第49話 学習強化合宿二日目、始まる

「ほい! いち、にー! いち、にー! いやーいい朝だなぁ!」


 学習強化合宿、二日目。


 敷地内にある広い第一グラウンドに集められた俺たちは、みんなで仲良く朝の体操と洒落込んでいた。

 なんでもこれも伝統の一つのようで、合宿期間は毎朝体操をして身体を動かすようだ。


 適度に運動を行い身体をほぐすことで、後々の勉強効率も上がるとか……なんとか。ホントにぃ?


 しかし、朝早い時間ということもあり、生徒たちのテンションは低い。

 

 時間も時間だしなぁ……朝弱いヤツにはしんどいだろこれ。


「……キツい。眠い。……帰りたい」


 現に……ほら。


 俺の右隣でダラダラ身体を動かす渚は淡々と文句を言っていた。


 頭はまだボサボサで、目も完全に開いていない。

 ただでさえ癖毛なのに、よりその癖っぷりを発揮していた。

 

 気を抜けばこのまま寝そうな勢いである。


 ほーん、渚って朝弱かったのか。

 

 全然驚きはしないけど。むしろ解釈一致まである。


 俺は身体を動かしながらハキハキと声をかけた。


「おいおい渚よ! せっかくの気持ちのいい朝なんだからキビキビ身体を動かせ! ほい、いちにー!」

「……うるさ。あんた、なんでそんな朝から元気なの? ……バカなの?」

「おい、最後の一言いる?」


 渚は心底ダルそうな声を出していて、本当にこの時間が苦痛なのだと伝わってきた。


 元気良く身体を動かす俺を、まるで親の仇を見るかのような目で見てきた。

 こわ。


 俺はまぁ……別に朝苦手とかじゃないからなぁ。

  

 母さんの弁当やら朝ごはんやらを作るために、昔から早起きしてきたことが原因かもしれない。

 ……なんか俺、母さんが原因で生活力めっちゃ上がってる気がする。

  

 このままだとあたし、立派な主夫になっちゃうわよ!?


「晴香と一緒に叩き起こしたのよ? 全然起きなくて大変だったんだから」


 渚の後ろで体操をしていた月ノ瀬が呆れたように言った。

 

 月ノ瀬は……特に寝ぼけた感じはしない。

 朝から、いつも通りしっかり美少女である。


 コイツ朝強そうだしな。

 

 朝からマラソンしろって言っても余裕な顔でしそう。


 さすが夜叉。無敵である。


「なんだよ渚、だったら俺がイケボでモーニングコールしてあげたのに」

「耳腐る」

「腐る????」

「アンタたちは朝から相変わらずね……」


 なんだ腐るって! むしろ生き生きするでしょ!

 耳ピーンよ!


 俺の声にはヒーリング効果があるって言ってたもん。


 俺が。


「それにしても留衣って本当に朝弱いのね。昔からそうなの? 晴香」


 月ノ瀬が右隣にいる蓮見に声をかけるも、返事は無く。


 チラッと蓮見の様子を見ると、なにやらボーっとしていた。


「晴香?」

「――え、あっごめん! どうしたの?」


 蓮見はハッとして月ノ瀬を見る。


 もしかして蓮見も朝弱いのか?

 ……いや、違うか。


 グラウンドに来るまでも蓮見の様子はいつもと少し違っていた。


 明らかに落ち込んでいるような雰囲気に見えた。

 

 なにがあったかは詳しく知らないが、恐らく昨夜の一件を気にしているのだろう。


「……留衣って昔から朝弱かったの? って話よ」

「あ、あぁ! るいるいね!」


 蓮見は目の前の渚に一瞬目を向けてから頷いた。


「えっと……うん。昔からそうなんだよー。修学旅行のときとか、絶対起こさないといけなくて。ねぇるいるい?」

「……うん、そうだね」


 蓮見はどこか違和感はありながらも、いつも通りに振る舞おうと頑張っていた。

 しかし、対する渚はどこか素っ気無くて。


 『私たちなにかありましたよ』。


 と、その雰囲気がしっかり物語っていた。


「いやーでも昴は朝超強いよな」


 訳ありな雰囲気を察したであろう司が会話に入ってくる。

 渚の右隣……蓮見の前で陽気に身体を動かしながら俺に言葉を投げかけた。


 はーん……そこで俺に話を振るとはなかなかやるじゃねぇか。


 あえてそうしたのか、それとも天然なのかは知らんけど。

 

「そりゃそうよ。朝から夜まで元気だからねボクは」

「アンタは元気過ぎるのよ。ちょっとはその元気、留衣に分けてあげたら?」

「だ、そうだ渚。俺の元気をおめぇに分けてやる! おら!」


 ゆけ! 俺の元気たち!


「いらないから」

「うーーん戻ってこい俺の元気!」

「あはは……戻っちゃったよ……」


 戻れ! 俺の元気たち!


 おかえり。

 門前払いされてかわいそうに……。


「今日の朝だって大変だったんだぞ?」

「え、そうなの?」


 蓮見の問いかけに司は頷き、呆れたように話を続ける。


「昴のヤツ、朝いきなり大声で歌い始めてさ。それで俺たち全員飛び起きちゃって……」

「……アンタなにしてるのよ」

「いやー……」


 視線が俺のもとに集まる。


 司が言ったことは全然間違いではない。

 でも、ちゃんと理由がある。


 理由も無く突然歌い始めるわけないでしょ!


「だってさ、朝起きたら俺以外誰も起きてねぇんだよ。だから暇で……」

「うんうん、暇でどうしたの?」

「歌っちゃったZE☆」


 てへっ!


「最悪……ただの迷惑野郎じゃないアンタ」

「失礼な! 俺の美しい歌声で起きられるんだぞ? それはもうご褒美では?」

「ちょっと誰かコイツつまみ出してくれる?」

「で、でもある意味ちゃんと起きられそうかも……?」


 揃いも揃って失礼極まりない連中だ。ぷんぷん!


「昴は昔から変な起こし方ばかりするんだよ。耳元で怖い話の動画流したり、起きるまで髪の毛一本一本抜いてきたり……ティッシュで鼻くすぐってきたり……思い出せばキリないなぁ」

「「「うわー……」」」

 

 麗しい美少女たちの冷たい視線がグサグサ突き刺さる。


 人によってはご褒美かもしれない。

 ってそうじゃなくて!


 俺がただの変態みたくなっちゃうでしょ!


「ちょっと女子ぃ!? 心を一つにするのやめてくれる!?」


 普通に起こしてもつまらないじゃん!

 起きて~って言って起こすとかもうそれは素人なのよ。


 俺レベルの玄人になると、一回一回こだわりをもって人を起こすのだ。


 なんならプロと言ってほしいね!


 女子メンバーからの白けた視線になんて動じないもんね。


 ……。


 ……泣きそう。


 こうなったら――


「安心しろって月ノ瀬」

「え、なにがよ」


 俺は爽やかな笑顔で月ノ瀬に言った。


「お前を起こすときは、カールアイロンで一本一本髪を丁寧に巻いてやるからよ。起きるまでな。ぐへへ」

「留衣、通報」

「任せて月ノ瀬さん」

「任されるな! 冗談だから! 昴くんのオモシロジョークじゃん! しまって! 手に持ったそのスマホしまって!?」


 留衣は不満そうにスマホをポケットにしまった。


 あぶねぇ……危うく社会からさようならするところだったぜ……。

 俺はまだこっちの世界でのんびり生きていたいやい!


「ほ、ほらみんな! ちゃんとやらないと先生に怒られちゃうよ」


 蓮見がそう言うと、それぞれ「はーい」とやる気の無さそうな返事をして体操に戻っていく。


 朝の体操……ねぇ。

 なかなか悪くないじゃないの。


 朝日を浴びながら身体を動かすのは、素直に気持ちがいい。


 まぁ……隣のヤツはもう戦闘不能寸前だけど。


 × × ×


 体操の時間が終わり、生徒たちは合宿所へ戻り始める。

 

 このあとは朝食の時間であるため、大食堂に直行だ。


「――青葉」


 生徒の波に身を任せて歩いていると、後ろから声をかけられる。

 

 ふと横を見ると、月ノ瀬が俺の隣に並んでいた。

 

 なんだ……? 珍しいな。


「どした」


 呼びかけに対して返事をする。


 月ノ瀬はキョロキョロと周囲を確認し、声を潜めて話し始めた。


「晴香と留衣、なにがあったのか聞いてる?」


 あぁ……そのことか。

 やっぱりコイツなりにいろいろ思っていたんだな。


 俺は小さく首を左右に振って答える。


「……いや、聞いてない。なんとなく理由は察するけどな」

 

 その答えに月ノ瀬は頷いた。

 

「私もなんとなく、はね。だから司には聞けなくて」


 司絡みだということはバッチリ理解してやがる。

 

 その通り。だからこそ司にはなにも聞けないよな。


「だろうな。……ったく、複雑だねぇ。乙女心ってヤツは」

「てっきりアンタは留衣から話を聞いているかと思ったわ」

「んなわけあるか。むしろ俺にだけは絶対話さないだろアイツ」


 月ノ瀬は意外そうに首をかしげる。


 いやなんでだよ。

 普通にそうでしょ。


「そうかしら?」

「そうだろ」


 実際、アイツは昨日俺になにも話さなかったしな。


 とはいえ、渚に関しては俺に限らず司や月ノ瀬にもあまり話さないだろう。


 本当の意味で心を開いているのは蓮見だけだろうし、なにかあれば真っ先にその蓮見に相談するはずだ。


 けれど今回はその蓮見との間にいざこざが起きた以上、話す相手がいないわけで。


「昨日、晴香と留衣が二人で部屋を出て行ったの。二人が一緒に行動するなんていつものことだし、特になにも気にしていなかったんだけど――」


 月ノ瀬は彼女たちと同室だ。

 変化があればすぐに気が付くだろう。


「でも先に戻ってきたのは晴香で……明らかに様子がおかしくて。留衣もそのあと戻ってきたけど……お互いに目も合わせなかったのよね」


 それはそれは……なかなかの雰囲気だな。

 同室だった月ノ瀬やもう一人の女子のことを考えると、結構しんどそうである。


 視線を落とし、月ノ瀬は心配そうに話す。


「おー……間違いなくなにかしらはあっただろうな」

「えぇ。内容が内容かもしれないし、深くは聞けないわ」

「お前のことだからグイグイ聞くと思ったけど?」

「……アンタ、私のことデリカシーない女とでも思ってる?」


 ギロッと向けられたその目から顔を逸らす。


 おっと。危うく石化するところだったぜ。

 月ノ瀬さんメデューサ説浮上。


 しかし、月ノ瀬の言っていることは間違ってはいない。


 いつも仲良しの二人がギクシャクしているのだ。


 だからこそ心配になるし……。だからこそ、聞くに聞けない雰囲気はある。


 過去の経験から、そういった『人の感情』に後ろ向きな月ノ瀬には……尚更踏み込むタイミングが難しいかもしれない。


「月ノ瀬」


 今回の二人の件は、俺にも責任がある。


「お前は二人のことを気にかけてやれ」

「え?」

「同じ女子だから分かることもあるだろ」


 彼女たちを気にかけ、寄り添うのは同性である月ノ瀬が適任だろう。


 俺にも……司にも、どうしても限度はある。


「へぇ……」


 なぜか月ノ瀬は感嘆したような声を出している。


「やっぱアンタって……意外とそういうところちゃんとしてるわよね」

「意外とはなんだ意外とは。俺はいつでも優しい昴くんだっつの」

「はいはい、そういうことにしておいてあげるわよ」

「お前だって俺のそういうさり気ない優しさに惚れ――」

「惚れてないから。もう就寝時間終わったわよ。起きなさい」


 酷い! 起きてるし! 寝言とかじゃないし!


 月ノ瀬の容赦ないツッコミに俺のガラスのハートにヒビが入る。


 コイツ絶対ツッコミ向きだよね。

 ボケよりツッコミのほうが冴えわたってる。


 冴えわたりすぎて心まで刻んでくるけどね。


 月ノ瀬は一度ため息をついて「まぁ……」と話を続けた。


「分かってるわよ。二人のことは私も気にかけておくわ。……で、アンタは?」


 俺か。


 俺はニヤッとして月ノ瀬に言う。


「俺は俺のやりたいようにやらせてもらうぜ」


 結局俺にはそれしかない。

 やりたいように動いて、俺の望む方向に持っていくだけだ。

 

 月ノ瀬が二人を気にかけてくれるなら、あまり余計なことを考えなくて済むしな。


 自信満々に口にした俺の言葉に、月ノ瀬は「えー……」と顔を歪ませる。


「……すごく心配なんだけどそれ」


 疑いの眼差しを向けられ、俺はごまかすように口笛を吹いた。

 

 ――そんなわけで。

  

 学習強化合宿、二日目。


 はじまりはじまり。


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