第46.5話 蓮見晴香は話をしたい【後編】
「わたしの好きと晴香の好きは……多分、違うから」
ポツリと、その気持ちを口にして。
「え……?」
「なんて言えばいいんだろう。願望……に、近いのかな」
「願望?」
「朝陽君も晴香と一緒で、純粋な優しさを持ってる。穏やかで、いつもニコニコしてて……困ってる人を見過ごせない。そんな優しさを彼も持ってるよね」
なにも言わず、私は頷いた。
そこに否定できる部分はなかったから。
朝陽くんはそういう人だ。
だから私も……そんなところに惹かれて、気が付けば好きになっていた。
初めての……感情だった。
「そんな朝陽君の姿を見て『あぁ、素敵だな』って思った。魅力的な男の子だなって。男子にそんな感情を持ったのは……初めてだったよ、わたし」
戸惑う私とは対照的に、るいるいは終始穏やかな表情で話していた。
「だから、かな」
「だから……?」
「こんな素敵な男の子が晴香を選んでくれたらいいな――って、思った」
話は予想のしていない方向に向かって。
――どうしてそこで『私』が出てくるの?
私はたまらずるいるいに聞いた。
「えっ、ちょっと待って? なんでそこでそうなるの? 普通、そこは自分を選んで欲しい……とかじゃないの?」
「……それ、は」
言い淀む。
綺麗なその瞳が初めて揺らいだ。
私はその隙を見逃さずに畳みかける。
「るいるい、朝陽くんと話してるとき緊張してるよね? 目も合わせられてないよね?」
るいるいが私を見てるように、私だってるいるいを見てる。
朝陽くんと話すとき、緊張してることを知ってる。
多分、恥ずかしくて目を合わせられていないのを知ってる。
朝陽くんの何気ない一言に静かに反応してることを知ってる。
全部全部……知ってる。
私のことを想って……行動してくれていることを……知ってる。
るいるいは困ったように咳払いをした。
「そ、それは……ホントに緊張してるから……」
「朝陽くんと話してるとき、ちょっと楽しそうだよね?」
「……まぁ、そうかも」
私から目逸らし、頷く。
「それなのに、付き合いたいとかそういう気持ちはないの?」
「ないよ。これは嘘じゃない」
そこはやっぱり即答で。
じゃあ、るいるいが朝陽くんに向けている『好き』の感情ってなに?
好きなのに……それ以上を望まないの?
考えれば考えるほど……分からなくなっていく。
「じゃあ……結局るいるいの『好き』はどっちなの? 私と同じなの? 違うの?」
「……正直、わたしにもよく分からない。初めての気持ちだから」
一言で『好き』って言っても、いろいろな種類があるって……ことなのかな。
見ているだけでいい『好き』って……なんなんだろう。
「……多分、わたしは。晴香が好きな朝陽君を──」
そこまで言いかけて、口を閉じた。
なにを言おうとしてたのかは分からない。
私が好きな……朝陽くん……?
るいるいは小さく首を左右に振り、再び話し始めた。
「そんなわけで……慣れないことをしてないでさ。晴香は自分のために頑張りなよ。わたしもわたしなりにサポートするからさ」
慣れないこと。
今日、青葉くんにも言われた言葉だ。
してもらってばっかりで。
私からは……なにもできなくて。
やろうって思っても、空回りして逆にみんなを困らせて。
今だって……そうだ。
私は……なにをしているんだろう。
「晴香」
俯く私に、るいるいが声をかける。
「ありがとう。わたしのことを想っていろいろやってくれたんだよね。その気持ちは嬉しいよ」
私を元気付けるように、優しい声音で。
「けど、晴香はそこまでしなくていいの。そういうのはわたしに任せてよ」
「そういうの……?」
親友は小さく、そして穏やかに微笑んで……私に、告げた。
「だってわたしは……
──なに、それ。
「……っ!」
我慢できなかった。
その一言に、我慢していた感情が溢れ出る。
他人事のようなそんな言い方……許せなかった。
「なにそれ――!」
「……晴香?」
私は思わずソファーから立ち上がる。
「分からない……私、るいるいの気持ち分からないよ!」
「気持ちって……だからわたしは……!」
「親友だからなに!? 私はしてもらうことしかできないの!? 私から返すことはダメなことなの!?」
「晴香、落ち着いて――」
「私だってるいるいの『親友』なんだよ……!?」
瞳から溢れる涙を抑えられなくて。
わがままな子供のように、自分の気持ちだけをぶつけて。
ぐるぐる、ぐるぐる。
真っ黒な感情が……混ざり合って。
「私は――!」
最後の一言を、絞り出して。
「るいるいの気持ちを抑えてまで……幸せになんてなりたくないよ――!」
足は勝手に動いていた。
これ以上、るいるいと顔を合わせていたくなかった。
だって。
大好きなるいるいに、酷いことを言ってしまうような気がして……。
ごめんね、るいるい。
ごめん。
ごめんね。
頼りにならない親友で……ごめんなさい。
「は、晴香……! 待ってわたしの話を――!」
るいるいの言葉に耳を貸さず、私は駆け出すように自分の部屋に向かった。
× × ×
「……晴香」
誰もいなくなったロビーで、ポツリと名前を呼ぶ。
その名前の主は……もう、ここにはいなくて。
わたしに向かって叫んだあの声が。
わたしに向けられたあの目が。
涙でいっぱいになったあの瞳が。
頭から……離れない。
……どうして?
どこで言葉を間違えた?
なにを……言うべきだった?
わたしはただ……わたしの気持ちを正直に伝えただけなのに。
なにが……いけなかった?
「……っ」
守りたいはずの親友に。
一番大好きな親友に。
私に『楽しさ』を教えてくれた
あんなに……辛い顔をさせて。
「わたし……なにしてるんだろう」
両手で顔を覆う。
自分が情けない。
伝えたいことをちゃんと伝えられない自分が……ホントに情けなくて、無力で。
晴香に幸せになってほしい。それはわたしの心からの願い。
ずっとずっと抱いて生きてきた……私の『核』。
朝陽君と仲良く……願わくば結ばれてほしいことは本当だ。
わたしがその朝陽君と付き合いたい気持ちがないことも……本当だ。
そして。
わたしが朝陽君に『特別な感情』を向けていることも……本当だ。
だけどそれは――
付き合いたいとか。
触れ合いたいとか。
そういう単純なものじゃなくて。
わたしだって……この感情を上手く理解できなくて。
朝陽君と話してるとき緊張してる……って。それは当たり前のことで。
朝陽君は太陽みたいな男の子だから。
いつも私たちを照らしてくれる……優しい太陽。
そんな朝陽君のことは……もちろん好きだし、好きだからこそ……緊張する。
変なこと言って嫌われたりでもしたら……晴香に迷惑がかかる。
男の子にこんな気持ちを抱いたことなんてなかったから。
今日の自習の時間、一緒の班で良かったって言われたときもそう。
その言葉自体はもちろん、嬉しかった。
もしかしたら、少しは鈍感具合が直って晴香の好意にも気付いてくれるかもって思ったけど……相変わらず朝陽君は鈍感なままで。
鈍感だけど……温かくて。優しくて。
その心地良さに流されて、必要のないことを言ってしまいそうになった。
『ホントに、朝陽君のそういうところに晴香は惹かれたんだよ』って。
なんとか寸前で止めることはできたけど。
勝手に気持ちを伝えるなんて……やってはいけないし。
やっぱり、わたしの『中心』はどこまでいっても晴香で。
わたしが抱くこの気持ちは、もっと違う……別の――
――あぁ……そうか。
そもそもの話。
わたしがそういう感情を抱いたのがいけなかったんだ。
わたしが朝陽君に惹かれなければ。
大切な親友と……同じ人に惹かれなければ。
こんなこと、起きなかったんだ。
全部。
全部。
わたしのせいだ。
ただの『親友ポジ』のくせに、身に余る感情を抱いてしまったから。
わたしのせいで晴香は――
「よっ、お姉さん。なにか嫌なことでもあったのかい?」
不意に声がかかる。
調子のいい、カラッとした明るい声だ。
わたしは……この声を。
コイツの声を……よく知っている。
ゆっくりと顔をあげる。
やっぱり。
あんたはいつも……狙ったようなタイミングで――
「よかったら一杯、付き合ってくれません?」
ふふん、と笑顔を浮かべるソイツの顔は。
とても太陽には程遠くて。
ムカつくのに。
イライラするのに。
はっ倒したくなるのに。
いつも……バカにしてくるのに。
それ以上に……。
「――青、葉」
『安心』した。
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