第214話 彼女たちはしっかり後輩に言い放つ
昨日の帰り道、蓮見に残したとある話──
『蓮見、ちょっと話があるんだが……』
『ん?』
『明日の放課後、時間があったら協力してほしいことがある。月ノ瀬も一緒にな』
『玲ちゃんも……?』
『ああ。実は日向が――』
もしも穏やかな話などではなく、日向にとって喜ばしくない話の流れになったとしたら。
森和樹が俺の想定通り厄介な男で、日向を利用するために近付いてきたのだとしたら。
日向だけでは、話の収集が付かなくなる場合がある。
そうなった場合、俺や司以外で場を収めるのに適切な人物。
必要な保険――
どうやら打っておいて、損はなかったようだ。
× × ×
「ちょっと先生に頼まれてこの辺に来てたのよ。そしたら、聞き覚えのある声が聞こえてきたってわけ」
並んで姿を現したのは、月ノ瀬と蓮見だった。
先ほどまで言い合っていた日向と森君は、二人してポカーンと呆けたように月ノ瀬たちを見ている。
「なんで月ノ瀬さんたちが……?」と司もハテナマーク状態だ。
――ふと、蓮見の視線がこちらに向く。
あの視線は、司ではなく俺に向けられたものだろう。
サンキュー蓮見。ベストタイミングだった。
こちら側で特にアクションは取れないため、心の中で感謝しておく。グッジョブ!
蓮見は周りに気付かれない程度に小さく頷いて、視線を後輩たちに戻した。
「に、二年の月ノ瀬先輩と蓮見先輩……!?」
突然やってきた先輩たちを見て、森君は声を震わせて驚く。
そりゃあ、あの二人を知らないわけないよな。
君のように女の子からモテることに快感を覚えるタイプであれば尚更だ。
我々二年生が誇る美少女ツートップ。
彼女たちの出現に、場の雰囲気が変わった。
「えぇ、そうだけど。二人はここでなにを――って、もしかして私たちお邪魔しちゃったかしら?」
「れ、玲ちゃん……! 大事な話かもしれないんだから、そういうこと言うのは良くないよ!」
「あらそう? でも大事な話にしては……ずいぶんと穏やかな雰囲気じゃなかったわよね?」
月ノ瀬の目がスッと細まる。夜叉様スイッチオンである。
こういうとき、月ノ瀬が味方側で良かったとホントに思う。頼りがいがありすぎる。
「それに気のせいかしら……。大事な友人たちを馬鹿にするような発言が聞こえてきたのよねぇ」
友人、たち……ね。
そう言って腕を組む月ノ瀬の様子は怒っているように見える。……見えるというより、アレは完全に怒ってるな。
表情こそ穏やかだけど、目元はまったく笑っていない。
「玲先輩……。晴香先輩も……ひょっとして、あたしたちの話聞いてました?」
恐る恐る問いかける日向に対し、二人はハッキリとは答えずに「ふふ」と笑った。
それがもう、答えを言っているようなものだった。
「さぁ、どうかしらね。――とりあえず日向」
「あ、はい!」
「いいこと言ってたじゃない。流石よ」
「姉御ぉ……!」
「姉御はやめなさい」
これは頼れる姉御。
――結論から言えば、月ノ瀬も蓮見も俺たちと同じように日向たちの会話を聞いている。
その理由は、俺が事前に蓮見へと話をしていたから。
蓮見から月ノ瀬にいつ伝わったのかは分からないが……。
そういった理由で、図ったようなタイミングで二人は姿を現したわけである。
すべては、司を介入させないため。
そして、司に彼女たちの想いを聞かせるため。
そのために俺は、今回の件をすべて利用させてもらった。
森君が『クロ』だとほぼほぼ分かっていたから、それに相応しい場を用意することができた。
ありがとう森君。君がしょうもない男で良かった。
「で、アンタ。えっと……あー……」
「森くんだよ、玲ちゃん」
ただでさえ転校生である月ノ瀬から見たら、後輩なんてみんな知らないヤツばかりだろう。
蓮見がコソッと名前を教えてあげたことで「覚えたわ」と頷いた。
「ねぇ、森」
さっそくこの圧である。
いきなり呼び捨てでちょっと笑いそうになった。それでこそ姉御だぜ!
「な、なんですか先輩」
「志乃と仲良くなるために日向にお願いすること自体は悪くないと思うわ。誰かの紹介を経て仲を深める……なんて、実際にいくらでもあることだもの」
「で、ですよね! でも川咲さんが――」
「でも。アンタはそれ以外をすべて間違えた」
「え……?」
フォローと見せかけて落とす。見事な話の持っていき方だ。
こういうことに関しては、月ノ瀬に任せておけば大丈夫そうだな。
アイツのズバズバ言う性格は、こういった場面において大きな武器となる。
その力、存分に振るってもらうとしよう。
「アンタが仲良くなりたい志乃はね、あの二人のことを本気で大切に思っているの。あの二人のことが大好きなの。文字通り『家族』なのよ」
「で、でも……」
「黙りなさい。家族のことを悪く言うような人間を、あの子に近付けさせるわけにはいかないわ」
かっけぇ……。かっけぇっす姉御……!
隣に立つ蓮見も『おぉ……! かっこいい……!』といった感じで目をキラキラさせていた。
なんなら日向もまた『姉御ぉ!』ってなってるわ。女子勢が目を輝かせておりますわ。
「一人は本当に馬鹿で、不器用で、こっちの気持ちなんてまったく理解してくれない。それでも、自分だけの確かな想いを持っている立派な男よ。……多分ね」
「うん、そうだね。私も彼には何度も助けられてる。困ったことも多いけど……それ以上にたくさんの魅力がある人だよ。……多分は失礼だよ玲ちゃん」
ため息交じりに語られるその人物。
どいつもこいつも馬鹿って言いやがって……。
いや、まぁ……うん。否定しないけどさ。
あと月ノ瀬。最後の一言いらないでしょうが! 少し笑って言っているあたり、冗談だってことは分かるけども!
「そしてもう一人は、自分がどんなに傷を負ってても絶対に他人を見捨てない。鈍感なくせに、いざってときには誰よりも察しが良くて。私たちをいつも繋いでくれる。そんな男なの」
「うんうん。彼の笑顔は、私たちに元気をくれる。彼のためなら、なんでも頑張ろうって思える。いつも人のために一生懸命で、人のために笑って、泣いて、怒れる人だよね」
……やれやれ。
司のことだけを聞かせてやるつもりだったのに、どうして俺まで話題に上がっているのかね。
俺のことなんてどうでもいいから、さっさと司の話をすればいいのに……。
それができないお人好しの集まりってことくらい、分かってるけれど。困ったことが多いってのは、こっちの台詞でもあるんだぜ。
見なくてもいいところを見て。
気にかける必要のないことを気にかけて。
そんな人間たちだということは、嫌でも分かってる。というか、ここまでで散々分からされた。
「玲先輩、晴香先輩……」
聞いたか、司。
これがアイツらの想いってやつだ。
「……」
司はただ、唇をギュッと引き締めて彼女たちを見ていた。
なにを思っているのか。
なにを感じているのか。
それを分かるのは司自身だけだ。
「以上、先輩たちからのありがたい忠告よ。分かったらもう馬鹿な考えはやめなさい」
「ごめんね、急に割り込んじゃって。でも流石にちょっと……嫌な気持ちになったから……」
「な、なんだよあんたら……! ちょっと人気があるからって調子に乗ってるのかよ……!」
同級生と、先輩二人。
それも女子三人に詰められて、穏やかでいるほうが無理って話だな。
ドンマイ森君。
君が志乃ちゃんに興味を持った時点で。
日向を利用しようとした時点で。
――もう詰んでたんだよ。
ただ、司のことを悪く言わなければ状況はここまで悪くなっていなかったかもな。
不必要な領域に足を踏み入れてしまった。君の敗因はその一点だ。
「まぁ? たしかに私は美少女だし? モテるのも人気があるのも否定しないわよ。褒めてくれてありがと」
「うわー、玲ちゃんらしい……」
ふふんっと自慢げに笑い、月ノ瀬は綺麗な金髪を手で払う。
そういった所作も様になっているあたり、持ち前の美少女力の活かし方をよく分かっている。
「森……だっけ? アンタ顔いいんだから真っ先に性格を直しなさい。残念イケメンはアイツだけで十分よ」
「あはは……誰のことかは聞かないでおくね……」
俺も聞かないでおくよ。ホントに。絶対聞かない。聞かないったら聞かない。
聞いたら悲しい気持ちでいっぱいになりそうだもん!
「話は終わり。ほら日向、行くわよ」
「日向ちゃん、行こ!」
「あ、はい! じゃあねー森」
月ノ瀬は立ち去る寸前、こちらに視線を向けてきた。
役割は果たしたわよ――
そう言うかのように、ふっと笑みをこぼす。
お前ら三人、上出来だよ。むしろ予想以上だ。
ダラダラと引き延ばすことなく、簡潔に話を進めてくれたからな。
「あ、おい! くそっ! なんなんだよ!」
立ち去って行った三人の背中に手を伸ばすも、当然届かない。
場に一人残された森君は、悔しそうに地面を蹴り上げた。
普段チヤホヤされてるから分からないだろうけど……。
女子ってのはな、怖いんだぜ。ホントに。マジで。ガチで。
ましてや大事なものや人に害をなそうとするヤツには尚更だ。
女子の団結力は男子を軽々と超える。覚えておきたまえ。
「……なぁ、昴」
司が落ち着いた様子で俺を呼んだ。
「なんだね」
「お前はコレを俺に見せたかったのか? だから俺をここに連れてきたのか?」
「……だったらどうする?」
まんまと俺に乗せられたと分かっているのにもかかわらず、司は怒っているような素振りは見せない。
自分の考えを整理するように、そのまま胸に手を置いて……ギュッと、胸元を掴む。
「『彼女』を見ていて、最近色々と思うことがあった。俺はどう思ってるんだろう。俺はなにを感じているんだろうって」
「……ああ」
「――でも、さっき光景を見ていてなんとなく分かったよ。俺が彼女に向けている気持ちが……なんなのか。ホントになんとなくで、まだちゃんと形にはなってないけどな」
はは……と司は笑って。
『彼女』が誰を指しているのかは分からない。
知りたい気持ちは山々だが、それを聞くのは俺の役目じゃない。
その気持ちを一番に聞くのは――『彼女』であるべきだ。
まだ形にはなっていないとはいえ、司のなかで気持ちの変化があったことは事実で……。
ホッと安心したような感覚に包まれる。
あぁ……良かった。本当に良かった。
例えその感情が『恋愛』でも『友愛』でも、お前にソレを気付かせることができて本当に良かった。
ずっと土の中で眠り続けていた種は、ようやく芽吹く――
あと少しずつ、少しずつ……育て上げていくだけだ。
「そう……か。まさかこんな展開になるなんてなぁ。昴くんビックリちゃんだぜ」
「白々しいな。全部分かってたんだろ? 月ノ瀬さんたちだって、お前がここに呼んだのか?」
「さぁー。それはどうかなぁ?」
「まったく……お前はいつもそうだよ……」
呆れたように司はため息をついた。
さて――と。
気を抜いているところ悪いが、俺にはまだやるべきことが残っている。
司が視線を外している隙に、ポケットからスマホを取り出す。
見られないようにすぐさま腰の後ろに持っていき、事前に用意していたメッセージを送信した。
「俺もあの後輩に一言言ってやりたい気分だけど――ん?」
「どうした?」
「いや、なんかメッセージが来てさ。誰だろう……」
同じように司もスマホを取り出し、画面を見て「あれ?」と首を傾げた。
「誰から?」
「星那先輩から。なんか急ぎの案件ですぐに来てほしいって」
「なんだよ、美人生徒会長からの呼び出しか。いいねぇ」
「茶化すなって。うーん……」
「行けって。会長さんから怒られるぞ~?」
「……。そう、だな」
司はスマホをポケットにしまい、元来た道へと身体を向けた。
そして数歩ほど進み――こちらを振り向く。
「なぁ、昴」
「んだよ。早く行けよ」
「お前――いや、なんでもない」
「意味不明なんだが?」
「悪い悪い。気にしないでくれ」
なにか言いたげな視線を向けてきたが、司はなにも言わなかった。
そのまま再び俺に背を向けて、歩き出す。
チラッと森君のほうも見ていたけど、アイツはなにを言いたかったのだろうか。
背中が見えなくなるまで、俺はただ黙って立っていた。
「……よし」
無事に司を離脱させることができた。ここで手こずっていたら、このあとに支障が出てしまう。
あとで『あの人』にはお礼を言っておかないとな。
ここからは、俺一人で済ませるべきことだ。
司を付き合わせるわけにはいかない。
「……」
俺は再び、視線を森君へと戻す。
「クソ……! この俺が恥をかかされるなんて……! こうなったら……!」
ほらな。
このタイプの人間はやられっぱなしで終わらないんだよ。
どうしてこうなったのか。
どうして自分の思い通りにならなかったのか。
こういった無自覚アホタイプに理解することなんてできない。
俺は一歩踏み出し、足音を鳴らす。
ザッ――
二歩。三歩。
「だ、誰だ……!?」
足音に気が付いた森君が振り向いた。
整った顔は、女子に言い負かされた羞恥で赤くなっている。
――目が合う。
「あ、あんたは……」
森君。
君は十分に役割を果たしてくれた。十分すぎるほどに、だ。
おかげで日向たちは自分の気持ちをぶつけることができた。司は己の中の変化に目を向けることができた。
これ以上にない、大きな収穫だ。
俺は今、言い表せないくらいの満足感に浸っているよ。
お疲れ様、森君。
君は最高の役者だった。
だからもう――君に用はない。
「やっ、森少年! 散々な目にあったね~!」
役目を終えた『舞台』から降りてもらおうか。
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