第222話 朝陽志乃は誕生日を楽しむ

 ――朝陽家に訪れて、数時間後。リビングにて。


「司くんも志乃ちゃんも本当に大きくなったよね~! 二人が元気そうで花さん嬉しいよ~! 可愛いからもう抱きしめちゃう! だきっ!」

「わっ……! は、花さん……! 嬉しいんですけどちょっと苦しいっていうか……!」

「うりうり~! 志乃ちゃんのエネルギー吸い取っちゃうぞ~!」

「はは……やっぱり昴の母親って感じだな。元気いっぱいだ」

「マジで恥ずかしいから全力でやめてほしい」


 すでにお酒を飲んでいることでほどほどに酔っている母さんは、予想通り朝陽兄妹にダル絡みしていた。


 司の両親は現在キッチンで料理の準備を進めている。あとで俺も手伝いに行こう。


「髪さらさら~! 肌すべすべ~! これが若さ……!」


 久しぶりに会えてテンションが上がるのは仕方ないけど、十代の女の子に抱き着いて、ほっぺをすりすりするのはやめてあげてほしい。


 志乃ちゃんがいい子だから許してくれてるだけで、下手したら『触るな年増が!!』とか言って突き放されてもおかしくない案件だ。


 しかし朝陽兄妹側も会えて嬉しいのか、むしろ自分から母さんに対してアレコレ近況報告をしていた。


 不快感や嫌悪感などは一切感じず、本当に母さんのことを良く思っていることが見ていて分かる。


 面倒な部分は置いておいて、実際母さんは話しやすくて面白い人間だ。


 盛り上げてくれるし、話のちょっとした部分をちゃんと拾ってくれる。


 トークというものに置いて、青葉花に勝るものはなかなかいないだろう。


「志乃ちゃん、高校生活はどう!? なにか困ったことない!? 志乃ちゃんは可愛すぎるから絶対男の子から人気だよね~! モテモテな姿が想像できるっ!」

「そ、そんなことないですよ……!」

「変な男に付いていっちゃダメだぞ~? あ、でもそこは頼りになるお兄ちゃんがいるから大丈夫か!」

「はい、任せてくださいよ。変な男なんて絶対に近付けさせませんから」

「おー! 頼りになる~! 朝陽兄妹尊い~!」


 尊いとか言っちゃってるよこの人。


 ――まぁ、そんなわけで。


 朝陽志乃の誕生日パーティー、無事に開催中。


 × × ×


 ――また少し時間が経って。


「ねね、司くんは好きな子できた!? どうなのかね!?」

「いや、それは……ノーコメントで……」

「……あれ? ちょっと予想してた反応違うぞ……? むむむ……?」


 夕食を終えた我々は、のんびりトークタイム&大人組お酒タイムに勤しんでいた。


 母さんの相手は大変だろうけど頑張ってくれ、司。


 朝陽夫妻、司、そして母さんの声を背中越しに聞きながら俺は玄関から外に出る。紙袋を一つ、手に持ったままで。


 もちろん、帰るからではない。


 荷物はリビングに置きっぱなしだし、流石に母さんを残してコッソリ帰るような真似はできないです。


 単純に息抜きがしたい、ただそれだけだった。


 玄関前に出た俺は、そのまま石段に座り込む。


 頬を撫でる風が、気持ちいい。


 空を見上げると、雲一つない真っ暗な世界に綺麗な月が煌々と輝いていた。


「……こういうのを、いい夜って言うのかね」


 お月様を見て、ボソッと呟く。


 司や志乃ちゃんはそうだったけど、両親も元気そうで良かった。


 普段は共働きで家にいないから、俺は会う機会が少ないけど、ちゃんと楽しそうでなによりだ。


 表情や会話から、息子と娘を大事にしていることも伝わってきたし。


 それに、久しぶりに会った俺のことも気にかけてくれたのは……ムズ痒い気持ちもあった。


 まぁ……なんにせよ。


 司と……そして志乃ちゃんが――


 家族と笑い合えている光景を見られただけでも、俺は満足だった。来たかいがあったと言える。


「昴さん……?」


 ガチャ――と聞こえてきたのは玄関の扉が開かれる音。そして、控えめな女の子の声。


「どしたの、志乃ちゃん」


 後ろを振り向くことなく、座ったまま反応をする。


 声で分かる以上、わざわざ確認するまでもなかった。


「……よかった」


 安心したように志乃ちゃんは呟くと、家の中に戻る……ことなく、俺の隣に腰を下ろした。


 サラサラと風に靡く黒髪が視界の端に映る。


 隣同士で座り、空を見上げ……お互いになにも話さない時間が数秒ほど続いた。

 

「昴さん、急にいなくなっちゃうから……。もしかしたら帰っちゃったのかなって……」


 あぁ……それで『よかった』って言ったのか。


「流石にそんなことはしないって。荷物だって置いてあったでしょ?」

「それは……そうなんですけど。昴さんならやりかないかなって」

「……俺ってそんなヤツ?」

「そんなヤツ、ですよ?」

「おおぅそれはそれは……」


 否定しきれないのがもどかしいぜ。


 でも俺なら……たしかにやりかねない。


 全部これまでの行いのせいだな、きっと。うん。


 ふふっと楽しげに笑う志乃ちゃんを横目に、俺は大げさにため息をついた。


「それで志乃ちゃん、誕生日パーティーは楽しんでるかい?」

「あっ、うん! すごく楽しいです! 花さんも相変わらずお元気で安心しました」

「うちの母親がダル絡みして申し訳ねぇ……」

「謝らないでくださいよ。私は平気……というか、あそこまで気にかけてくれるなんて嬉しいことですから」

「いい子だねぇ……ぐずんぐすん」


 今日も志乃ちゃんが優しい子で、ぼくは感激です。


 目元に手を当てて嘘泣きのポーズをしていると、「昴さんは……」と志乃ちゃんが再び俺の名前を呼んだ。


 声に出して返事はせず、視線を向けて続きを促す。


 無垢な桃色の瞳が――こちらに向いた。


「昴さんは……楽しめていますか?」


 その声音から、俺を心配していることが伝わってきた。


 今日の主役は自分なのだから、自分のことを最優先で考えればいいのに……。


 それができない心優しい人間だということは、重々理解しているけれど。


 楽しめていますか――ね。


 問いかけに対し、俺は視線を前に戻して「ああ」と頷いた。


「楽しめてるよ、割とね」

「本当ですか?」

「もちろん」

「そうですか……。一人で抜けて出してここにいるので、てっきり楽しくないのかなって……」


 あー、言われてみれば……そう受け取られても仕方ないか。それは志乃ちゃんに悪いことをしてしまった。


 俺は首を振って否定を意を示す。


「違うよ。本当に楽しいと思ってる。ただ……なんとなーく、考えごとがしたくなってさ」

「考えごとですか?」

「そ、考えごと」


 頷いて、視線を空へと向ける。


 それに釣られて志乃ちゃんも顔を上げた。


「志乃ちゃんと出会ってから、もう四年も経つなんだなーあっという間だなーって。いろいろ振り返ってた」

「そうですね。本当に……あっという間です」


 ――『それで、志乃。コイツは俺の親友の青葉昴。いつも無駄に明るくて騒がしいヤツだよ』

 ――『えっと……志乃ちゃん? 俺は青葉昴。よろしくね』

 ――『……』


 四年前のあの日、俺たちはこの家で出会った。


 そのときの志乃ちゃんは、まだ俺の名前なんて呼んでくれなくて。


 俺と司はただ、そんな志乃ちゃんを笑わせようとアレコレ考えて実行してみては、失敗ばかりしていた。


「最初は……うるさくて、面倒くさくて、呆れた人っていうだけの印象でした」


 同じように、志乃ちゃんの当時のことを思い出しているのだろう。


「おっと? それは今もそうだろ?」

「ふふ、そうですね。むしろもっとうるさくて、もっと面倒くさくて、もっと呆れた人になりました」

「そりゃ手厳しい」


 空を見上げたまま、笑い合う。


 夜の住宅街には、ただ俺たちだけの声が響いていた。


「でも……そのなかで魅力もたくさんあって、私はいつからか――そんな昴さんから目を離せなくなりました。気付いたらあなたを目で追っていました」

「放っておくと危険人物だからな。目を離したらなにをしでかすか分かったもんじゃない」

「あのー……自分のことですよね? そんな自信満々に言われても困りますよ?」


 目を離せなくなった。

 目で追っていた。


 朝陽志乃は、青葉昴のどこにそんな魅力を見出したのだろう。どこに惹かれてしまったのだろう。


 彼女の想いを知ったときから――何度も思う。


 こんなに優しくて、こんなに綺麗で、こんなに素敵で。


 こんなに魅力に溢れた子から想いを寄せられてしまっている現状が……信じられない。


 とはいえ、この子自身から明かされたことなのだから疑いようのない真実なのだけど。

 

 俺は俺なりに向き合って、答えを出していくしかない。


「昴さん」

「おん?」

「今、どうせ良くないことを考えているでしょ?」

「はて……」


 しっかり見てらっしゃる。


「だから私は何度だって言いますよ?」

「なにを?」


 視線を感じて横を向くと、志乃ちゃんが優しい表情で俺を見ていた。


 ふっと笑みをこぼして――




「あなたのことが好きです――って」



 

 …………。


 あぁ、不意打ちだ。


 俺は息を吐き、志乃ちゃんに向かってぺこりと頭を下げる。


「あんがとさん」


 たった六文字の言葉しか――返せなくて。


「昴さんは……私のこと好き?」

「いや別に」

「じゃあ嫌い?」

「それも別に」

「もう……私はあと何回振られるんだろうなぁ」


 志乃ちゃんは困ったように笑った。


 こんなにいい子に想いを告げられて、ろくでもない返事をしている自覚はある。山ほどある。

 

 それでも俺は、この子の想いに応えることはできなかった。


 それは志乃ちゃんに限った話じゃない。志乃ちゃんだからダメ、という話ではない。


 特定の誰かを恋愛対象として意識したこと、一度もなんてないから。友情意識を向けたことも、一度もないから。


 例え何度『好きだ』と言われようが、俺の気持ちが変わることはない。


「悪い、俺はそういう男だから。理解してくれなんて言うつもりはないよ」

「ううん、理解したいよ」


 自分の想いを無下にされたというのに、志乃ちゃんの声は穏やかで……そして優しい。


「普段の昴さんも、そしての昴さんも、私は全部理解したい。だって好きだから。好きな人を理解したい、知りたいって思うのは当然でしょ?」

「……そうかい」

「うん、そうだよ」


 迷いのない、真っすぐな声。

 自信に溢れ、覚悟の光を宿した瞳。


 恋する乙女は――やっぱり強くて、重い。


「志乃ちゃん」

「ん?」


 首を傾げる志乃ちゃんに、俺は手に持っていた紙袋を差し出した。


「誕生日おめでとう。これ、昴さんからのプレゼントだぜ」

「えっ」

「渡すタイミングを失っちゃってさー。今ならちょうどいいかなって」


 おずおずと志乃ちゃんは手を伸ばし、紙袋を受け取った。


 見てもいいの……? と視線で訴えてきたため、俺は「おう」と頷く。


「ちょ、ちょっと緊張してきた……」

「大丈夫だっつの。見たら記憶がなくなる呪文書とか、触ったら溶ける水とか、そういうのは入ってないから」

「昴さんは誕生日プレゼントをなんだと思ってるの……?」

「ふっふっふ」

「ほ、ほんの少し怖いけど……失礼します……」


 律儀に会釈したあと、志乃ちゃんは紙袋の中を覗き込んだ。


 俺なりにいろいろ考えた。

 らしくないくらい悩んだ。


 そして選んだ、プレゼント。


 喜ばれたいとか、好かれたいとか、そんな気持ちで選んだものではない。


 単純に、俺がソレをプレゼントしたかったから。


 その一心。


「これって――」


 紙袋を手を入れて、志乃ちゃんが取り出したものは――

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