第221話 両親はいつだって息子を見ている
「大丈夫大丈夫! ほら、愛の前に年齢は関係なし……的な!?」
「そもそものリスクがデカ過ぎるわ」
星那さんの年齢は知らないけど、少なくとも俺が未成年で、あちらは成人女性ということだけは確定している。
万が一そんな関係になってしまったら、いろいろと大変なことになるのは目に見えて明らかだ。
そんな面倒事は、こちらとしてもごめんうむりたい。
……でも実際、あの人何歳なんだろう。女子高生でも余裕で通じるくらいには若々しい見た目をしているから全然想像つかないわ。
あ、それこそ母さんなら知ってるんじゃね?
「なぁ母さん、星那さん……椿さんって何歳くらいなん?」
「え? あぁ、椿ちゃんはね。二十――おっと、危ない危ない。思わず答えちゃうところだったぜ……」
「え、なんで?」
「あのねー昴、女性の年齢はデリケートな話題なの! だから私からは勝手に教えられません!」
……ま、そう言われたらそりゃそうか。
年齢から内面までミステリアスを極めてる人だなぁ、あの人は。
俺の予想では、実は二十八歳とかそのあたりだと思うのだが……真相は謎である。
「……まぁ、いろいろ言ったけどさー息子くん」
「ん?」
母さんはすぐに言葉を続けようとせず、一度間をあけた。
息を吐いて……そして、俺と同じ青い瞳でこちらをジッと見つめる。
息子を想う――母親の優しい眼差しだった。
「私は昴が真剣に選んだ子なら、それが誰であってもオッケーだからね」
優しい声音でそう言って。
選ぶとか、急にそんなことを言われても……。
そもそも俺は、まだその段階にすら立てていない。
立つ気も、ない。
返事に詰まる俺を見て、母さんはふっと笑みをこぼす。
「だからさ、前にも言ったけど……。自分を『見て』くれる子がいるのなら、絶対大事にするんだよ。なにがなんでもね」
――『世界中に何億って人間がいるなかで、自分というたった一人を見てくれる人がいるのなら……本気でその人を大切にしなさい』
――『失ってからじゃ……遅いからね』
以前にも言われたことだった。
自分を『見て』くれる人物。
母さんで言う、父さんのような存在。
父さんで言う、母さんのような存在。
自分を見て、相手を見て――支え合う。
そんなかけがえのない、相手。
「それは別に友達でも、恋人でもいいの。そういう相手がいること自体が、本当に幸運なことだから」
「……そんな物好きいるのかねぇ」
「いるに決まってるじゃん」
冗談めかして言ったことに対して母さんは即答する。
「あんたはこの私と、あの隼くんの息子なんだよ? 私たちにとっては、誰よりも魅力に溢れた男の子なんだぜー?」
「……」
「あ、なになにー? ママから褒められて照れちゃった~?」
「ちげぇわ。親馬鹿な母親に呆れてんだよ」
「親馬鹿で結構! 息子くんは世界で一番大切な宝物だからね! 隼くんの分まで愛を注いじゃうっ!」
母さんはそう言うと、ニコニコしたまま俺の腕に勢いよく抱き着いてきた。
「だーもう! いきなり抱き着くな! 周りから変な目で見られるだろうが!」
「ぶー、息子くんが反抗期だなー」
慌てて振り払うと、母さんはあからさまに不満な表情を浮かべて渋々俺から離れる。
誰よりも魅力に溢れただの、一番大切な宝物だの――本当に困った親だよ。あんたは。
いや、あんた『たち』――か。
不意に父さんの顔が頭をよぎり、チクリと胸が痛んだ。
「――大丈夫だよ、昴」
「え?」
「大丈夫。きっと隼くんも、お空から昴を見てくれてるから。いつもみたいに、優しく笑って……ね」
やはり親という生き物は、子供に対して敏感だ。
なにも言っていないのに、俺が考えていることをすぐに察してくる。
そして――安心する言葉を投げてかけてくる。
まったく……どこまでいっても、ずるい。
「いつだって最強のパパとママが、息子くんを見てるぞい! だから安心していいんだぜ!」
「ははっ、そりゃ安心だな。なら母さんが勝手に料理しないように、父さんに監視してもらわないと」
「げっ……」
「父さんが見てるのは俺だけじゃないだろ?」
そう。俺だけじゃない。
「母さんのことだって……きっと見てる。距離がちょっと遠くなっただけで、それは変わらねぇよ。絶対にな」
「昴……」
あの人は最期まで母さんの心配をしていた。
短い人生のなかで自分が愛した唯一の女性を、最期まで想っていた。
今だって、遠く離れた場所から
「あはは……そっか。そうだよね」
母さんは一度空を見上げて……なにかを堪えるように唇をきゅっと締めた。
「まったくも~! 急に息子くんがいいことを言うからママ泣きそうになっちゃったよ~!」
「もし泣いたら俺の靴下で拭いてやるから大丈夫だぜ」
「なにも大丈夫じゃないよね!? いくら家族といえど流石に抵抗感あるからね!?」
――なんて、他愛のない話をしながら歩く。
少し無言の時間が流れたあと……。
母さんは、ポツリと呟いた。
「でも……うん、隼くんが見てくれてるなら安心だね」
嬉しそうな声だった。
いつだって明るく元気な母親。
いつだって穏やかで、優しい父親。
そんな二人のもとに生まれてこれたのは――きっと。
「ああ、めっちゃ安心できるよ」
すごく幸運なことなのだと、俺は思う。
だからこそ、俺のなかには――
この人を一人にさせるという選択肢なんて存在しなかった。
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