第218話 星那沙夜は頼りになる先輩である
「悩むもなにも、キミはこれまで何度も彼女の誕生日を祝ってきたわけだろう? 今更なにを悩むのだ?」
「いやまぁ……そりゃそうなんすけど……」
会長さんの言う通り、志乃ちゃんの誕生日をお祝いするのは当然今回が初めてじゃない。
何度も祝ってきて、そのたびにプレゼントを贈ってきた。
だから会長さんの疑問はごもっともと言える。
とはいえ……だ。
「ほら、今年から高校生になったわけでしょ? 中学生と高校生じゃいろいろ趣味嗜好っていうか、気持ちも変わるわけじゃないですか」
「……そうなのか?」
「え、違うんですか?」
「いや……どうだろうな。自分で言ってしまうが、そもそも私を一般的な女子高生と同じ括りにしていいのか……と」
「あー……」
それはたしかに。
会長さんって社長令嬢だし、本人もかなり大人びているタイプで、同年代とは少し感性が異なっている部分もある。
一般的な意見を求めるのは違うのか……?
誕生日プレゼントを聞いたら『株』とか言ってきそうだもんねこの人。完全な偏見だけど。
どうしようか悩んでいると、会長さんがなにかを分かったように「……あぁ、そういうことか」と呟いた。
「そういうこと……?」
俺が聞き返すと、会長さんはフッと笑みをこぼしてこちらに顔を向ける。
うわ……なんか嫌な予感がしてきた。
「これまでキミは、志乃を妹のように扱ってきた。そして志乃からも、同じように思われていると考えていたはずだ。だから気兼ねなく贈り物を選ぶことができた」
……ほら。
やっぱりこの人に聞いたのは間違いだったかもしれない。
げんなりとした俺に構うことなく、会長さんはさらに続ける。
「だが、キミは志乃の想いを知ってしまった。兄のような存在ではなく、一人の男性として強く意識している彼女の想いを」
「……」
「そんな彼女に、改めてなにを贈ればいいのか悩んでいる――というわけだな。キミもなかなか思春期らしい悩みを持っているじゃないか」
「ったく……ご丁寧に解説をどーも」
いつもそうだ。
こちらが『一』しか言っていないのに、この人は『十』で返してくる。
あえて伏せていたところを、的確に言い当ててくる。恐ろしいったらありゃしない。
――しっかり正解だよ。
志乃ちゃんと今まで通りの関係性だったら、特に考えることなくそれっぽいプレゼントを贈っていただろう。
しかし、今年はそうとはいかない。
彼女は俺を異性として意識している。
自分を好きになってもらうためにアピールしている。
文字通り、恋する乙女なのだ。
その志乃ちゃんに……俺はなにを贈るべきなのだろうか。
柄にもなく、悩んでしまっている自分がもどかしい。
もちろん、高校生になったからという理由も嘘じゃない。そこが懸念点なのもまた事実だ。
女子中学生への贈り物と、女子高生への贈り物ってちょっと変わってくるでしょ。あまり知らんけど。
……ま、深く考え過ぎないほうがいいのかもな。
「キミは今までどうしてきたのだ?」
「え?」
考えごとの真っ最中に飛んできた会長さんの質問。
どうしてきた、というのは……。
「これまでなにを考えて彼女にプレゼントを贈ってきたのだ? と、聞いている」
「これまで……ですか」
「ああ」
これまでの志乃ちゃんの誕生日。毎年の九月二十三日。
俺はなにを思って……。
……うん。
「別にたいして考えてないですね」
「ほう?」
「ただ俺が勝手にあげたいと思ったものとか、なんか面白そうって思ったものとか……ですかね」
振り返ってみれば、あまり悩んだ記憶はなかった。
偶然雑貨屋さんで見つけたおもしろアクセサリーとか。
絶対外では着られないけど、部屋で着る分には問題ないおもしろTシャツとか。
あのしっかり者の志乃ちゃんが、『働いたら負け』Tシャツ着てるところを想像したらめっちゃ面白くない?
そういったものを俺の独断と偏見で選んで、一方的に贈りつけていた。
今思えば、年頃の女子に贈るものじゃないやつもあったけど……。
仕方ないよね。ビビッと来ちゃったんだからね。うんうん。
「そのとき、志乃はどのような反応だったのだ?」
「うーん、若干困ってはいましたけど……。でも、嬉しそうにしていましたね」
なにをあげても、志乃ちゃんはいつもの可愛らしい笑顔で言うのだ。
――『ありがとうございます、昴さん。ずっと大切にしますね』と。
取り繕った笑顔でもなく、お世辞でもなく。
彼女らしい、自然で穏やかな表情で。
本当に嬉しそうにお礼を言ってくれるのだ。
「――なんだ。答えは出ているじゃないか」
会長さんが安心したように言った。
答えは出ている……?
眉をひそめた俺の背中がポンっと優しく押される。
会長さんは愛おしそうに目を細め、俺を見ていた。
「キミがあげたいと思って贈ったものを、キミが自分の意思で選んだものを、彼女は喜んで受け取ってくれる。それがもう答えだろう?」
「……あ」
「やれやれ、やはり変に考え過ぎるのがキミの悪い癖だな」
「いや……まぁ」
言いたいことは分かる。
分かる……けども。
「なぁ、昴」
俺は返事をせず、会長さんの言葉を待った。
「どんなプレゼントでも、志乃がどうして喜んでくれていたのか分かるか? いや、キミなら分かっているだろう?」
「それは――」
「キミのことが好きだから、だ」
言葉が遮られる。
「好きな人からのプレゼントはなんでも嬉しいものだ。それが乙女なのだよ、昴」
好きな人からのプレゼント――
なにかしら言い返してやりたい気持ちもあったが、相応しい言葉が見つからなかった。
会長さんの言葉に否定できる要素がどこにもなかったから。嫌になるくらい納得してしまったから。
そう……だよな。
自分の好きな人からのプレゼントだったら、よほどぶっ飛んだ物じゃなければなんでも嬉しいよな。
実に単純で、それ以上にない分かりやすい理由。
例え恋愛的な意味でも、それ以外の意味でも。
好ましく思っている相手からなにかを贈られるというのは、それだけで一定の価値がある。
至って単純明快なことだ。
「……私にも、その気持ちはよく分かるからな」
なにかを思い出すように、会長さんがしみじみと呟く。とても小さな声。
ソレを俺は──聞き逃さなかった。
よく分かる……。
物を贈られる気持ちか? あるいは乙女云々のところか?
その瞬間、俺はふと思い出してしまった。
──『それに触れるな』
──『それは私にとって一番の宝物でな。ついキツい言い方をしてしまった』
生徒会室でテスト勉強をしていた、七月のあの日。
司が取り乱し、会長さんの恐ろしさを深く理解させられたあの日。
俺は一枚の『栞』を見た。
年月が経って変色してしまったであろう一輪の花で作られた、押し花の栞を。
その栞を会長さんが落としたとき、俺が触れることを強く拒絶していた。
一番の宝物だと、とても大事そうに拾い上げていた。
もしそれが、この人の言う『好きな人からのプレゼント』だとしたら――
もしかしたら。
「……。これ、聞いていいのか分からないんですけど」
気が付けば、勝手に口を開いていた。
「どうした?」と首を傾げる会長さんに、俺はポツリと言葉を残す。
「会長さんが持ってるあの栞……なんすけど」
「……」
栞、という単語に反応を見せる。
「あの栞がプレゼントだとしたら、アレを贈ったのって……」
「……あれからまた少し変化したキミには話してもいいかもしれないな」
俺が考えている通りだとしたら……。
「――ああ。キミの想像通りだ」
会長さんは過去を懐かしみ、顔をほころばせる。
息を吐いたあと、ゆっくりと俺の疑問に答えた。
「幼い頃に一度だけ会った――司からもらった花なのだ」
あぁ、やっぱりそうなのか。
二人にはそんな縁があったのか――
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