第215話 青葉昴は追い詰める

 君にはとても活躍してもらった。それはもう、十分なほどに。


 しかし、役割以上のことは望んでいない。

 これ以上、君が為すべきことはなにもない。


 だからせめてものお礼として、俺が自ら君を舞台から降ろしてやろう。


「いやぁ、まさかあそこまで言われちゃうなんてねぇ。可哀想に可哀想に……同じ男して心が痛いよ」


 声を上げながら物陰から出てきた俺を見て、森君が驚いたように目を見開く。


 そして、手に持っていたスマホを慌ててポケットしまった。


 おぉ、近くで見ればますますイケメンじゃないの。青葉さんちの昴くんほどじゃないけどな。


 こりゃスポーツやってれば、その補正でもっとかっこよく見えるわ。ズルいよね、スポーツ補正って。


「たしか、あの青葉先輩……ですよね……?」

「俺のこと知っててくれて嬉しいぜ。『あの』っていうのがちょっと気になるけど」


 よっちゃんも初対面のとき変なこと言ってたし、どうせ俺について変な話が出回ってるんだろうなぁ。


 深掘りしたいけどここはグッと堪える。仲良くのんびり雑談しに来たわけじゃないからね。


 一歩、そして一歩。


 こちらが近付くごとに、森君は嫌そうに顔をしかめる。


 このタイミングで現れる『青葉先輩』なんて、嫌な予感しかしないだろう。


「まさか先輩まで俺たちの話を聞いてたんですか?」

「おん。そりゃもうバッチリ。最初から最後まで……君がイキって失敗するまでこのキラキラ輝く瞳でしっかり見てたぜ」

「は……イキ……?」


 ピクリと眉が反応する。


 それでいい。


 薄っぺらい仮面なんて俺は求めていないし、一切通用しない。


 どうしても仮面を被りたいなら、星那さん並の鉄仮面を身に着けてから出直してきな。


 さっさと話をして切り上げるとしよう。


 時間をかけていたら……余計なことを言ってしまいそうだ。


 ――俺がここで君に話しかけた理由。


 それは、君を徹底的に落とすためだ。

 

 もう二度と、変なことを考えないように。


「あそこまで女子に言い負かされてどんな気分だい。アイツら切れ味鋭いからなぁ。さぞかし君のプライドは傷ついただろうね」

「さっきからなんなんですか。喧嘩売ってるんですか?」

「売ってねぇよ。君と喧嘩なんてする価値もない」

「あ……? なんなんだよあんた」


 スイッチが入ったようだ。


 森君の前まで辿り着き、足を止める。


 身長は俺より少し低い程度だが、距離の関係で目線は同じくらいだった。


「君は頼る相手を間違えた。手を出す相手を間違えた。あの子たちじゃなかったら、こんなことにならなかったのにな」


 そう、君は悪くない。ただ単純に間違ってしまっただけなのだ。


 数ある選択肢から、不正解を選んでしまっただけなのだ。


 日向から手紙を見せてもらったとき、真っ先に『これは告白の類ではない』と気が付いた。


 そのうえで、さも告白されるかのように俺は日向を煽った。あいつの気持ちを恋愛方面へとシフトさせた。


 そうすることで、より日向の感情を昂らせることができるから。告白かと思ったら、親友のダシにされる。


 気持ちの落差も激しくなり、その分怒りも強くなる。


 ある意味、君が不正解を選んでくれたおかげで、俺は正解を引くことができた……と言えるかもしれない。


「間違えたってなんだよ」

「知らん女子を頼っていたら、知らん女子に手を出そうとしていたら俺はなにもしなかった。知らんヤツがどうなろうが、俺にとってはどうでもいい」


 仮に日向と志乃ちゃんに関わることじゃなければ、どうでもよかった。


 知らない女子がしょうもない男をキャーキャーと持ち上げるだけ。

 

 薄っぺらい仮面に欺かれ、浅い思考に騙され、目の前の虚飾に盛り上がる。


 仮に司なら、事実を知ったときに女子たちを心配したり、もしかしたら助けようとしたりするのだろうが……。


 あいにく俺は、そんなお優しい人間ではない。


 知らない人間がどうなろうが知ったことではない。


 それにこうして森君と話しているのも、『そこ』が理由じゃないのだ。


「あのな、後輩。君は大きな勘違いをしちゃったんだよ」


 表情と声音は、明るく努めて。


 気持ち悪いよなぁ。ずっとヘラヘラしてる先輩は。


 俺は表情を変えることなく、話を続ける。


 森和樹の一番の失敗。


 それはものすごく簡単なことで――


「川咲日向はバカだが、愚か者じゃねぇんだよ」


 結局、そこだ。


「なんも考えてねぇ頭空っぽなヤツだと思ったか? モテる自分がちょっと声をかければ落ちる女とでも思ったか? なに言っても傷つかねぇお気楽女とでも思ったか?」


 これでも俺は、日向との付き合いはそこそこ長い。


 ――『助けたい子がいるんだ。昴、協力してくれないか?』


 中二の頃、司に協力を求められて本格的に関わるようになったツインテールの女子。


 それまでは、志乃ちゃんと仲良くしてくれるクラスメイトの元気な女子――程度の認識でしかなかった。


 あの頃のアイツは酷く落ち込んでいて、今みたいにいつも笑顔……というわけではなくて。


 自分と周囲との摩擦に悩み……自分では答えの出せない悩み問いについてずっと考えていた。無理をして笑っていた。


 それでも司や志乃、一応俺との交流を経て少しずつ本当の笑顔へと変わっていったのだ。


 全力で笑い、全力で喜び、全力で悲しむ。


 いつだって自分に正直で、いつだって全力。


 毎日を『全力』で生きる真っすぐなヤツと――俺はこれまで過ごしてきた。


 そのうえで、言わせてもらう。



「んなわけねぇだろアホが。お花畑はお前の頭の中だけにしておけよ」



 一歩、森君が後ずさる。


 怖いか? 今更恐怖を感じているのか? だとしても逃がさない。


 距離をあけられないように、こちらも一歩詰める。


 ――俺は今、どんな顔をしているのだろう。


「あぁ見えてアイツは繊細なんだよ。嫌なことであれば普通に傷ついて、嬉しいことがあれば普通に喜んで、普通に悩んで、普通に泣く。そんな普通のヤツなんだよ」


 俺にとって、アイツは『司の後輩』だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 だけど、川咲日向という人間を見てきた事実は変わらない。


「それを分からねぇお前ごときに、アイツに近付く価値はない。それは朝陽志乃についても言える。あの二人はな――」


 一歩、さらに距離を詰めて。


のような男が手を伸ばせる存在じゃねぇんだよ。眩しいくらいに――魅力的な二人なんだよ」


 穢れのない、純粋な存在。


 真っ直ぐで、どこまでも眩しい存在。


 彼女たちはきっと、これからも多くの人間を惹きつける。多くの人間を励まし、助け、多くの関係を築いていく。


 そこにお前や――俺のような。


 偽りでしかない人間の立ち入る場所なんてないって話だ。


「う……うるせーな! さっきからなんなんだよあんたは! 青葉昴って言ったらアレだろ!? 朝陽司にくっ付いてるだけの変な男なんだろ!?」

「おぉう。突然のお言葉に俺ビックリ。いや間違ってはいないんだけどさ……なんかアレだな。くっ付いてるって聞くとコバンザメみたいで可愛いね♡」


 それだと司がエイになっちゃうな。それもそれで嫌だな。


 どうせならこう……蓮見とか会長さんみたいに、もっといろいろ大きい人にくっ付きたいです。


 あ、会長さんは怖いのでやっぱり無しで。


「それに奇行ばっかりの変人って話じゃねーか!」


 おい誰だよ。そんな失礼な話を流しているのは。


 なんで俺が奇行ばかりしてるやべぇヤツみたいな話になってるんだよ。


 ……。


 あ、それは事実だったわ。それについても一切否定できないわ。ほぼほぼ自分のせいだったわ。


「そんなあんたに偉そうなこと言われたくねーよ! うぜーんだよ!」

「大正解っっ! お見事!」

「……は?」

「いやー、俺のことよく分かってるじゃん! なーんだ、ちゃんと知っててくれて嬉しいな~! 青葉先輩喜んじゃう!」

「な、なに言ってんだよ」


 そうだよなぁ。

 

 気持ち悪い先輩にアレコレ言われたくないよなぁ。分かる分かる。


 きっと今だって、テンションの変わりように不気味ささえ感じているかもしれない。


 俺が君の立場でも、絶対同じことを思ってるよ。間違いない。


「ま、先輩風を吹かしていろいろ言ったけどさ。とりあえず君に言いたいことがまず一つあるんですよね。ひ、と、つ」

「な、なんだよ」


 俺は森君との距離をさらに縮めて、勢いよく一方的に肩を組んだ。


「うぉっ……! いきなりなにするんだよ……!」


 当然、森君は驚いて俺の手を振り払おうとするが――それは許さない。


 内緒話をするように、肩に回した手をグイっとこちらに近付ける。


「――あのさぁ、森君」


 周囲に聞こえないよう声を抑えて。


 森君はなにを言われるのかビクビクした様子で俺の言葉を待っていた。


 普段はイケメンの優男君だけど、自分のペースが崩れるとちょっと粗暴になるタイプか。典型的な天狗君だな。


 なーんか……ちょっとだけ親近感湧くなぁ。


 かといって、フォローするつもりは微塵もないけど。


「ダメじゃないか」


 ひそひそと。


 なんだかんだ他に言葉を並べてきたが、とりあえず真っ先に言いたいことはコレで。


 ――さぁ、君はどんな反応を見せる?


 わざと言葉を溜めて、溜めて……じらして。


 俺はニコッと笑いかける。





、ほかの子に手を出しちゃ……ねぇ?」





 ――瞬間、サーッと森君の顔から血の気が引いた。


 俺の腕を振り払おうとする森君に抵抗しつつ、「まぁまぁ」と穏やかになだめる。


 ……この子意外と力強いな。さすがは運動部。


「君のためを思ってこうして声を抑えて話してるんだぞ? 突き放したらうっかり大声で喋っちゃうかもしれないな~?」


 ますます思う。


 こんなこと、司にはさせられないなって。


 きっとアイツなら、感情を抑えて冷静に森君と話せる。そのまま話し合いで上手く解決させることもできるだろう。


 それこそがアイツの得意分野で、俺にはそのやり方はできない。


 他人の気持ちなんて分からないし、どうすれば双方が納得のいく話に持っていくかも分からないから。


 まぁこの場合は森君を納得させる必要なんてないんだけど。


 俺は俺のやり方で、強引に話を進めさせてもらう。


「……彼女ってなんのことだよ」


 血の気が引いた顔で、森君は言った。


 とぼけているつもりなのだろうが、その顔を見れば精神状態なんて一発で分かってしまう。


「君についてある生徒に聞いたとき、こんなことを言ってたんだよ」


 昨日、森君について話を聞いて回っているときの話だった。


 あれは同じ一年生の男子が話してくれたことで……。


「君が放課後、他校の制服を着た女の子と歩いているところを見た――って」

「っ……」

「んで、さらに聞いたところ? 隣の駅にある女子高の制服って話じゃん? いやぁ、女子高の彼女がいるなんて羨ましいなぁ。それも結構な美少女なんだって?」

「な、なんでそこまで知って――」

「あ、認めた」

「え?」


 緊張感や焦り、不安。


 そういった気持ちを揺さぶれば、うちに秘めた感情を引き出すことは比較的簡単に行える。


 俺はニコニコと笑ったまま、話を続けた。


「正直言うと、君に彼女がいるなんて俺は知らない。全部適当に言っただけ」

「はっ……?」

「他校の女の子と歩いてたって話を聞いたのは本当。でもそれ以外は、全部俺が今ここで考えた適当なことだよ」


 そもそもの話。


 女子からモテモテで、自分自身も女子に興味がある。

 そして女子を選べる立場にいる。

 

 さらに、奥手ではなく手紙を出す行動力もある。


 そんな男に彼女がいないとかあるのか? 思春期真っ只中だぞ? なんて、ふと思ったことがきっかけだった。


 もちろん、モテるからって彼女がいるとは限らない。


 恋愛にあまり興味がないとか、好きな人がいないとか、その他理由は多々存在するだろう。


 だから『彼女がいるのに~』と言ったことについては、ただの鎌掛けに過ぎない。


 いるのであれば、そこからさらに詰める。


 いないのであれば、俺の勘違いということにしてまた別の方向から仕掛ける。


 たったそれだけの話だ。


 少なくとも、放課後遊ぶ程度には仲が良い他校の女の子がいるということは事実なのだから。


「ま、待て! あ、あいつは別に彼女じゃない! 幼馴染というか……そ、それだけだ!」


 へぇ……。


 彼女じゃなかったのか。それが本当かどうかは知らないけど。


 もしかしたら、ただ誤魔化しただけなのかもしれないが……。


 それはそれでいい。相応の攻め方に変えよう。


「あ、そうなの? なら俺の勘違いだったかぁ。それはごめんごめん。――彼女じゃないなら、その子に今回のことを話してもなにも問題ないね」

「……え?」


 表情を崩さず、俺は左手でポケットからスマホを取り出した。


 肩を組み、声は抑えたまま俺はあることを教えてやる。


「実はさ、日向との会話から今の今まで……全部リアルタイムで録音してるんだよねぇ。だから録音データ、その幼馴染ちゃんとやらに渡しちゃってもいい?」

「ちょっ、はぁ……!?」


 俺のスマホを奪い取ろうと伸ばしてた手を躱し、そのまま森君の肩から手を離す。


 三歩ほど後ろに下がり、見せつけるようにスマホを掲げた。


 ふふふ……残念だったな後輩。


 大人しく帰すとでも思ったか?

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