第51話 彼女たちは気まずそうにすれ違う

「ごめんね、いきなり誘っちゃって」

「いいってことよ。好感度を上げるチャンスだからな」

「ふふ、それ自分で言っちゃうの?」


 蓮見から『お話』に誘われたあと、俺たちはひとまず合宿所から出て敷地内をブラブラしていた。

 自由時間そのものは短い時間であるため、そんなにあちこち歩き回ることはできないが……。


 ブラブラしていると、ふと思う。

 改めて、本当に自然豊かな施設だ。


 ビルではなく自然に囲まれるというのも意外と心地いい。


 ……山道で迷ったらヤバそうだけど。


 とまぁ、こうして歩いているだけでも新鮮な気持ちになるものだ。


「……あの、青葉くん」


 俺の数歩分、後ろを歩く蓮見が名前を呼ぶ。

 

「おう」


 振り向くことなく、返事をした。


 余計なことを言う必要はない。

 話の内容なんて……大方想像がつく。


 一歩、二歩。


 三歩。


 そして四歩ほど歩いて、再び蓮見が口を開いた。

 

「私ね、昨日の夜……るいるいと話したの」


 やっぱりそのことか。

 俺はなにも言葉を返さず、続きを待つ。


 今はただ……蓮見の話を聞いていればそれでいいだろう。


「……だけど、全然ダメだった。私が……ダメだった」


 元気のない声で。

 自分を責めるように蓮見は言っている。


「せっかく青葉くんが背中を押してくれたのに……私が逃げちゃった」


 あー……なるほど。

 だから昨夜、ロビーで渚だけが座っていたのか。


 それも、かなり落ち込んだ様子で。


 なにかしらの言い合いをして、蓮見だけが部屋に戻った……と。


 先に蓮見だけが戻って来たって、月ノ瀬も言ってたしな。


「私が弱いせいでるいるいにも、みんなにも……迷惑かけて。本当に……申し訳ないよ」


 蓮見と渚がなにを話したのか。

 どうして穏やかな話し合いにならなかったのか。


 それは俺には分からない。


 別に、聞くつもりはない。


「はぁ……ダメだなぁ、私」


 蓮見は大きくため息をつく。


 その震えた声は、現在の彼女の精神状態を表していた。

 

 そして絞り出すように……蓮見は。


「……私が朝陽くんを好きにならなけ――」

「蓮見」


 その言葉は、言わせない。

 

 その言葉だけは……絶対に言わせない。


 俺は強い口調で遮った。


「えっ……」


 立ち止まり、振り向く。

 視線の先には驚いた様子の蓮見が立っていた。


 俺はふっと笑い、言葉を続ける。


は……司に対しても、アイツを好きになったヤツらにも失礼だぜ?」

「……青葉くん」


 蓮見はキュッと口を結び……頷いた。


 本当はなにも言うつもりは無かったのだが、それを言われたら話は別だ。


「……そう、だよね。ごめん、私変なこと言っちゃった」

「おうよ、分かればいいさ。蓮見、これだけは言っておくぞ」

「うん?」

「お前のその気持ちは間違ってない。自分が手に入れた『本物』を否定するな。自分だけは……絶対に肯定してやれ」


 昨夜、渚にも似たようなことを言った。


 コイツら『恋する乙女』は強い気持ちを抱く反面、なぜか己の気持ちを疑いやすいものだ。

 

 自分が好きになっていいのかな。

 自分よりもっと相応しい人がいるんじゃないか。

 あの子も同じ人が好きなら……自分が身を引くべきなんじゃないか。


 なんて。


 あぁ……素晴らしい乙女心だ。

 純粋で結構。


 本当に。本当に――


 馬鹿馬鹿しい。


「『好き』なんだから仕方ないだろ。『好き』だから悩む。『好き』だから衝突する。なにもおかしいことじゃねぇよ」

「『好き』……だから」


 そう。『好き』だから。


 お前が今抱えている想いも、悩みも、喜びも、悲しみも。

 すべて……『好き』だから手にすることができた。


 『好き』にならなければ、決して抱くことはなかった。

 それはきっと、無駄なことなんかじゃないはずだ。


「お前は……お前だけはそれを否定すんな。お前が司を好きだって想いは……その『好き』は偽物なのか? 捨てろって言われて、すぐに捨てられるものなのかよ?」


 と、言ったところで俺はハッとする。


 ――おおぅ。なんてことだ。


 こんな偉そうなことを言うつもりじゃなかったのに。


 司の名前を出されたらコレだ。


 俺の良くないところだなぁ……。

 気を付けなければ……。


 心の中で反省をしていると、蓮見が「ううん」と首を左右に振った。


「この『好き』は嘘じゃない。私の本当の……気持ち。私だけの……気持ち」

「ああ、そうだ。なにも悪いことはしてないんだ。堂々と胸張ってりゃいいんだよ。――あ。胸を張るっていやらしい意味じゃないよ? ホントだよ?」

「……青葉くん、なんですぐそういうこと言っちゃうのかな……」


 あちゃー……と、蓮見は呆れたようにため息をついて。


 いやいやいや、だってほら!

 変な意味に捉えられたら困るでしょ!

 まるで俺が変態野郎みたくなっちゃうでしょ!


 ……蓮見さん、胸張ったらすごそうですね。


 ……。


 イエ、ベツニヘンナイミジャナイヨ。ホントダヨ。


「だけど……うん。ありがとう青葉くん。昨日に続いてまた助けられちゃったね」

「だからいちいち気にすんなっての。……ふむ、これで蓮見が司から俺に乗り換えるのも時間の問題だな。ぐふふ」

「うわー……下心丸出しだー……」

「失礼だな。真心と言ってくれたまえ」

「真心汚すぎない!?」


 よし、そのツッコミが出るなら大丈夫そうだな。


 俺はポケットからスマホを取り出し、現在時刻を確認する。

 まだ時間はあるが、余裕を持って合宿所に戻ったほうがいいだろう。

 

「さて、そろそろ戻ろうぜ。それか俺と一緒にサボるっていう青春的なアレしちゃう?」


 ラブコメ定番イベントの一つ! 授業のサボり!

 『えへへ、結局サボっちゃったね♡』って言ってほしい。

 

 恥ずかしそうにはにかみながら言ってほしい。


 急募! 俺にそんなこと言ってくれる美少女!

 

「うーん……しません!」


 そんな俺の望みを笑顔で断ち切る女、蓮見晴香。


「元気のいい返事ありがとう!」


 青春ならず! くそぅ!

 

 しかし、先ほどまでの蓮見とは違い、いつもの彼女らしい……元気で可愛らしい笑顔だった。

 

 少しでも気持ちが晴れたのなら、それでいい。


 俺の役目は悩みを解消することじゃない。

 あくまで第三者である以上、俺には悩みそのものを解決させることなどできない。

 

 俺はいつも通り適当なことを言って、一時的に彼女たちの気持ちを晴らすことができればそれでいい。


 茶々を入れるが、出しゃばりはしない。


 これぞ昴流の立ち回り術である。


「ほれ、戻るぞ蓮見」


 合宿所に向かって歩き出すと、蓮見が「うん」と返事をして俺の隣に並んだ。


「……がんばらなきゃ」


 隣を歩く蓮見がつぶやく。

 ふんすっ、と胸の前でギュッと手を握って。


 恐らく渚の性格から考えて、蓮見が歩み寄らない限りは二人のぎこちなさは無くならないだろう。


 アイツ、仲直りとか下手そうだしな……。


 ……本人いないよね? 大丈夫だよね?

 周囲チェック! OK! オールグリーン!


 ペンが飛んできたときマジで怖かったからね。


 ……まぁ、ともかく。


 二人がどうなるのかは、蓮見にかかっていると言っても過言ではない……かもしれない。


 なら俺も、俺のやりたいようにやらせてもらおう。


「あ、蓮見?」

「ん?」


 俺が呼ぶと、蓮見はこちらを見上げる。


 女子の上目遣いっていいよね。

 なんかこう……うぅん!!! ってなるよね。グッとくる。


 俺はニッと自慢げに笑う。


「昼飯、楽しみにしておけよ?」

「え、お昼ご飯?」


 蓮見は「はぇ?」と小さく首をかしげる。可愛い。


 俺は右手の人差し指を立てて、蓮見の疑問に答える。


、食わしてやるぜ」


 そう、うまいもん――をな。


 俺のその言葉にピンと来た蓮見が「あっ!」と笑顔を浮かべる。



 ククク、ちゃんと覚えててくれて嬉しいぞい。

 俺はその明るい声に深々と頷いた。


「――ああ。そういうことだ」


 モヤモヤしたときはなんとやら――ってな。


 × × ×


「あ」

「あっ」

「お」

「……ん」


 合宿所のロビーに足を踏み入れた瞬間。


 俺たちは偶然にも、ソイツらと遭遇した。

 

 司。

 そして……渚。


 ちょうど二人も大会議室に戻っていくところだったようで……。


 うーむ……なんていうタイミング。


 司は驚いたように俺たちを見ており、渚は……ただスッと目を細めていた。


「よっ、お前たち。偶然ですな」


 俺は先陣を切って二人に声をかける。


「それはこっちの台詞だよ。二人でどこに行ってたの?」

 

 司は俺と蓮見を交互に見て問う。


 軽く蓮見の様子を確認したが、見るからにあたふたしていてまともに返事をできるとは思えない。

 『あ、いえ、あ、えっと……!』ってなるのが目に見えている。


 となれば、ここは俺が答えるのが無難だろう。


 ここは俺に任せろ! 蓮見ぃ!


「そりゃもう愛の逃避行よ! なぁ蓮見?」


 ニカッとしてサムズアップ!


「えっ!? ちちち、違うよね!? 違うからね朝陽くん!?」


 あかん。余計にあたふたさせちゃった。


 普通に答えてもつまらないと思ってしまったばかりに……!

 昴くん失敗失敗! てへっ!


「逃避行って……。それにしては場所が近すぎないか……?」

「愛に距離は関係ないのさ」

「なんだよそれ……。また適当なこと言って蓮見さんを困らせてるだろ」


 バレてーら。


 司は白けた視線を俺に向ける。


 その後、呆れたようにため息をついて蓮見へ視線を移した。


「蓮見さん大丈夫? 昴のヤツに変なことされなかった?」


 おい。


「う、うん! 大丈夫! その、勉強法の相談を聞いてもらってて……ねぇ青葉くん!?」

「え、あ、はい。そうです」


 『そうって言えよ!?』っていう凄まじい圧を蓮見からひしひしと感じた。


 ビックリして思わず頷いちゃったよ。

 

 明らかにその場で考えたかのような言葉ではあるが、司は「あー、じゃあ昴が適任かもね」と一人で納得していた。


 いやお前ちょっとは疑問持てよ。

 なんですんなり受けて入れてるんだよ。


 鈍感なの? 鈍感だったわ。


 ――それにしても、アレだな。


 こういう会話をしてるときに渚が入ってこないのは珍しい。


 蓮見が関係しているときは、大抵『あんた晴香に変なことしてないよね?』と恐ろしいオーラを出してくるのに。


 しかし今の渚は、オーラどころか存在感すら希薄だった。


「じゃあ、わたし先に戻ってるから」


 その渚はやっと口を開いたと思ったら、短く言い残して大会議室へ向かって行ってしまった。


 そんな渚の姿に、俺と司は目を合わせて……同時に首をかしげる。

 

「る、るいるい!」

 

 渚の背中に蓮見が呼びかける。


「なに、晴香」


 渚は振り返るが……その目は蓮見を見ていなかった。


 ――『……お互いに目も合わせなかったのよね』

 

 これもまた、月ノ瀬の言う通りか。

 

 目を合わせない……というより、合わせられない……と言ったほうが正しいかもしれない。

 渚も渚なりに、内心悩んでいるのだろう。


「え、えっと……」


 渚を呼び止めたのはいいものの、蓮見はそれ以上なにも言えなくて。


「……ううん、なんでもない。ごめんね」

 

 結局、呼び止めただけで終わってしまった。


 まだ……難しいか。

 とはいえ、それも仕方ない。


 互いにわだかまりがある以上、すんなり会話ができるとも思えないし。


「……そ」


 返ってくるのは淡々とした……一言。


 渚はそのまま立ち去ってしまった。

 

 蓮見はその後ろ姿を……悲しそうに見つめていた。


「じゃ、じゃあ私も先に戻るね……!」


 そして、蓮見も気まずそうに笑いながら速足で大会議室へと向かってく。

 

 ロビーには俺と……司だけが残された。


「なんとかできないかな……アレ」


 ぽつり、と司が呟く。


 いくら鈍感といえど、二人のあの違和感には流石に気付いていたらしい。

 

 どうしたんだろう、とか。

 心配だな、とか。


 そういう言葉ではなく。


 スッと出てくる言葉が『なんとかできないかな』……か。


 司らしい、優しい言葉だ。


「昴、お前はなにか知ってるんだろ?」

「――え」


 突然の言葉に、思わず固まる。


 マズい。完全に油断してた。

 司はその『油断』を見逃さなかった。


 「やっぱりな」と、司は口にして。


「今、蓮見さんと話してきた『相談』とやらも……それに関係してることなんじゃないのか?」

「……さぁ、どうかな」


 それしか言えなかった。


 ああ、クソ。

 こういうときの司は本当に厄介だ。


 ラブコメ主人公特有の『特定状況下での察しの良さ』をしっかり持ち合わせてやがる。


 そこはいつも通り鈍感であれよ……と。


 つくづく、そう思う。


「昴」

「なんだよ」

「俺に手伝えることがあったらなんでも言ってくれよ? 二人は俺にとって大事な友達だからさ」


 純度百パーセントのその言葉に、俺はただ小さく笑うことしかできない。


「……お優しいこって」

「茶化すなよ」

「わーってるよ。なにかあったら頼むぜ」


 俺にとっても……か。


 そうだよな。


 二人とも。





 だもんな。





 安心しろって。


 だからこそ俺は、あの二人をこのままにしておくつもりはないからよ。


 ここで『なんだよ教えろよ~!』と踏み込んでこないあたりも、実に司らしい。


 これは恐らく、俺を信頼しているからだろう。

 俺に任せても問題ないと……そう、判断したのかもしれない。


 喜ぶべきなのか……はたまた……。


「ま、とりあえず今は授業を頑張るとしようぜ! 司、お前寝るなよ?」

「そ、それは善処する……。多分、渚さんがいなかったら普通に寝てるな俺……」

「お前やっぱり起こしてもらってたのかよ」


 まったく、けしからんヤツだ。


「ほんじゃま、そろそろ時間だし戻ろうぜ」

「だなぁ」


 俺と司は並んで歩き出す。


 ひとまず今、俺が考えることは蓮見と渚のことだ。

 なんにしても、二人がちゃんと話し合える環境を作り出さないことにはなにも始まらない。

 

 そのために使えそうな『イベント』は――


 


  


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