第54話 月ノ瀬玲はツンデレヒロインムーブを披露する

「えっ、昴これ……お前が作ったのか!?」


 テーブルの上に置かれた鍋を覗き込み、中に入ったカレーを見て司が声をあげる。


 司のその問いかけに俺はふふんと胸を張った。


「おうよ。なんなら食ってみるか? 最強に上手いぜ。なぁ月ノ瀬?」

「ええ……そうね。もう素直に認めるわよ。司、アンタも食べてみたら?」

「いいのか!?」


 司がキラキラと目を輝かせて俺を見てくる。


 その少年のような顔と勢いに気圧されてしまった。


 ……あ、そうか。

 俺は司の顔を見てあることを思い出した。


「お前、そういやカレー好きだったっけ?」

「ああ! カレーなら毎日食べても飽きない!」


 即答である。


「それはそれは……ずいぶんなカレー少年なことで……」

「朝陽君、カレー作りながらテンション上がってたもんね」

「そ、そんなに俺テンション上がってた……?」

「うん、明らかにね」


 渚の最後の一言で、改めて司の大好物がカレーだったことを思い出す。

 たしかに、中学生のときとかよくおかわりしてたよな……。


 テンション上げながらカレーを作る男子高校生……なんだそのオモシロ生物は。


 司自身はそんなに料理をしなかったはずだけど……やはり大好物になると話が別になるということか。


「だってよ。聞いたか? 蓮見、月ノ瀬?」


 俺がニヤりと笑ってそう言うと、油断していた二人は椅子をガタっと鳴らし、分かりやすく顔を紅潮させた。


 特に月ノ瀬なんか完全に予想外の発言だったのか、思わずゴホゴホとむせている。


 ふふふ……油断しちゃダメだぜ御両人。


「ちょっ……! あ、青葉くん!?」

「ア、アンタ急になに言ってるの!?」


 至極まっとうな抗議に俺はわざとらしく顔を逸らし、頭の後ろで手を組む。


 そして、ニヤニヤしたまま白々しく言葉を続けた。


「えー? だってほら、カレー作り上手くなっておくと司に好かれ――」

「わ、わー! 青葉くんそれ以上禁止ー!」


 蓮見が大きな声を上げて俺の言葉を遮る。


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、手をブンブンと振る様はなんとも可愛らしい。

 うーん、ほっこり。


 かわいそうだし、からかうのもこの辺でやめておこ――


「――ねぇ青葉」


 ゾクッと背筋に悪寒が走る。


 あ、この感じ。

 ……もう分かったわ。


 いや慣れちゃいけないけど。


 もう誰だか分かったわ。


「なな、なんですか月ノ瀬お嬢さん?」

「それ以上言ったら――分かった?」

「わわ、分かったからスプーンの柄をこっちに向けるのやめて!? しかも目の高さに合わせて構えるのやめてくれる!?」


 あかん。

 夜叉がまたお怒りだ。


 このままだと夜叉に刺される!


 恐ろしいオーラを纏っている月ノ瀬に俺は全力で謝り倒す。


 テーブルが削れるくらいの勢いでグリグリと頭を擦り付けた。


「ん? 俺がカレー好きってことが二人となにか関係あるの?」


 なにも知らない鈍感系主人公のお通りだい!

 おめぇら道を空けろい!


 どうして二人が慌てているのかなんて、当然司には分かるはずもなく……。


「……はぁ。朝陽君は深く考えなくていいと思う」


 相変わらずの鈍感ムーブに、司の後ろに立つ渚の小さなため息が聞こえてきた。


 分かる。分かるぞ渚、その気持ち。

 俺もしょっちゅうその気持ちになってるからな。

 

 お揃いお揃い。おそろっち。


 こんなくだらないことを考えているが、今もしっかりテーブルに頭を擦り付けている。

 もうこのまま火でも点くんじゃないかって勢いだ。


 流石に許すつもりになったのか、月ノ瀬は「……まったく。次言ったら許さないから」と俺から顔を逸らした。


 あぶねぇ……命救われたぁ。


 冷や汗を拭いながら俺は顔を上げる。


「そんなことより、ほら司。アンタも食べてみなさいよ」


 月ノ瀬はそう言うと、自分が使用していたお皿を司に差し出す。


 ――え。


 自分のお皿を……差し出す?

 コイツ今……サラッとなにした?

 

 俺は思わず月ノ瀬を二度見してしまう。

 見間違いなどではなく、月ノ瀬はしっかり自分のお皿を手に持っていた。


 お、おおぅ……なるほど……?


 月ノ瀬お前……そう来たか。


「れれ、れっ、玲ちゃんっ!?」


 突然目の前で行われた月ノ瀬の行動に対し、疑問を抱いた蓮見が焦った様子で席を立つ。


 しかし、当の月ノ瀬はよく分からなそうに首をかしげている。


 まさかの無自覚かよ!!


 やっぱコイツ、ヒロイン力高いって。

 ここでサラッと『そのムーブ』をできるのは間違いなくメインヒロインだわ。


「なによ晴香? 私なにか……。──あ」


 自分が手に持ったお皿を見て……固まる。


 お、気付いたか。

 自分がなにをしようとしていたのか。

 

 月ノ瀬の顔はみるみるうちに再び赤くなり、蓮見と同じように勢いよく席を立った。

 

 そのまま特になにも言っていない司に対して言葉を捲し立てる。


「つつつつ、司! こ、これは別に深い意味とかないから! か、間接キ──とかじゃないから! か、勘違いしないで!?」

「キ、キタァァァ!!! 月ノ瀬のツンデレキタァァァ!!!」


 あ、思わず叫んじゃった。


 まさかリアルで『か、勘違いしないでよね!』を聞けるとは。

 あぁ……生きててよかった。


 いいよいいよ~! 金髪ツンデレキャラは超正統派でいいぞ~!


 お嬢様ヒロインからツンデレヒロインへ転身とは……。

 やっぱメインヒロインだわお前。


「青葉うるさい!」

「ごめんなさい!!!!」


 昴くんお口チャック!


 ……にしても月ノ瀬、さっき自爆しかけてたな。

 間接キ……まで言ってたよな。

 

 そうだよなぁ。


 月ノ瀬お前……あのままいったら司と間接キスしてたよな……。


 同じスプーンで食べさせようとしてたもんな……。


 蓮見がなにも言わなければどうなっていたことか。


 ちなみに俺は言うつもりなかったぞ? だって面白そうじゃん?

 仮に間接キスしたら、そのあとニヤニヤしながら言ってやるつもりだったし。


 それを見られなかったのは少し残念ではある。


「ビックリした……。玲ちゃんいきなりすごいことするんだもん……」


 蓮見がホッと胸を撫で下ろす。

 

 性格的に考えて、蓮見には絶対にできないことであるため焦るのも仕方ないだろう。


「……ま、まぁ別に私はいいけれど……同じのでも」

「玲ちゃん!?」


 ポツリと呟かれたその言葉に蓮見がすかさず反応する。


 ひゅー……言うねぇ……。

 俺にもバッチリ聞こえてるぜ。


 だけど大胆な行動は嫌いじゃないぞ。もっとやってくれ。盛り上がるし。


「……えっと、どういうこと?」


 司は司でしっかりポカーンとしていた。

 

 うん、お前には分からんよなぁ。

 なんで月ノ瀬が急にツンデレ発動したのか分からんよなぁ……。


 内心呆れていると、先ほどまで隣で黙々とカレーを食べていた広田が口を開いた。


「なぁ青葉。オレたちはさっきからなにを見せられてるんだ?」

「疑問に思うな広田。これはこういうものだと割り切れ。じゃないと心が持たないぞ」

「……普通に考えて月ノ瀬さんと蓮見さんっていう二大美少女から好かれてるのおかしくね? おかしいよな? バグだよな?」

「……バグじゃない。仕様だ。それ以上考えたら溶けるぞ。心が」


 広田の疑問は最もである。

 最もであるが……これはもう『そういうもの』だと割り切るしかない。


 じゃないと……ね。やってられませんから!

 心がグギギギってなるから!


 目の前で繰り広げられるラブコメイベントをボーッと見ていると──


「朝陽君、スプーン持ってきたよ」


 いつの間にか、渚が自分たちのテーブルから司のスプーンを持って来ていた。


 これは気が利く女ムーブ……やりおるぜ。


 司は未だよく分からない状態のまま、渚から「お、ありがとう!」とスプーンを受け取った。


 そしてそのままこちらまで歩いてくると、またキラキラと目を輝かせて俺のお皿に盛られたカレーを見ていた。


 いやもうお前……カレー大好き少年かよ。


 俺はその少年っぷりに小さく笑い、お皿を司に差し出した。

 

「ほれ」

「いいのか!?」

「別にまだ余ってるしな。好きに食えよ」

「おお! サンキュー昴! いただきます!」


 昴はカレーを一口食べて……から表情をパァっと輝かせた。

 その反応だけでしっかり伝わってきたわ。


「うまっ! 昴、これうまいよ! 山菜ってこんなにうまいんだな!」

「そうかい。好きに食ってくれや」


 そう言うと、司はガツガツと勢いよくカレーを食べ始めた。

 普段落ち着いている分、こういう少年らしい姿を見るとなんとも微笑ましくなる。


 さーてと。


 司の役目はひとまずこれで終わりだ。


 あとはカレーを食ってるだけだろうから、コイツのことは特に気にしなくていいだろう。


 次は……と。


「――渚」


 俺は少し離れた場所に立っていた渚に声をかけた。

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