第52話 青葉シェフはカレー競争に勝ちたい

「青葉班! 集合!」

「「おう!!」」

「お、おー……?」

「ねぇ、これ昨日もやらなかった?」


 現在、敷地内のキャンプエリアにいる俺たち生徒は、それぞれ班ごとに固まって集合していた。


 天気は良好で、日差しが気持ちいい。


 いよいよ昼食の時間。

 リア充イベントの一つ、カレー作りの始まりである。


 カレー作り自体は生徒同士の交流を深めることが目的で、それにより自習時間の効率を上げる……みたいな。

 そんな感じだった気がする。まぁなんでもいいか。


 そんなわけで。

 

 エリアに多数設置された長テーブルには、コンロや調理用器具をはじめとした様々なものが置かれている。


 一テーブルごとに一班ずつ振り分けられ、俺たち青葉班は自分たちのテーブルを囲むように立っていた。


「てわけで、これからカレー作りを始める! てめぇら準備いいか!?」


 俺は腕を組み、班員たちに声をかける。


「「おう!」」

「お、おー!」

「だからこれなに?」


 うむうむ。気合が入っているようでなによりだ。

 

 月ノ瀬はやっぱりまだ団結力に欠けているようだな。

 あとでもう一度教育せねば。


「お前らー。食材は俺のところにいろいろ置いてあるから、各自好きに持って行くように。時間はしっかり厳守で頼む! ……あ、美味いのができたら俺にも食わせてくれよ? 食費浮くからな!」


 少し離れたテーブルに立つ大原先生が生徒たちに指示を飛ばす。


 最後にちゃっかり欲望の一言を入れるあたり、あの人っぽい。


「それでは各班調理開始だ! 基本自由にやってもらっていいが時間は厳守するように!」


 先生が手を叩いて合図を行う。

 それにより生徒たちがガヤガヤと自由に動き出した。


 担当を決めたり、食材を持ってこようとしたり、班によってさまざまである。


 みんなどんな感じでカレー作るんだろ。

 イチャイチャしながら調理してたら思わず鍋の蓋を投げちゃいそうだが……それは仕方ないよね、うん。


 まぁ各班に一人ずつくらいは料理できるヤツいるだろ……知らんけど。


 さーてと。


 いきますか、青葉班。


「よし! まずはお前ら!」


 俺は班員たちをそれぞれ見ていく。


「まず、この中で料理ができるヤツはいるか! 手を挙げろ!」


 そう言うと、恐る恐る手を挙げた班員が……一人。


 男子メンバーは予想通りだからどうでもいいとして……。


 え、一人なの?

 まぁいいか。一人でもいいや。


 どうせタイプ的に月ノ瀬あたりだろ――


「一応、お手伝いレベルでいいなら……お母さんと一緒に作ったりしてるよ」


 と、思いきや蓮見でした。

 

 たしかに蓮見は料理できそう。

 得意料理肉じゃがとか言って男のハートがっしり掴みそう。


 え、いいな。

 俺も作って欲しい。


 ――あれ。


 てか蓮見なの?


「おう、なんちゃってお嬢様」

「アンタ喧嘩売ってる?」


 蓮見の隣に立っていた月ノ瀬が不満そうにこちらを見る。


「いやいやそんな……。そんな料理できそうなツラしてるのになって思って」

「やっぱアンタ喧嘩売ってるわよね?」

「え、マジでできないの?」

「……できないとは言ってないじゃない」


 ふいっと顔を背けて。

 

 コイツはいったいなにを言っているんだ。


「……私は上手くなりたいのに……やるなって言われてるのよ」

「やるな……? 玲ちゃん、それって……」

「さぁ? 前に料理したことがあったんだけど……それ以来やるなって止められてて」

「そ、そうなんだ……」


 蓮見はなにかを察したかのように苦笑いを浮かべた。


 対する月ノ瀬は納得できないように首をかしげている。


「私的には上手くできたと思ったのに……なんでかしら」


 ……あー。

 

 俺も察した。


 察しましたわ。

 

 コイツ、アレだわ。


 だわ。

 

 そうと決まれば――


「月ノ瀬、お前は一切調理に関わるな。マジで頼む。ホントに。絶対。お願いします」

「アンタ念押しすぎじゃない!?」


 知らん。


 命の方が優先だ。


 月ノ瀬玲、戦力外……っと。


 完璧ヒロインと見せかけてメシマズ属性盛ってきたか……。

 なかなかやるじゃねぇか……。


 よりによってお前がその属性を持っていたか……。


「蓮見、広田、大浦。死にたくなければ月ノ瀬に調理を任せるな。いいな!?」

「「おう!!!」」


 いい返事だ!


「おう! じゃないわよアンタたち!?」

「蓮見もいいな?」

「あー……う、うん。なんとなく察したから……ごめんね玲ちゃん……これもみんなの安全を想ってのことなの……」

「……え、アタシひょっとして兵器かなにかだと思われてる?」


 実質兵器みたいなもんだから正しいぞ。


「というか、そういうアンタはさ」


 散々言われ放題の月ノ瀬は俺を睨む。


 ちょっと怖いからやめて。

 身体ブルッてなるからやめて。


 な、なによ。


 警戒態勢を取りつつ月ノ瀬を見る。


「なんだよ」

「偉そうにいろいろ言ってるけど……アンタは料理できるの?」


 あーそうか。

 月ノ瀬には言ってなかった。


 俺は表情を変えずに軽く頷いた。


「できるぞ」


 その答えに、青葉班がザワついた。


「マジか青葉!? お前料理男子だったの!?」

「それは意外だったぞ青葉……」 

「ハッハッハ、敬えお前ら! 俺は君たちより一個上のステージに立つ男なんだよ」


 驚く男子二人に俺はドヤ顔を披露する。


 ふっ、とってやったぜ……。


 マウントってやつを……な。

 ドヤァ――


 二人は互いに顔を見合わせたあと、俺を見て……。


 同時に口を開いた。


「「でもモテない」」

「おっ、お前ら昼飯抜きな!? 土でも食ってろオラァ!!」


 あー失礼すぎる!


 全国の料理男子の諸君聞きました!?

 コイツら今言っちゃいけないこと言いましたよ!?


 真実は時として人を傷つける!


 これだけはちゃんと覚えておくように!


 昴お兄さんとの約束だぞ。


 とりあえずコイツらの昼飯は雑草で。

 班長権限で今決めた。


「……玲ちゃん?」


 蓮見が月ノ瀬を呼んでいた。


 どうしたのかと思い、そちらを向いてみたところ……。


 月ノ瀬までも驚いた表情で俺を見ていた。

 

「あ、いや……正直かなり驚いちゃって」

「あはは……たしかに最初はビックリするよね」

「おうコラそこ二人! もういいから! 青葉くんが料理できてビックリ! っていう展開はさっきやったから!」


 同じ展開はもういいから! 飽きちゃうから!


 まったく、揃いも揃ってこの班員たちは……。


 ……あの。俺ってそんなに料理男子に見えないですか?


 ま、まぁ実際のところ、母さんがアレじゃなかったら全然やってなかったと思うけども……。


 息子を強制的に料理男子に教育する母親、青葉花。恐るべし。


「晴香は知ってたの? 青葉が料理できるって」

「えっ、あ、あぁうん! ちょっとね!」


 曖昧な答えに月ノ瀬は「ちょっと……?」と疑問を抱いていたが、蓮見は適当にごまかしていた。


 なるほど。

 蓮見は昨日のことをあまり言いたくないのか。


 なら俺もそれに合わせるとしよう。


「てなわけで、お前らにはこの青葉昴がどれだけ優れた人間なのか分かってもらえたと思う」

『………』


 ………。


 反応なし!


「と、とりあえず俺と蓮見以外の三人は雑用だ! おら、キリキリ働け雑用ども!」

「最悪ねこの班長……」


 月ノ瀬の文句は無視しておこう。


「えー、じゃあ俺たちはなんか適当に食材持って来ればいいのか?」

「甘い、甘いぞ広田! だからお前はマネージャーと付き合え――」

「おおおおい!! お前なに言ってんの!? 殴っていいか!?」

「「マネージャー……?」」

「月ノ瀬さんたちは気にしなくていいから! マジで!」


 おっと、ついうっかり。


 とはいえ、なにが甘いのか全然意味が分からないだろう。

 班員たちは『じゃあどうしろと?』といった顔で俺の言葉を待っていた。


 まったく……そこが甘いってんだ。


 お前らはただのカレーを作るつもりか?


 俺は腕を組んで堂々と胸を張る。


「いいかお前ら、これはな……競争なんだよ」

「競争? 青葉、お前なに言ってんだよ?」

「最強のカレーを作って他の班に勝つ! それこそがこの昼食イベントの醍醐味!」

「晴香、これって勝つとか負けるとかそういう競争だったっけ?」

「う、ううん、絶対違うと思う……」


 みんなで仲良くワイワイカレー作りだぁ?


 そんなものに興味はねぇ!


 よく聞け愚か者ども!


「まずは超激ウマカレーを作る! ほかの班に注目される! 女子が興味を持つ! きゃー昴くん料理上手でステキ! そしてモテる! ……ふっ、見えたぜ。勝利の方程式ってやつがなぁ!」


 完璧だ……これが俺のビジョン……。


 昼食が終わる頃にはもう俺はモテモテよ。


「あー……うん、青葉くんらしいかな……」

「下心丸出しじゃない……一回埋めたほうがいいわよアイツ」


 蓮見と月ノ瀬からの反応は最悪である。


 だが問題ない! 女子からそんな反応をされることなんて想定済みだ!


 それを証拠に男子組を見てみろ!


「「青葉シェフ! 最強のカレーを作りましょう!」」


 広田と大浦は感動した表情で俺の肩に手を乗せた。


 ククク、ほら見ろ!


 男子の原動力ってのは結局コレなんだよ!

 モテるかモテないかだけで、あとはどうもでいいんだよ!


「男子って本当に……はぁ」

「ま、まぁでもほら! おいしくできるに越したことないから! ねっ!」

「安心したまえ月ノ瀬。きっと俺のカレー食ったら明日からお前も昴ガールズの一員だ」

「それ、一人もいないのに『ズ』って付ける必要あるの?」

「正論言わないでっっ!!!」


 切れ味抜群のツッコミが俺を襲う。


 ――と、お遊びはこんなところにしておいて。


 そろそろ始めないと時間的に余裕が無くなってしまう。


「そんなわけでやるぞお前たち。蓮見、適当に補助頼むわ」

「あ、うん! 任せて! でも、食材はなにを使うの?」

「差を付けるもなにも、そこはもともと用意されてるのを使うのよね?」


 月ノ瀬の問いに首を左右に振る。


 俺の反応に二人は不思議そうに目を合わせていた。


「蓮見、用意されてる食材ってなんだか分かるか?」


 今度はこちらが問いかける。


 蓮見は「えっと……」と顎に人差し指を添えて答え始めた。


「人参とか、じゃがいもとか、お肉とか……あと玉ねぎとか、一般的なものだった気がするかな」


 うむうむ。

 そりゃそうだろうな。


 ここでよく分からない食材を用意されてたらビビる。


「月ノ瀬」

「なに?」

「持ってくるのは肉だけでいいぞ」

「え? お肉だけ?」


 俺は頷くも、月ノ瀬は余計にわけが分からなそうになっていた。


「お肉だけのカレー……ってわけじゃないのよね?」

「もちろん。見てな、できる男ってのは食材から差を付けるもんだ。今ここでしか作れないカレーを食わせてやるぜ」

「今、ここでしか……? とりあえずアンタの言う通りにするわね」


 そう言うと、月ノ瀬は食材が用意されているテーブルに向かって行った。


 ほんじゃ、ま。

 俺もとりかかるとするかね。


 最強のカレー作りに……。


 ――とは言ったものの、実際に美味く作れるのかは知らん。

 初めてのものを作ろうとしてるし。

 

 俺が器具の確認をしていると、隣に立った蓮見助手が「あっ」と声をあげた。


「私、分かったかも」


 そしてそのまま俺を見て言葉を続けた。


「青葉くんの作ろうとしてるカレー……もしかしたら――」


 その言葉に俺はニヤッと笑った。


 青葉シェフ、いきます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る