も前なんすねぇ。時間が過ぎるのは早いぜ」

「そうだな。あれからいろいろなことがあったものだ」

「あり過ぎた、のかもしれませんね」

「フフ、そうとも言えるな。キミもあのときより……少し変わった」

「……それはどうすかね」


 六月に入って、志乃ちゃんや日向と買い物に行って、学習強化合宿に参加して――


 それから少しずつ、俺たちを取り巻く環境が変わっていった。


 あの頃の俺が今の俺を見たら、どんな反応をするのだろう。


 ……まぁ、そこまで劇的に変わったわけではないけども。


「さて、そろそろ行こう。いつまでもここで話していたら遅刻してしまう」

「あえて会長さんを引き留めて遅刻させるっていう手も……?」

「フフ、生徒会長失格だな。だが、キミとなら……そういう『青春』も悪くない。むしろ興味もある」


 会長さんは口元に人差し指を当て、いたずらっぽく笑う。


 年相応の少女らしい表情だった。


「おーおー、そりゃ不良生徒会長ですね」


 会長さんも……あの頃と比べて随分変わった。


 いや、変わったというより……今の姿が本来の会長さんなのかもしれない。


「さぁ昴、行くとしよう。司たちが教室でキミを待っているのだろう?」


 そう言うと、会長さんは先に歩き出した。


 待ってる……ねぇ。


 たしかにいつも通りであれば、アイツらは俺より早く登校している。


 きっと司と月ノ瀬、蓮見の三人は雑談していて、渚は黙々とゲームをしているに違いない。


 俺を待っているかどうかは甚だ疑問である。


 それどころか――


「どうすかねぇ。うるさいヤツがいなくて、せいせいしてるかもしれねぇっすよ」


 冗談交じりに返事をしたときだった。


 ピタッと、会長さんは足を止めてこちらを振り向く。


 その表情からは、どこかもの悲しさを感じる。


 しかし、それは一瞬のことで――


 瞬きをすると、会長さんはいつもの自信げな表情に戻っていた。


 さっきの顔は……。


「昴」


 俺の名前を呼ぶ。


「っと、なんですかい」


 会長さんは少し間を開けたあと――




「後悔のない、ひと月を過ごすといい」





 真っすぐ俺の目を見て、言った。


 後悔のない……ひと月。


 大げさで、このタイミングで言うには難解なその言葉。


 しかし、俺にはこれ以上にない分かりやすい言葉だった。


「うっす」


 短く、そう返事をして。


 俺は一歩踏み出した。


 終わりへ向かう、始まりの一歩を。




 十月、開幕である。

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