第216話 青葉昴はさらに追い詰める
俺がスマホを掲げたことで、表情に出ていた森君の焦りがより一層増した。
「で、でもあんた……! アイツの顔知らないだろ! 渡すって言ったって、そんな方法――」
「ないと思ってる? 幼馴染ちゃんの顔を知らないってホントに思ってる? 実はもうその子の情報を知ってるかもよ?」
「マジかよ……」
「さぁ? 信じるかどうかは君次第かなぁ」
――もちろん知らないけど。
誰だよ幼馴染ちゃんって。顔も名前もなんも知らねぇよ。
そもそもの話、録音だってまったくしてない。ただスマホを取り出して見せただけだし。
野郎の音声データをスマホに入れるとか容量の無駄だ。
つまり、録音のくだりはすべて俺がその場しのぎで言っているだけのはったりだ。
精神状態が正常なら、ここで俺を疑うことだって出来るはず。
しかし今の森君は――正常ではない。
同級生に言い負かされ、先輩に言い負かされ、今は気味の悪い先輩に絡まれている。
きっと内心焦りまくっているはずだ。
もしかしたら心臓バクバクかもしれない。
……この反応的に、幼馴染ちゃんは森君にとってそこそこ特別な存在なのか?
どうでもいい存在なら、こんな反応は見せないよな。
それなら――
「君の幼馴染ちゃん、可愛いよねぇ」
俺の発言に、森君がさらに反応を見せる。
「ほら、俺って見ての通りイケメンだろ? それなりに勉強も運動も、コミュニケーションにも自信あるんだよ。こんな俺が迫っちゃったら、幼馴染ちゃんもコロッといく――」
「ふ、ふざけんな! そんなこと――」
「ふざけてねぇよ。同じことをやろうとしたんだよ、お前は」
グッと歯を噛み締め、森君は後ずさる。
やれやれ……ここまで言わないと分からなかったのか。
やっぱり女子にチヤホヤされて天狗になると、大変なことも多いなぁ。なにごともほどほどが一番だね。
そう考えると、司くらいに鈍感なほうがある意味安全なのかもしれない。それはそれで今度は月ノ瀬たちが大変だけど。
「モテちゃって調子に乗ったか? 他校だからその幼馴染ちゃんにバレないとでも思ったか? 自分が魅力的だから同級生の可愛い子を狙って、あわよくば付き合おうとでも思ったのか?」
俺はどうしてこんなに『怒り』を感じているのか。
俺はどうしてこんなに『不快感』を感じているのか。
適当に脅すだけ脅して、さっさと帰せばいいじゃないか。さっきまでそのつもりだったんだろうが。
どうして無駄に話している?
どうして無題に問いかけている?
――きっと俺は。
単純に……ムカついた。
『大事な後輩』たちを軽く見られたことに。
『大事な親友』を馬鹿にされたことに。
俺自身のことは、なにを言われてもどうでもいい。どんなに罵倒されてもなにも感じない。
なぜならば、この世に俺以上に俺を嫌悪している人間なんていないのだから。些細なことに過ぎない。
「どこまでも浅いんだよ。欺くなら最後まで欺けよ。騙すなら最後まで騙せよ。中途半端に自我を出してんじゃねぇ」
お前の生き方を、考え方を否定するつもりはない。
自分の目的のために利用できるものは利用する。
そのために仮面を被り、欺く。
なにもおかしなところはない。それも一つの正しさで、俺だって理解できる部分が多く存在する。
だけど中途半端に欲を出して、中途半端に自我を出して。
それが本当に――不快で不快で仕方なかった。
「――ま、でも」
胸の中で渦巻く感情を吐き出すように、大きく息を吐く。
それに対し、森君はビクッと肩を震わせた。
いやそんなに俺怖くないでしょ。……え、怖くないよね?
「君には感謝してるよ、森少年。君が志乃ちゃんに興味を持たなかったら、君が日向に手紙を出さなかったら、こんなに早く話が進むことはなかった」
「なんの話だよ」
「こっちの話だよ。だから君には改めてお礼を言いたくて」
本当に感謝している。
万が一君がただの好青年だったらまた話が変わっていた。
君がどうしようもない人間で、本当によかった。
君がしょうもない男で、本当によかった。
そんな君に送る言葉は――
「――ありがとう」
あぁ。本当に、ありがとう。
「君はこれ以上にない『踏み台』だったよ。モブに相応しい活躍をしてくれた」
最高の踏み台。最高のモブ。
君抜きでは、このイベントを完遂できなかった。
感謝してもしきれない。
「い、意味分かんねーよ。結局あんたは俺をどうしたいんだよ! 録音とかなんだとか言いやがって……!」
「ん? あぁ、そりゃもうシンプルよ」
どうしたい……。
そんなのはもう、一つしかないわけで。
「川咲日向と朝陽志乃に関わらないでくれ。あと朝陽司周辺の人間にも。君の役割はもう終わったから、あとはもう大人しくしてていいよ」
「役割……?」
「そう、役割。細かい話は面倒だからカットで。チョキチョキ」
これ以上話しても平行線のままだろうし、そろそろ切り上げよう。俺もいい加減帰りたくなってきた。
依然として森君はお顔を真っ赤にして怒ってるけど……どうしたものかなぁ。
強引に黙らせてもいいけど、それだと後々面倒になりそうだしなぁ。うーん……。
「もういいや。疲れたから幼馴染ちゃんに録音データ送ろ。知り合いづてに……っと」
「ま、待て!」
「は? 待て?」
「ま、待ってください……」
「うんうん。敬語が使える後輩で偉いねぇ。それでなに? ちょっと今から送信する準備をするんだけど」
さっきからずっとタメ口使われてたからね。怖い先輩だったらもう今頃ボコボコよ。
でも俺は会長さんに生意気なことよく言うから、敬語とかタメ口とか、そういう礼節云々はあまり偉そうに言える立場じゃない。
でも会長さんの場合なぁ。タメ口使うとむしろ喜ぶんだよなぁ。
あの人、絶対Мの気質あると思う。普段からSっ気たっぷりだけどMの気質もあると見た。
……どうしようちょっと興奮してきた。
――おっと、脱線。
というか、もうコイツと話すの飽きたんだけど。
「……分かりました」
「え、なに? 声小さくて聞こえないんだけど?」
「わ、分かりました……! 言う通りにします……!」
悔しそうに、唇を噛み締めて。
プライドが高いと、こうやって他人の言う通りにさせられるのは屈辱だろう。
分かる。
よく分かるよ。
自分のほうが優れているのに、人の言うことを聞くのは嫌だよな。
俺だってそうだったから本当に分かるよ。
だからそんないらねぇプライド、さっさと捨てろ。
「おっけー! ならその言葉、信じるぜ。あーあと、君が連絡しようとしてた女の子たち? かどうか分からないけど、その子たちにも変なことは言わないでくれよ?」
俺は見逃していない。
日向たちがここから立ち去って行ったとき、君が誰かに連絡しようとしていたのをな。
図星を突かれて、森君はさらに顔をしかめる。
さっきからせっかくのイケメンが台無しである。愉快愉快。
……ふむ。森君の様子的に、まだ少し怪しいか? 保険も兼ねてあとちょっと念を押しておこう。
「俺さ、これでも怖いお姉さんたちとちょっとだけ仲良くてさ。敵に回したら絶対大変だと思う。というか、回したら終わりだと思う。誰だか知りたい?」
「……」
「お、その顔を知りたい顔だな? 言っちゃえばまぁ……まだ『生徒会長』なんだけど」
「え」
「あの人の逆鱗に触れちゃったらこの学校で生活するの大変だろうなぁ。女の子に手出しまくってる生徒なんて、ターゲットにはピッタリだよなぁ。いやぁ大変だなぁ」
うんうん、と唸りながらわざとらしく言う。
これぞ秘技、他力本願である。面倒くさいからあの人の名前出そっと。バレないバレない。
この学校の生徒で会長さんを知らない人間なんていない。それほど、あの人の存在感と慕われっぷりはとんでもないのだ。
生徒から教師まで、文字通り汐里高校内で最も人気知名度共に高い生徒だと断言できる。
そんな人から目を付けられることになったら……ねぇ?
「嘘だと思うならそれでもいいけど、もしかしたらこわ~いお姉さんやお兄さんたちが君のところに――」
「分かりました……! も、もう川咲さんや朝陽さんたちには近付きません……」
「おー、偉い偉い。素直な子はモテるぞー? あ、もうモテてたか! ……って、ごめんって。そんなに睨まないでよー」
怖い怖い。
あまりやり過ぎると、俺がコイツのファンたちに目を付けられてしまうかもしれない。
女の子に詰められるのは怖いので勘弁っす。鬼様と夜叉様で勘弁してください。そろそろ森君を開放してあげるので許してください。
「俺の話は以上。もう行っていいよ、ウザイ先輩の話に付き合ってくれてサンキューな。森君」
「い、いいえ……その……ません……でした……」
「ん? なに??? 聞こえないなぁ」
ホントは聞こえたけど。
「すみませんでした……!」
「俺に謝られても仕方ないけど……。まぁいいや。君の事情はどうでもいいけど、幼馴染ちゃんのことが特別なら中途半端なことはすんなよ。そんだけは頭に入れておけ」
――なんて、俺が言えたことではないのだが。
「……はい」
「約束を守ってくれるみたいだし、録音データは消しておく。――次はないよ」
ホントは録音データなんてないけど。
「は、はい! すみませんでした!」
「うむ。行ってよろしい」
「し、失礼します……!」
勢いよく頭を下げたあと、逃げ出すように走り去っていく。
念のために、明日以降の動向もチェックしておくか……。
森君の背中が見えなくなったと同時に――
「はぁぁぁぁぁぁぁしんどかったぁぁぁぁぁぁ」
その場にしゃがみ込み、大きくため息をついた。
いやもう、ああいうのしんどいって。
知らない後輩を詰めるキツいって。
疲れるし、面倒くさいし、大変だって。
こういうことをするのは初めてじゃないし、慣れてはいるけど。何度経験しても、やっぱり疲れることには変わりない。
場合によってはもっと食い下がってきたり、逆上してきたりする場合もある。
そういったものと比較すれば、今回の森君はまだ楽なほうだったと言える。
「気分がスッキリしたからそれでいいか」
思った以上に俺は、森君と日向の会話を聞いてイライラしていたらしい。
必要以上の言葉を言ってしまったのがその証拠だろう。
……日向か。
一人でよくあそこまで頑張ってくれた。よくあそこまで言ってくれた。
月ノ瀬も、蓮見も。よく言い切ってくれた。
おかげで俺のやり残したことは――
……。
あ、ついでに森君もな。よくあんなにアホな男でいてくれた。
さまざまな事情が上手く噛み合ってくれたおかげで、朝陽司は一歩前進することができた。
感謝感謝、である。
森君は二度とツラ見せなくていいけどな。次また変なことしたら、とことん落とす自信しかない。
知らない女の子たちとよろしくやっていてくれ。こちらに干渉さえしなければどうでもいい。
ぜひこれからも、イケメンバスケ部員として頑張ってくれたまえ。
「大きな声が聞こえてきたけど、誰かいるのー?」
少し離れた場所から聞こえてきた女性の高い声。どうやらここに向かって来ているっぽい。
やべっ――さすがに長居し過ぎたか。誰だ? 先生か?
見つかって話を聞かれても厄介なだけだ。
さっさと教室に戻るとしよう。
「誰もいませんよ~っと」
小声で返事をしながら、俺はそそくさと体育館裏から離れた。
そんなわけで。
川咲日向を取り巻くお手紙イベント、これにて終了である。
俺が目指す
× × ×
「……沙夜様に言われて探しに来てみれば――なるほど。これが貴方様のやり方ですか」
最後に訪れた者は呟く。
その表情はどこか呆れていながらも、僅かに口角が上がっていた。
「どこまでも不器用な方ですね」
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