第220話 青葉花はワクワクしている

 九月下旬の土曜日。天気は晴れ。時刻は夕方頃。


 肌を刺すような夏の暑さは徐々に鳴りを潜めているが、まだ気持ちの悪い残暑は続いていた。


 あと数日で十月になるという今日のこの頃……。


 スーパーイケメンボーイこと俺、青葉昴は――


「いやー司くんたちと会うの久しぶりだなー! ねね、息子くん。ママ見た目大丈夫? ちゃんと美人?」

「あーはいはいめっちゃ美人」

「うわ雑だなー」


 相変わらずハイテンションの我が母、青葉花と一緒にとある場所に向かって歩いていた。


 とある場所、というのは母さんの言葉からでも分かると思うが……言ってしまえば朝陽家だ。


 その理由もズバリ……九月二十三日に十六歳の誕生日を迎えた、我らが天使ちゃんこと朝陽志乃ちゃんの『誕生日パーティー』に参加するためであり――


 毎年のように、俺と母さんは彼らの家に招待されているわけである。ありがたい話だ。


 パーティーとはいったものの、みんなで夜ご飯を食べて、ダラダラ話して終わりというものではあるが、楽しげな雰囲気に溢れていることには違いなかった。


 大人組は大人組でお酒を飲んでワイワイ喋っているし。司はそんな大人組の相手してて、いつも大変そうだし。


 特に母さんが司と志乃ちゃんにダル絡みするからなぁ。


 はてさて、今年はどうなることやら……。


「仕事は大丈夫だったのか?」


 見るからにウキウキしながら、軽やかな足取りで歩く母さんに問いかける。


 昼過ぎくらいに仕事から帰って来た母さんは、すぐにスーツからカジュアルな私服へと着替えていた。


 本来であればいつも通り夜まで仕事のはずなのだが、今日は大事な私用があるからと半休を取ったらしい。


 俺の質問に、母さんは自慢げに胸を張る。


「大丈夫に決まってるでしょー? こう見えてもママ、シゴデキ系美人として社内で有名なんだからね?」

「シゴデキ系美人ねぇ……部下の人が苦労してないといいけど」

「ふっふっふ、そこも問題無し! むしろ、みんな優秀だからいつも助かってるんだよねー」


 とは言っているものの、母さん自体も仕事ができる人間だということは息子の目から見ていてなんとなく想像がつく。


 普段はこんな適当人間だけど、根はかなり真面目で要領もいい。それに持ち前の明るさで周囲を惹きつけ、配慮も欠かさない。


 俺の周りで例えるなら……蓮見と月ノ瀬をいい感じに混ぜ合わせたような感じかもな。


 たしか母さん……課長とかそこらへんの役職なんだっけ? 詳しくはちゃんと聞いてないから知らないけど。


 それなりに大きい企業で、女性の身で管理職に登り詰めていくのは、なかなか簡単なことではないだろう。


 クソガキの俺と、身体が弱い父さんを金銭的に支えるために昔から必死で仕事をしていたことはよく分かっている。


 当時の俺は……そんな母さんの苦労を知らず、いつも反抗ばかりしていた。何度思い返しても自分に腹が立つ。


 会社の母さんか……。


 会長さんとか星那さんに聞けば、そのあたりのことを教えてくれるのかね。どうなんだろう。ちょっと気になってきたな。


「それにさ、仕事は毎日あるけど誕生日は一年に一回しかないんだぜー? どっちを優先するかなんて考えるまでもない!」

「まぁ、それはそうだな。融通が利く会社で良かったよ」


 まるで自分の子供のように、司と志乃ちゃんを可愛がっている母さんからすれば、今日の誕生日はなによりも優先することなのだ。


 昨日からずっとワクワクしていた姿は、まるで遠足前日の子供みたいでちょっと呆れたけど。


 寝れないよー! とか、明日なにを着ていくべき!? とかずっと一人で騒いでたし。


「それにしても、初めて会ったときは十二歳だった志乃ちゃんがもう十六歳だぜ?」

「そう聞くとビックリだよー。昴もそうだったけど、子供の成長って本当にあっという間なんだよね」

「一方その頃、花さんのご年齢は……」

「ピピー! それ以上は禁止! 一気に現実が迫って来るからやめて! 現実急接近注意報!」


 母さんは大げさに身振り手振りをして『禁止!』とアピールしてくる。


 この人の場合、普通に見た目も言動も若々しいから実年齢よりずっと若く見えてしまう。

 

 しかし、息子としては変に落ち着いてしまうよりかは、元気が有り余っている今のほうが安心できる。


 当たり前のように元気だった人が徐々に静かに……弱っていく様を見ていくのは……正直かなりしんどい。


 母さん自身、そのあたりを痛いくらいに理解しているからこそ、こうして元気に振る舞っているのかもしれないな。


「まったくもー。そういうちょっと意地悪なところ、隼くんにそっくりだなー。流石は親子」

「ほうほう。それはきっと、天国で父さんも喜んでるな」


 でも父さんが一番喜んでいることは、母さんがキッチンに立っていない現状だと思う。マジで。絶対そう。


 少しでも料理しようものなら、急いで飛んできて全力で止めていた。何度もあったその光景は、今でも鮮明に覚えている。


「でも! そんな隼くんを私は落としたから! 『恋愛とか別に……』とか言ってた隼くんを落としたのはこのママだから! ドヤァ!」

「うざ」

「うざはやめて???」


 百点満点のドヤ顔を適当にあしらう。


 なんだろう、この親近感がありすぎるノリとツッコミは。そこはかとないデジャヴは。


 そのうち、俺もシャーペンをグーで握る日も近いのかもしれない。


 ……実際のところ、母さんはどのようにして父さんを射止めたのだろうか。


 なんとなくの馴れ初めは聞いている……というか聞かされているが、細かいところまでは聞いたことが無かった。


 でも母さんのことだ。きっと勢いでごり押したに違いない。


 駆け引きとかそういう小細工系は絶対無理だろうし、自分が思うままにアタックしているほうが性格的に合っている。


 そのあたりの話も、気が向いたら聞いてみたいものである。


「ということは――だよ、昴」


 ドヤ顔から一変、母さんは穏やかな表情を浮かべて人差し指を立てた。


「なんだよ?」

「昴も隼くんみたいに、可能性があるわけだ!」

「……いや、そんな自信満々に言われても」


 誰かに落とされる……?


 母さんが父さんを落としたみたいに? 俺が……?


「昴はねー、落とす側より落とされる側だと思うんだよ。やっぱり血筋の問題なのかなー」


 腕を組みながら、うんうんと母さんは頷く。


「はてさて、我が息子くんはいったい誰に落とされるのか! 母親としてはワクワクドキドキでございます!」

「落とされるの確定になってるじゃねぇか」

「志乃ちゃんかな? るいるいちゃんかな?」

「なんでその二人なんだよ」

「またまたー。ママが言わなくても分かってるくせに~!」


 ちょっとこの人、感性が女子高生のままで止まってない? 大丈夫?


 なんか母親と話しているというよりは、年の近い女子と話してる感覚になってくるんだけど?


 年は近くないし、女子とは言えない年齢ですけども。えぇ。


 志乃ちゃんに、渚――


 志乃ちゃんはまぁ……。あの子の気持ちは知っているから、下手にアレコレ言うことはできない。


 でも、渚の場合はなぁ……。うーん……。


 恋に落とす、というよりは落とし穴に落とすとか、どちらかと言えばそっちのほうを連想してしまう。


 物理的に落としてきそうだもんな、アイツ。しかも真顔で。


 それに、あのるいるいちゃんが恋愛している姿は……あまり想像ができない。


 俺がいろいろ考えていると、その様子を見た母さんが突然「はっ……!」と目を見開いた。


「ま、まさかママが知らない間に! 沙夜ちゃんか椿ちゃんとすでに関係が……!?」

「あるわけないだろ! 前者はともかく、後者は社会的にアウトだろうが! こちとら未成年だぞ!」


 あービックリした。


 とんでもない内容をすかさず否定し、額に浮かんで冷や汗を拭った。


 志乃ちゃんや渚はともかく、会長さんと星那さんの名前はちょっとシャレにならないのが恐ろしい。


 なにを言い出すんだこの母親は……。 

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