第53話 これが青葉流最強のカレー

「それで結局、アンタはどんなカレーを作るのよ」


 もろもろの準備が整ったあと、月ノ瀬は改めて俺に尋ねる。


「そりゃ決まってんだろ? ――おいしょっと」


 俺はテーブルの下からカゴを取り出し、ゴトッと音を立てて上に置いた。


 中身は……と。

 うんうん、ちゃんと事前に話していた通りいろいろ入れておいてくれたみたいだな。


「おい青葉、その中になにが入って――」


 広田がカゴの中を覗き込み……首をかしげた。


「なんだこれ。……草?」

「ふんっ!」

 

 その瞬間、俺は広田の頭をバチコーンと叩いた。

 ゴッと鈍い音を立ててバカ野郎の頭がテーブルにめり込む。


「いてぇっ!? おまっ、青葉! いきなりなにすんだよ!?」


 痛そうに頭を押さえながら俺に抗議してくるが、それは華麗に無視っと。


 コイツはもうマジで土食わしておけばいいと思う。


 その後、大浦も同様にカゴを覗き……そして口を開いた。


「これ……山菜か?」


 お、やるやん。


「……あっ、やっぱり! 山菜だよねこれ」

「たしかに見たことあるわね。でもどうして山菜が……?」


 蓮見と月ノ瀬もカゴを覗き込んでいた。


 蓮見は昨日のアレがあったからともかく、大浦と月ノ瀬はなかなかやるじゃないか。

 俺は三人の言葉に頷く。

 

「正解、これは山菜だ。施設の人に事前に言って分けてもらってきたんだよ」

「え、ウソ。いつの間に……アンタ準備良すぎない?」

「周囲に山菜がたくさんあるってのは昨日知ったからな。絶対にこれを使ってやろうって決めてたぜ」


 そう。俺が食材に選んだのは山菜だった。

 カゴには山菜のほかに、厚意で入れてくれたであろうキノコやらがゴロゴロ入っている。 


 せっかくこんな自然豊かな場所に来ているのだから、普通のカレーを作っても仕方がないだろ?


 だから自由時間のうちに昨日話したおじさんに許可を取って、山菜を分けてもらったわけだ。


 『好きな子に最強の山菜カレーを作ってやりたいんです!』って言ったらガハハと豪快に笑いながら分けてくれた。

 いやー……感謝感謝……。


 そんなわけで。


 青葉班、夏の山菜カレーを作ります。


 え? 勝手にそんなことしてズルいって?

 いやいやいや……賢いって言ってくれたまえ。


「でもよー、勝手なイメージだけど山菜って苦いイメージあるわ」

「あーまぁそれはそうか。この中に山菜が苦手ってヤツいるか?」


 比較的クセのないものを分けてもらったが、それでも苦手なヤツは一定数いるだろう。

 もちろん、それを加味して調理するつもりではあるが。


 俺の問いかけに、それぞれ『うーん……特に?』と首をかしげた。


 山菜を普段からよく食べてるってヤツのほうが少ないと思うから、そりゃ分からんだろうな。


 とりあえず、超嫌い? ってヤツがいないだけ良しとしよう。


「あ、そうだ蓮見」

「うん?」


 俺は蓮見に顔を向け、ニッと笑う。


「玉ねぎは使わねぇから安心しとけ?」


 そう言うと、蓮見は一瞬驚いた表情を浮かべて……俺に釣られるように笑った。


「……うん! ありがとう青葉くん!」


 蓮見が玉ねぎを嫌いって言っていた時点で、食材として使うつもりはなかった。

 

 もちろん、甘みや香り付けのために少し使おうかなって思ったけども……。

 

 苦手な食べ物ってのは、量は関係なく敏感に味を感じるものだ。


 せっかくなら、なにも気にしないで食べてもらいたい。


 玉ねぎを抜いても美味しくする方法なんてたくさんあるし。


「よっしゃ! 目指せトップオブカレー! いくぜ青葉班!」


 これはほのぼのイベントじゃねぇ!


 やるからには全班で一番うまいカレーを作ったる!


「「おうよ!」」

「おー!」

「まったくもう……本当にここは元気な班ね」


 調理開始ぃ!


 × × ×


 ――で。


「おら完成だ! 食え野郎ども!」


 調理開始から時間が経過して。

 それぞれの班も自分たちのカレーを見事完成させ始めている。


 そして俺たち青葉班も同様に、各自協力し合いながら最強カレーを完成させた。


『おぉ……』


 班員たちが感嘆の声を上げる。


 テーブルに並んだ五枚のお皿には、最強カレーライスがズラッと並んでいた。


 風に乗って漂う良い香りが鼻をくすぐる。

 

 うむ。香りもバッチリ。


 我ながらよくできたんじゃないか?


「名付けて……昴特製山菜入り具沢山カレーじゃ! せいぜい味わって食いやがれ!」

「おー! さすがは青葉シェフだね! すごくおいしそう!」

「いやいや、蓮見助手もよくやってくれたぜ? 手伝い程度って言ってたけど……お前、結構やってるな?」

「ほ、本当にお手伝い程度だよ!? 青葉くんの足を引っ張らないようにしないとって必死で……。というか青葉くん、手際良すぎてビックリしたよ……」


 その割にはかなり助かったけどなぁ。

 

 包丁の扱いも上手いし、火加減や時間の管理もバッチリ。

 間違いなく普段から料理をしているヤツの動きをしていた。


 この班に蓮見がいてホントに良かったと思う。


「平田、大浦……あとは月ノ瀬」


 三人は俺を見る。


「お前らは……まぁうん、いい応援だった。これからも頑張れ。以上」

「適当過ぎない!? 途中、アタシも手伝おうかって聞いたじゃない!」

「全力でやめてくれ。まだ死にたくない」


 ブンブンブン、と俺の爆速首振りに月ノ瀬は「はぁ!?」と声を上げる。


 この速さにはヘドバンガチ勢もビックリだろう。


「玲ちゃんの気持ちだけで嬉しいよ! ありがとう!」

「晴香の純粋な言葉が刺さるわ……」


 とはいえ、人間には得手不得手というのは当たり前に存在する。

 料理が苦手だとしても、それは別におかしな話ではないだろう。


 好きなヤツ、得意なヤツがやればいい。


 月ノ瀬は自分がメシマズ属性だということを自覚していないのが厄介だけど……。


 ま、まぁ……そこはね。うん。


 将来コイツと一緒になるヤツが頑張ればいいんじゃないかな。はい。


「なんでもいいから早く食おうぜ! オレ腹減ってきたぜ!」

「お前の分はないぞ。土食え」

「アレってマジだったの!?」


 てのはもちろん冗談だけど……。


 冗談にしておいてやるけども!


「ほんじゃま、さっそく食べるとするか! 全員着席!」


 俺の言葉に班員たちは「はーい!」と元気な返事をして、テーブルを囲むように座る。


 テーブルの上にはカレーライスが湯気を立てて、俺たちに食べられる瞬間を今か今かと待っていた。


 改めて、今回作ったのは具材がゴロゴロと転がる山菜入り具だくさんカレーだ。


 山菜やキノコをメインに、それぞれをあえて大きめにカットして歯ごたえがでるように仕立てた。

 玉ねぎを抜いた代わりに香りづけ用に少量の長ネギを使用し、出汁として調味料の一つとして用意されていためんつゆ、そして片栗粉を使用。


 とろみを帯びた日本人好みの和風な味付けに寄せた。


 仮にうどんが用意されていたらシメとして最高だっただろう。


「よーし! これより青葉班は昼食の時間に入るぜ! 一同、手を合わせろ!」


 俺の掛け声に合わせて班員たちは手を合わせる。


「それではいくぞ! 命に感謝を! せーの!」

『いただきまーす!』


 × × ×


「えっ、うまっ! なにこれうまっ!」

「少し青臭さがあるかと思ったが……これはすごいな。うまい……」

「本当にね! おいしい!」

「……おいしいのがちょっと腹立つけど、なにも否定できないわ」


 班員たちの反応は上々だ。

 さてと……俺も食べてみるか。


 初めての試みだしちょっと緊張するが……。


 ――。


 ……え、いや、うまっ!

 

 うますぎるだろ俺!


 ……と言いたいところだが、これは食材が良かったからかもしれない。


 採れたて新鮮山菜だからなぁ……。

 これは良さがふんだんに出ている。

 

 それに、めんつゆによる味付けが山菜とマッチしているように感じる。


 やはりめんつゆ……めんつゆは世界を救う……。


「いやー青葉すげえーなお前! 正直見直したぜ!」

「ハッハッハ! そうだろうそうだろう!? もっと褒めろ」


 こんなに楽しそうに食べてくれているだけでも、作ったかいがあるものだ。


「青葉くん」


 向かい合うように座っている蓮見が声をかけてくる。


 スプーンを咥えたまま、俺は「んだ?」と首をかしげた。


 そして、蓮見はふわり微笑み――


「ありがとう。とってもよ」


 おぅふ……。


 その微笑みの破壊力は凄まじく、並の男なら一撃で落ちていただろう。

 しかし俺は歴戦の戦士、青葉昴。


 生半可な攻撃ではビクともしないぜ!


 ……。


 あー、危なかった。


 司のことが好きって知らなかったら落ちてたわ。

 落ちてそのまま告白して見事玉砕してたわ。


 玉砕確定事項なのね。


「ふふん、そうかそうか。そう言ってもらえるだけで俺は十分だぜ」


 蓮見の笑顔に俺は満足げに言う。

 

 青葉家の家訓、見事に成功ってか?


 返事をしたあと、次に蓮見の隣に座る月ノ瀬に顔を向ける。


「どうよ月ノ瀬? うめぇだろ」


 ニヤッと笑い、いやらしく問いかけた。


「……ええ。これは認めざるを得ないわ」


 グギギ……と月ノ瀬は悔しそうにそう言って。


 月ノ瀬にそう言わせるだけものを作れたってだけでも、高い満足感がある。

 

 いつも自信満々の顔を悔しさで歪ませたことは、つまり俺の勝利ということで……。

 フハハハ! こいつは気分がいいぜぇ!


「ということは……だ。俺様の料理の腕に驚き、その勢いで惚れ――」

「それはない」

「まだなにも言ってないのにっ!」


 きゃっ♡ 青葉って料理上手なのね♡ 好き♡ ってルートは?

 ねぇちょっと? そのルート実装してないの? 開発者誰?


 しょぼーんとした表情で、ゆっくりと再び蓮見に顔を向ける。


 蓮見は気まずそうに笑いながら「えっとー……」と言葉を選んでいる。


 さぁ! 俺を癒せ! 癒すんだ!

 ハスミヒーーール!!


「……ないかな?」

「蓮見!? 俺まだなにも言ってないよね!?」


 ヒールどころかアタックでした。治癒の治の字もありませんでした。


 俺が一方的に悲しい目に遭っているなか、男子二人は知らぬ存ぜぬといった様子でカレーを食べていた。


 くそう! いいもん! いいもん!

 大人しくカレー食べるもん!


 傷ついた心に山菜の甘みが沁みる……うめー……。


 ――と、まぁ。


 おいしいカレーを食べて幸せ! 終了!


 なんて、そんな単純にこのイベントを終わらせるつもりはない。

 もう一つ、俺には目的があるのだ。


 こんなにワイワイ騒いでいれば、――


「おーい、昴」


 ――来た。


 声がした方向に顔を向けると、隣のテーブルから男女二人組がこちらに歩いてきた。


 言わずもがな、司と……渚である。


「なによ!? 冷やかしなら帰ってくれる!?」

「なんでキレてるんだよ……。昴のことだからすごいカレー作ってるだろうなって。渚さんを誘って遊びに来た」

 

 さすがは我らが主人公。

 しっかり渚も連れて来てくれるなんて。


 ここでいつもであれば、蓮見が渚に『るいるいも食べてみなよ!』って声をかけそうなものだが……。


「……」


 その蓮見は、渚にどう声をかければいいのか悩んでいるような表情を浮かべている。


 だが、ここで蓮見がそういう気まずい反応をするのも予想通りだ。


 ここはひとまず……司を上手く利用させてもらおう。


「ふふふ、見よ司! ……とついでに渚も。これが青葉班の最強のカレーだ!」


 俺は司と渚に見せびらかすように、ドヤ顔で自作カレーを披露した。

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