第223話 朝陽志乃はプレゼントを喜ぶ
「これって……ヘアゴム……?」
志乃ちゃんが紙袋から取り出したのは――ブラウンのヘアゴムだった。
「おう、ヘアゴム。雑貨屋とか見ててさ、ピンと来たから買っちった」
「綺麗……」
ヘアゴムには、青色の丸い宝石のようなものがあしらわれていた。
光を反射して、綺麗な輝きを放っている。
なぜ青色の宝石なのかは、ちゃんと理由があって……。
「九月の誕生石を調べたらサファイアらしいからさ。そのヘアゴムにした」
青色の宝石――サファイアは、志乃ちゃんの誕生日である九月の誕生石なのだ。
サイズは目立つほど大きいわけではなく、あくまでもワンポイント程度。
それに、マジもんのサファイアをふんだんを使ったアクセサリーなんて学生の俺には手が届かない。
当然ながら、若者向けに加工されたリーズナブルな装飾品だ。
「志乃ちゃんは普段あまり髪を縛らないし、普段使い……というわけにはいかないけど。センスが悪かったら申し訳ねぇ」
日向のようにツインテールだったり、渚のようにポニーテールだったり……そういったヘアスタイルであれば頻繁に使用するのだろうが……。
俺の言葉に、志乃ちゃんはすぐに「ううん」と首を振った。
「そんなことない。すごく嬉しいよ?」
「ならよかった。女子にあげるプレゼントで、しっかり悩んだのは初めてだったからさ。柄にもなく緊張したぜ」
「え……?」
あれ。なんか俺、変なこと言った……?
「初めて……なの?」
「え? あぁ、そうだよ」
おっと、そこに引っ掛かっていたのか。
俺は腕を組み、眉間に皺を寄せる。
「正直めっっっちゃ悩んだ。ネットで調べたり、お店に行ったりしてさ。どうしよ~って」
「そうなんだ……。ふふ、そっか……昴さん、そんな悩んでくれたんだ」
「なんか嬉しそうだな」
「本当に嬉しいから。だって、それだけ私のことを考えてくれたってことでしょ?」
「それは……否定しない」
「ほら。そんなのもう嬉しいに決まってるよ」
言葉通り、志乃ちゃんは幸せそうに笑みをこぼした。
「ありがとう、昴さん。絶対大事にするね」
「おう。ほどほどに大事にしてやってくれ」
やはり、志乃ちゃんはなにをあげても嬉しそうに笑ってくれる。
ありがとう、と。
大事にするね、と。
お世辞ではなく、本当にそう思って言っているのだ。
その証拠に、これまで俺が誕生日などで贈ったものは自室に大事に保管しているらしい。
俺が見たわけではなく、司が言っていたことだから詳細部分までは分からないけど。
いずれにしても、あげた側の気持ちとしても……もちろん、嬉しい。
「ねぇ昴さん、紙袋に入っているもう一つのほうも見ていい?」
「いいぞ。どちらかと言えばそっちメインだからな」
「そうなんだ! なんだろう……!」
流石にヘアゴム一つで紙袋を使う……なんてことはしない。
俺としてはヘアゴムはおまけのような存在で、メインはもう片方のプレゼントだった。
志乃ちゃんはワクワクした様子で、紙袋から一つの箱を取り出した。
それはポストカードより一回り大きいくらいの、黒い箱だった。
箱を眺めて、なんだろう? と首を傾げる。
当然、箱というからには開けることができるわけで……。
志乃ちゃんが丁寧に箱を開けると、そこに入っていたのは――
「わぁ……可愛い『写真立て』……!」
そう。
彼女の瞳によく似た桃色のリボンがあしらわれた、白縁の『写真立て』。
ソレこそが――俺が悩んだ結果辿り着いた、朝陽志乃への誕生日プレゼントだった。
理由だって……ちゃんとある。
志乃ちゃんの反応を見るのがなんとなく気恥ずかしくなり、俺は視線を前に向けた。
「この家って、志乃ちゃんや司の写真が結構な数飾られてるだろ?」
「うん」
「だからまぁ……今後なにか思い出にしたい写真を撮ったら、それに入れて飾ればいい。君だけの思い出としてね」
「私だけの思い出……」
「ちょっと地味だけど……それが俺からのプレゼントってことでよろしく」
司はもちろん、志乃ちゃん自身も家族との思い出をとても大事にしている。
だからこそ、何気無い日常を写真に収めて、それらを家の中に飾っているのだろう。
家族の楽しげな思い出に溢れているこの家が……俺は好きだった。これからも二人には、さまざまな思い出を残してほしい。
家族との、かけがえのない時間を過ごしてほしい。
『家族』というものに特別な痛みを抱えたものが集まった――朝陽家だからこそ。素敵な思い出を残し続けて欲しい。
そこで思いついたのが、写真立てだったわけである。
なんの写真でも構わない。
自分の記憶に残るかけがえのない一瞬を写真に残して、飾ってほしい。
振り返ったとき――それはきっと、宝物になるから。
そんな至って真面目な――単純な理由だった。
「全然地味じゃないよ。本当に私を想って選んでくれたんだなぁって分かるから。嬉しい……すごく嬉しい」
写真立てを大事そうに胸に抱えて、志乃ちゃんは微笑んだ。
その様子を見て――
少しだけ……俺の胸が温かくなったような気がした。
女子高生に贈るものとしてどうなんだ? 癖強くないか?
そもそもデザイン的にどうなんだ? もっと無難なものにするべきか?
……なんて、ごちゃごちゃ悩んだかいがあった。
とりあえず……うん。
よかった。
「どうしようかな……なんの写真を入れようかなぁ……」
「適当な好きな写真でも入れてちょーだい」
「なんでもいいの?」
「そりゃもちろん。俺が決めることじゃないからな。どう使うのかは志乃ちゃん次第だよ」
「なんでも……好きな写真……うーん……」
写真立てと向き合い、「むむむ」とにらめっこしている志乃ちゃんがなんとも可愛らしい。
自分の写真か、兄の写真か、両親の写真か。
それとも友人だったり、風景だったり。
無限に存在する選択肢のなかで、志乃ちゃんはいったいどんな写真を残すのだろう。
そこは個人的にも気になる部分ではあった。
まぁ……焦らなくても、そのうち答えは出るはずだ。
――とか、思っていたのに。
「……決まった」
「うぇ、え、はや」
そのうちどころか、もう決まったようです。
素で驚いたせいで、思わず変な声が出てしまった。
「どんな写真を飾るのか聞いてもいいのかね?」
「知りたい?」
「ほどほどには知りたいかな」
「ふふ、仕方ないなぁ」
俺の予想では、司か日向か……そのあたりの写真かね。
ふと、志乃ちゃんから視線を外した――そのときだった。
「昴さんっ!」
「ぇ? ――うぉっ!」
名前を呼ばれると同時に、勢いよく右腕が引っ張られる。
気が付けば、志乃ちゃんが俺の腕にギュッと抱き着いていた。
左腕を絡ませるように抱き、俺との距離をグッと縮める。
柔らかな感触が、肘あたりに――
っておい! なんだこの状況は!
なぜ俺は志乃ちゃんに抱き着かれてるんだ……!? こんなところ司に見られたら処されるって!
「ちょ、志乃ちゃ――」
「昴さん前向いて!」
「はぇ?」
突然の行動の数々に付いていけず、言われた通りに前を向いた瞬間――
カシャ――っと、無機質な音が響き渡った。
視線の先には、志乃ちゃんが右手で持っているスマホ。
カメラの自撮りモードで起動されている画面には、俺たち二人の姿が収められてた。
なにが起きたのか全然分からなかったが……。
数秒ほど経って、ようやく俺の身になにがあったのかを理解することができた。
「よし、いい写真が撮れましたっ」
満足そうな一言。
「撮れました……って、志乃ちゃん。君なにしてんの」
「なにって、写真を撮っただけだよ? 私が残したい……『大切な一枚』をね」
「いやいや……だからって……」
「なんでもいいって言ったのは昴さんだよね?」
「ぐ……それは言われたらなにも言えねぇ……!」
志乃ちゃんは笑顔を浮かべながら、俺からパッと腕を離した。
明かりに照らされた頬が赤くなっているのは……気のせいではないのだろう。
まるで恋人のようにくっ付いて、自撮り写真とは――
随分とまぁ……勇気を振りしぼったものだ。
「……あっ、じゃあせめてもっとかっこいい顔にしてくれよ! 俺、絶対変な顔してたって!」
「うん、してるね。ぽかーんって顔してる」
「くそぉ……!」
先ほど撮影した写真を確認しながら、志乃ちゃんが答える。
不意に撮られたせいでイケメンが台無しになってしまった……! そこだけは心残り……!
撮られるって分かってたら最強のキメ顔したのに……!
「ったく……そんな写真を飾っても仕方ないでしょ」
「そんなことないよ? 昴さんに会えないときとか、ちょっと寂しいなーってときとか、写真を見ればちょっと紛らわせるかなって」
「ぐぐ……」
「あ、昴さん照れてる」
「てててて照れてねぇし!」
留まることをしらない口撃の数々に、視線を下に落とす。なんとも言えない気持ちを抱えて、頭をガシガシと掻いた。
当然、恥ずかしいことこの上ないのだが……。
あんなにもキッパリと言われてしまったら、もうこれ以上抵抗する気は起きなかった。
会えないとき――か。
……。
志乃ちゃんにとっては軽い冗談のつもりでも、俺からすれば……その言葉はずっしりと圧し掛かるほど重い言葉だった。
表情に出さないように努め、俺はため息をつく。
「もしも、また昴さんと写真を撮ったときは入れ替えるからね。そのときまでは今撮った写真を飾っておくから」
「いや、あの……やっぱり司とか……日向とか……そのあたりの写真にしておいたほうが……」
「昴さんからもらった写真立てだもん。昴さんとの思い出を飾っておきたいの」
「だもん、て……」
可愛いなおい。
「それとも……昴さんは嫌なの?」
悲しそうに瞳を伏せ、小さな声で言った。
あぁもう……ずるいなぁ。
そんな顔をされたら、嫌だなんて言えるわけないでしょうに。
「……仕方ない。君の言う通り、なんでもいいって言ったのは俺だからな。許可します!」
「やった! それなら決まりですねっ!」
どこに置こうかなー、早く飾りたいなー、とウキウキで呟いている志乃ちゃんを横目に俺は空を見上げる。
こんなに喜んでくれるのなら、あんなに悩んで、考えた時間も無駄ではなかった。
会長さんにも……あとでお礼を言っておかないとな。
あの人の言葉がなければ、別のものをプレゼントしていた可能性があったわけだし。
「昴さん、昴さんっ」
「おうおう、今度はどうしたよ」
この時間だけで、俺は何度この子に呼ばれたのだろう。何度この子は俺の名前を呼んだのだろう。
いつだって志乃ちゃんは、俺の名前を幸せそうな顔で呼んでくれる。笑顔で、呼んでくれる。
その笑顔を……いつか俺は――
っと、変な考えごとはよそう。
俺が再び志乃ちゃんに顔を向けると――
「どう? 似合う? 髪結んでみたんだー」
頭の後ろで髪を結び、ポニーテールスタイルになった志乃ちゃんがそこにはいた。
俺があげた……ヘアゴムで髪を結っていた。
サファイアが玄関の明かりを反射して、美しい光を放つ。
「……あぁ、すっげぇ似合ってるよ」
「よかったぁ。私ね、このサファイア? の色大好きだよ」
「ほう? それまたどうして?」
「だって――」
頭のヘアゴムに触れて、志乃ちゃんは穏やかに微笑む。
「昴さんの瞳の色と――同じだから」
「……」
「深い、青色。私が大好きな……青色。それと同じだから」
……それは完全に盲点だった。
誕生石……という点だけで選んだから、俺が云々とかそういったことは一切考えてなかった。
予想外の一言に、言葉を失う。
「コレも、写真立ても……ずっとずっと、大事にするね」
「……おう」
「だから昴さん――」
今日のこの日、この場所で彼女と交わした言葉を。
そして――
「ありがとっ!」
この咲き誇る笑顔を――
俺はこの先も、忘れることはないだろう。
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