第226話 星那沙夜は忘れていない
「あぁ、そういえば昴」
「なんです?」
校舎に上がり、二人で並んで廊下を歩いているときだった。
ふと、なにかを思い出したように会長さんが口を開く。
ちなみに、こうしている間にもほかの生徒たちから『生徒会長さんおはよ~!』と挨拶されており、星那沙夜の人気具合が窺える。
…え、俺に挨拶する子? いやいやいや……。
いると思う?
巨乳美少女から上目遣いで挨拶されたい。そんな思春期男子の悩みである。
今度蓮見にお願いしようかな。
むむむむ……。
「椿とのデートの約束、忘れてないだろう?」
――くだらないことを考えている俺に飛んで来た、一言。
「……。おぉ、あの一年生可愛いな」
「忘れてないだろう?」
「……お、あっちの子も」
「忘れてないだろう?」
「…………」
うわダメだ。
ゲームのNPCみたいになってやがる。
正しい選択肢を選ばないと先に進まないやつだろこれ。
えぇぇ……。
正直に答えるのならば、星那さんとのデートの約束なんてほぼ忘れかけていた。バッチリ頭から抜けていた。
その場のノリで決められたようなものだし、期間だって空いてるし、それに……あのときの電話は、最終的に星那さんが相手だったはずだ。
どうせ忘れるでしょ……と高を括っていただけに、会長さんからのお言葉は俺を固まらせるには十分過ぎるものだった。
やべぇ普通に忘れてた。
「やべぇ普通に忘れてた……といった顔をしているな」
ニヤリと笑い、会長さんはこちらを見る。
一言一句、的確に言い当てられたことに恐怖を感じる。
俺の周りって、なんでこんなにエスパーが多いの? いつから異能力学園モノになったの?
ツインテールに自我宿ってるヤツいるし、人外の速さでシャーペンとか木の枝を投げるヤツもいるし。
俺にも能力ください。
「では今週の日曜日は空いているか? 椿もその日は休みだから――」
「いやいやいや待て待て待てぃ!」
勝手に話を進められたことで、慌てて遮る。
いかんいかん。変なことを考えてるとこのまま話が終わってしまう。ガチでデートさせられかねない。
いや、約束したのはそうっちゃそうなんだけど……! 俺も『いいっすよー』とか言っちゃったけども!
「む、どうした? お腹でも空いたか?」
「たしかにちょっと小腹空いてますねぇ……ってそうじゃねぇ!」
「……すまない。今は付箋紙しか持ち合わせが無くてな」
ガサゴソと自分の鞄の中を漁りながら、会長さんは申し訳なさそうに言った。
……んんん? え? この人なんて言った?
ぶっ飛んだ内容についで行けず、俺は思わず眉間を抑えた。
「いや、あの……俺って付箋を食べそうな顔してます???」
「希望の色はあるか? 私のおススメは黄色だ!」
黄色の付箋紙を取り出し、キラキラと輝かせた瞳で俺を見る。
なんでそんな純粋な顔してんの? え、なんなの?
「黄色だ! じゃねぇ! それはあんたの好きな色だろうが! てか食わそうとするな!」
「おぉ、私の好きな色を覚えていてくれたのか。嬉しいぞ昴」
「ったく……頭痛くなってきました……」
「む? それならこの青の付箋を……」
「っておいこら! 熱さまシートみたいに俺のおでこに貼ろうとするな!」
額に手を伸ばしてきた会長さんの手を払いのける。
「青葉だけに……青の付箋……フフ……フフフッ……!」
……。
あの。
自分で言って自分で笑ってるんですけどこの人。笑いのツボが相変わらず赤ちゃんである。
「我ながら上手いことを……! フフッ……!」
いったん放っておこう。無視無視。
それにしても……危なかったぁ。
このままだと額に青色の付箋紙をくっ付けて、黄色の付箋紙をモグモグ食べる異常生命体になるところだった。
汐里七不思議の一つに登録されるところだった。
星那沙夜、今日も元気にノリノリである。
星那さんもそうだけど、この人たちは見た目に反してコミカルな一面があるから非常に対応に困る。
「さて、話を戻そう」
うわ。サラッと戻されたわ。
いろいろ失礼なことをされたのに、なんのオチもなくスッと戻されたわ。一人でずっと爆笑してたのに。
……ていうか。自分で言ったけど、付箋を食べそうな顔ってなに?
ひょっとして俺の顔、シュレッターに似てる? シュレッターフェイスってこと?
「それで、どうした? 私になにか話したいのだろう?」
「あ、はい。その、まず改めてなんですけど……」
ギャグ展開のせいで話したい内容すら飛びそうだったけど……。
俺はコホンと咳払いをして、会長さんに質問をぶつける。
「なんで俺が、星那さんとデートしないといけないんですか?」
「電話で話しただろう? 私に話を通さず、勝手に椿を利用したからだ」
勝手に利用した、という点については言い訳しようがないから仕方ない。
そこを会長さんに詰められても『さーせんしたぁ!』としか返せないわけで……。
ただ、俺が聞きたいことはそこじゃない。
首を傾げる会長さんに俺は質問を投げかけた。
「第一、どうしてそれで『デート』になるんですか。しかもあんたじゃなくて星那さんと」
「フフ……それは秘密だ」
「ずるっ」
「乙女は秘密を抱える生き物なのだよ」
便利な生き物だなおい。
「それに、電話の相手だってあんたじゃなかっただろうが。いつからかは知らないけど」
あのときは本当にビビった。
こっちはずっと星那紗夜だと思って話をしていたのに、急に電話口の声が別人に変わったのだから。
マジでホラーだぞ。
「……ふむ、その話か」
顎に手を添え、会長さんは視線を少し上に向ける。
「デート、というのは半分冗談だった。キミをからかうためのな」
「半分は本気だったのかよ」
「しかし、デートという単語を口にした瞬間……後ろからやってきた椿が私のスマホを取り上げたのだよ」
こわっ。
きっと星那さんのことだから、会長さんの近くで電話の内容を聞いていたのだろう。
そんななかで、『デート』という単語が聞こえてきたものだから動かざるを得なかった……とかそんな感じか?
そうだと仮定すると……。
「じゃあ、スマホを落としてたのってそういう……?」
「そういうことだ。椿がスマホを拾い上げ、私として会話を行い……あとはキミの知っての通りだ」
あのとき、一瞬ではあるが会長さんの声に違和感を覚えた。
本当に一瞬、それも微々たるものだったから、そのあとはまったく気にも留めなかったけど……。
あのタイミングで星那さんと入れ替わっていたのだろう。
口調も声音も完全に会長さんそのものだったから、気が付くことができなかった。
いやはや……どこまでも恐ろしすぎるコンビだ。
とはいえ、だ。
会長さんは、どうして俺と星那さんをデートさせたいのだろうか。
そこに、どんな意図があるのだろう――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます