第217話 青葉昴はこき使われる
「……あの、会長さん」
「どうした? そんなにつらそうな顔をして。なにか嫌なことでもあったのか?」
「リアルタイムでつらいんですよ。……おっも。腕の感覚なくなりそう」
「ふむ。たしかに私は重いタイプだと自分でも思う」
「あんたの事情はどうでもいいわ。てか誰がどう見ても重いわ。そして怖いわ」
森君との一件があった翌日の放課後。
現在俺は二段に積まれた段ボールを抱え、よろよろと廊下を歩いていた。
段ボールの中には図鑑や資料、小説といった各種本類がビッシリと詰められており、その重さは容易に想像できるだろう。
そんな俺の隣を、なにも持たずにただ軽やかに歩いているのは……我らが生徒会長こと星那沙夜。
一歩進むたびに長い髪がさらさらと靡いている。
そして俺は一歩進むたびに腕全体へ負荷がかかり、大変しんどい目に遭っていた。
まるで女王様と、その女王様のために働く召使いのような構図である。
「ったく……どんだけ本を生徒会室に溜め込んでたんですかあんた」
「資料室や図書室からいろいろ借りたのはいいもの、返すタイミングがなかなか無くてな。いい機会だと思ったからキミを頼ったまでだ」
「頼ったまでだ……って。どうして俺がこんなことを……」
――『放課後、生徒会室に集合。断ったらキミの恥ずかしい話がうっかり校内に漏れてしまうかもしれない』
会長さんからそんな要請メッセージが飛んできたのが今朝のことだった。要請というかもうただの脅しだけど。
いつもであればガン無視を決め込むところだが、恥ずかしい話云々のくだりが怖くて逃げだせなかった。
だって会長さんだぞ? 俺ですら覚えてない恥ずかしい話とか、話した記憶がないのになぜか知ってる話とか、いろいろ知ってそうじゃん?
流石に無視出来ず、言われた通りに生徒会室に来てみたら……。
――『この段ボールを図書室まで運びたい。さぁ、持ってくれ』
と有無を言わせず命令してきたことで……今に至る。
重い。マジで重い。俺はパワータイプじゃないのに。どちらかといえばスピードタイプだから力仕事は専門外なのよ。
しかし、会長さんの一方的な命令を大人しく聞いたのは、ほかにも理由があって……。
「おや? キミは私にそんなことを言える立場なのか? 私は昨日、キミのお願いを聞いてあげたはずなのだが」
「ぐっ……」
「まさか青葉昴とあろう男が、一方的に借りを作って終わり……なんてことはしないだろう?」
「ぐぐっ……」
「フフ、私の勝ちだな」
楽しそうに笑う会長さんを前に、俺はなにも言えずにただ歯を噛み締めた。
「『俺からメッセージが来たら、すぐ司に呼び出しの連絡を入れてくれ』――だったか? 遠慮無しに私を利用するとは、キミも成長したものだ」
昨日の放課後、司を呼び出した会長さんのメッセージ。
アレは俺が事前にお願いしていたことだった。
司が残ってしまったら、森君との『話し合い』に支障が出る。
かといって、俺一人では司をあの場から自然に離れさせることは難しい。
そうなると、外部の人間の手助けが必要で……。
借りを作るのは癪だったが、会長さんを頼らせてもらった。
だから、あそこまでスムーズに司を撤退させることに成功したわけだ。
――結果、その借りを現在進行形で返しているわけである。
「すみませんねぇ。パッと思いついたのが会長さんだったもので」
「フフ、その点については問題ない。後輩の頼みを聞くのも先輩の仕事だ。それに、司と話す口実ができるというメリットが私にもあったからな」
「そりゃよかった」
どうせ会長さんのことだ。
適当な理由を作り上げて、司と上手く話をしてくれたのだろう。
そのあたりのことはなにも心配していない。
心配するまでもない、が正しいか。
「だったらこの返却大作戦も司に任せれば良かったんじゃ? 俺としては、もっと楽な方法で借りを返したかったんすけど……」
「あぁ、たしかにそれも考えたのだが……」
考えてたのかよ。
自分で言ったものの……司は俺よりもやし君だから、この段ボールを運ぶのに倍の時間がかかりそうだ。
会長さんはなにかを考えるように顎に手を添える。
少し経ったあと、そのまま俺に顔を向けてフッと笑みをこぼた。それはもう、自然で美しい表情だった。
「最近、キミとはこうして話す時間がなかったからな。愛する者たちと話をしたいというのは、当然の欲求だろう?」
……。
この人といい、志乃ちゃんといい……ドストレートに言ってきやがる。
意味合いはそれぞれ違っているのだろうが、俺たちに対して強い想いを向けているという事実は同じだ。
でも志乃ちゃんの場合は、言われてちょっと気恥ずかしかったり、気まずかったりするのだが……。
会長さんの場合はただただ怖い。ひえぇぇってなる。なんだろうね、この違い。
「……女子みたいなこと言いますやん」
「……キミは本当に、私をなんだと思っているのだ?」
「ボスキャラ」
「それは喜ぶべきなのかどうか……反応に困るな……」
あー怖い怖い。
ちょっとでも気を抜くと、いろいろ飲まれてしまいそうだ。
表情こそ優しいものだが、瞳の奥が怖いことにはなにも変わらない。
言葉以上の深いなにかを感じ、俺は顔をしかめた。
「ただでさえ、来週には学習強化合宿で学校を離れることになる。今のうちにキミたちからエネルギーを補給しておきたいのだよ」
エネルギー補給……。
「む。それならもっとこう……物理的なエネルギー補給といいますか! 肌と肌を触れ合わせることによってさらなるエネルギー補給をですねぇ!」
「…………?」
「無言で首を傾げるのやめてください。ただただ俺がみじめな変態野郎になるだけなので」
「フフ、私としてはそうなってもまったく問題ないが――」
「え」
呆ける俺を見て、会長さんは再び笑う。
それは大人の魅力を感じる、どこか妖しい笑みで――
「キミにはまだ、少し早いかもしれないな?」
怖い怖い怖い怖い。誰か助けて!?
いや、なんか、うん。思春期の男子的には? すごくこう……グッとくるものがあったけども! 期待しちゃうアレコレはあるけども!
やっぱそれ以上に怖いっす。ホントに怖いっす。
まだまだこの人を出し抜くには鍛錬が足りねぇな……と思いました。
「……遠慮しときます」
「おっと。キミから振ってきた話ではないか」
困ったようにこめかみに手を当て、会長さんはため息をついた。
「まぁいい。そろそろ私も段ボールを一つ持とう。一度床に置いてくれ」
「大丈夫っすよ。慣れてきたんで」
「ほう? そう言うわけには腕が震えているぞ?」
「これはアレっす。腕が喜んでるだけっすよ。うぉぉぉぉ重い荷物運べて嬉しいぜぇ! って」
「……本音を言ってみろ」
「はい。じゃあ持ってください。もう重くて無理っす。いやー助かったぁ! 重いほうを会長さんに運んでもらおーっと!」
ニコニコでそう答えると、俺は持っていた段ボールを一度廊下に置いた。ドサッと音がする程度には、その重さが伝わってくる。
笑顔で喜ぶ俺を横目に、会長さんは「相変わらず面倒くさい男だなキミは……」と再びため息をついていた。
短時間で女子に二回もため息をつかせる男。それが私です。
司ならここで嘘でも『大丈夫ですよ』とか言うんだろうけど、あいにく俺はそんな優男じゃないからね。例え女子相手でもバッチリこき使いますよ。
――とはいえ、本当に重いほうを持たせるのは流石の俺でも気が引ける。というか、報復が怖い。
二つの段ボールのうち、軽いほうを残して俺は再び持ち上げた。
重くないといったら嘘になるが、苦になるほどではない。二つのときより圧倒的に快適だ。
「……重いほうを私に持たせるのではなかったのか?」
「あれ、じゃあミスっちゃったかもしれないっすわ。でも交換するのも面倒なんで、会長さんはそっちよろしくでーす」
「やれやれ……いちいち素直じゃないな、キミは」
会長さんは仕方なさそうにしながらも、段ボールを持ち上げた。
俺が持っているものとは違い、中いっぱいに本類が詰まっているわけではないからそこまで重くはないだろう。
問題なさそうなことを確認し、俺たちは同時に歩き出した。
――あ、そうだ。
せっかくの機会だし、雑談程度に聞いてみよう。
「会長さん、質問いっすか。現役女子高生の価値観というか、ちょっとした疑問なんすけど」
「現役女子高生、なんて単語をキミが使うと一気に怪しく感じるな」
「失礼な! 俺という人間を構成する成分の二割は『健全』ですよ!? もはや健全系男子だぞ!」
「……残りの八割は?」
「『欲望』です」
「うむ。健全とは程遠い男だな。素直でよろしい」
それは盲点だった。
――話を戻そう。
「で、質問なんですけどー」
「どうした? 私に答えられることなら協力しよう」
「あざす。えっと……『誕生日』になにを貰うと嬉しいですかね?」
俺が昨日の夜、ボーっと考えていたこと。
誕生日――
その単語に会長さんが眉をひそめる。
「誕生日……?」
「はい。現役女子高生っていうのは、そういうことです」
「……あぁ、なるほど」
俺の質問に対してピンときたのか、納得したように頷いた。
「――志乃の誕生日プレゼントで悩んでいるのか。そういえば来週だったな」
……まだそこまで言ってねぇってのに。
あんたは話が早くて助かるよ、ホントにな。
会長さんの言う通り、来週には志乃ちゃんの誕生日がある。
どんなプレゼントがいいのか――悩んでいるのだ。
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