第46.5話 蓮見晴香は話をしたい【前編】

「ごめんねるいるい、こんな時間に誘っちゃって」

「ううん。それで話ってなに、晴香」


 夜の授業や自習、テストを終え、それぞれ自由に過ごしていた時間。

 

 そこで私は決心して、るいるいを誘って部屋を出てきた。

 

 ロビーに複数設置された三人掛けソファーに、向かい合うように座る。


 緊張している私を、るいるいは……ジッと見ていた。


 その声は……ちょっと冷たい。


 私のせいだから……仕方ないのだけど。


「今日のこと……その、謝りたくて」


 部屋にいても落ち着かなかった。

 るいるいとは同じ部屋だけど、昼の一件以来なにも話せてなくて……。


 声をかけるにしても、なにを言えばいいのか分からなくて……。


 だけど、それはもう嫌だ。


 私は……るいるいと話したい。


 話さないとダメな気がしたから。


 ――そうだよね、青葉くん。


「ごめん……るいるい。私、今日変だったよね」


 私は頭を下げて謝罪をする。

 るいるいはなにも悪いことをしていない。


 ここは私が謝らないといけないんだ。


 るいるいは小さく息を吐いて、口を開いた。


「あのさ、晴香。まず一つ……はっきりさせておきたいんだけど」

「……?」

「もっと早く言っておけば良かった。わたしはね――」


 るいるいの言葉を待つ。


 そしていつものように淡々と……を言い放った。

 

「朝陽君と付き合いたいとか……そういう感情、ないから」


 え――

 

 思わず、顔を上げる。


 まさかそっちから……そういう話をされるなんて思っていなかった。


 るいるいの表情は……いつも通りやる気が無さそうで。

 いつも通りだからこそ、とても嘘を言っているような顔には見えなかった。


 私は付き合いが長いから、元々表情の変化が少ないるいるいの感情が……なんとなく分かる。

 

 あぁ、この顔は怒ってるなぁとか。

 嬉しそうな顔だなぁとか。

 ちょっと隠し事してそうだなぁとか。


 口数が少ないからこそ、表情で私はるいるいの感情を汲み取ってきた。


 だから……分かる。


 この顔は……嘘を言っている顔じゃない。


「だから、変に気を遣って……をするのはやめて」

「ちょ……ちょっと待って?」


 続けて話するいるいに、私は思わず口を挟む。


「なに?」


 なんとか頭の中を整理する。


 仮にるいるいが言っていることが本当だとして……。


 じゃあ……どうして?


 だって。


 だってさ。


「だってるいるいって――っ」


 言いかけたところで、言葉が詰まる。


 本当に言っていいのか分からない。

 これを言ってしまったら、私たちの関係が変わってしまうかもしれない。


 それは嫌だし……怖い。

 

 だけど。


 言わないと。言わないと……。


 私はなんとかに絞り出すように……言った。


「朝陽くんのこと――」

「うん、


 ドクン、と脈打つ。

 鼓動が早くなる。


 隠すつもりがなかったかのように、るいるいはサラッと口にした。


 『好き』。


 最もシンプルで、最も分かりやすい……その二文字。


 やっぱり。


 やっぱり好きだったんだ。


「な、ならどうしていつも……!」


 早まる鼓動に比例して声量も大きくなる。


「晴香のことを応援してるのかって?」


 全部言わなくても、るいるいは理解していた。

 私の言おうとしていることを……すでに予想していたのだろう。


「……う、うん」

「それは簡単な理由だよ。わたしはね、晴香」


 私を呼ぶその口角が僅かに上がった。


 小さいけど……確実に笑っている。

 優しく……笑っている。


「ただあんたに、幸せになってほしいだけなの」

「え?」

「好きな人と結ばれて、幸せになってほしい。それがわたしの……望み」


 穏やかに……そう言って。


 あぁ、これもだ。

 これも嘘じゃない……。


 本心から言っている。


 るいるいは本気でそう思っているんだ。


 私の……幸せを望んでいるんだ。


 呆然とする私に、るいるいは話を続ける。


「ねぇ。わたしたちがこうして仲良くなった理由、覚えてる?」


 るいるいの質問に頷く。


 忘れるわけがない。


 あれはたしか……小学二年生くらいのときだ。


「わたしはこういう性格だから……全然友達とかできなくて。いつも端っこで本ばかり読んでた」

「うん。そうだったね。それで……私が声をかけた」

「そう。なに読んでるの? っていきなり声をかけてきたよね。多分、あのときは……いつも一人のわたしを気にして声をかけてくれたんだと思う」


 るいるいは当時から物静かな女の子だった。


 周りの子たちが遊んでいるときも、いつも一人で本を読んでいて。


 誰かと話している姿を見ることなんて全然無かった。


 だから……不意にそんな女の子のことが気になって。


 ――『ねぇねぇ。そんなにいつもなんの本をよんでるの?』


 って。何気なく声をかけた。


 それが私とるいるいの始まり。


 そのことを思い出して笑みがこぼれる。


「ふふ。でも、そのときのるいるい冷たかったよね。『そんなの蓮見さんに関係あるんですか』って。今思えばるいるいらしいなぁって思うけど」

「そ、それは……晴香みたいな明るい子が急に話しかけてきたから。ビックリして……」

「それからだよね。よく話すようになったのって」

「話すっていうか……晴香が一方的に話しかけてきただけだけどね」


 あはは、それはそうかも。

 

 誰かに話しかけたとき、あんなに冷たい対応をされたのは初めてだったから。

 なんだか……新鮮に感じちゃったんだ。


 あぁ……この子面白いなぁって。

 子供ながらにそんなこと思ったっけ。


 それから私は休み時間のたびにるいるいに話しかけて、適当にあしらわれて。


 それで年を重ねていって……気が付いたら、すっかり『お友達』になっていた。


 私、結構強引なことしてたなぁ。


 さすがは子供って感じ?


「最初は怖かったよ。こんな陽キャがわたしに近付くわけないって」


 陽キャって……。


 そういうところは正直、今も変わってないよね。るいるい。


 玲ちゃんが転校してきたときなんて、普通に話せるまで時間かかってたし……。


「それは言い過ぎじゃない……?」

「だから、こうして仲良くできてることがちょっと不思議かも」


 今ではもう、私にとってるいるいは一番の友達……親友だ。


 るいるいがいるからこそ、私はこうして毎日楽しく過ごせている。

 ありがとう、本当に。


「でもね、晴香。わたし……すごく感謝してる」


 感謝? と私は首をかしげる。


「晴香に話しかけてもらうまで……わたし、学校がつまらなくて。家でゲームしてたいってずっと思ってた」

「……うん」

「だけど……晴香のおかげで、わたしは誰かと過ごす時間が楽しいって思えた。他愛のない話をしたり、一緒に遊んだり……そんな小さなことでも楽しかった」


 嬉しい。


 素直にそう思う。

 私も同じ気持ちだから。


「晴香は優しい。いつも誰かのために行動して、自分のことは後回しで。頼まれたらなんでも引き受けちゃうし。……そんな姿をわたしは一番近くでずっと見てきた」


 優しい……。

 青葉くんにも言われた言葉だ。


 私自身、そんなつもりはなくて……ただ困ってる人を放っておけなくて。

 頼みごとは……申し訳ないから断れなくて。


 本当に……それだけなのに。


 それは『優しい』って、言えるのかな。


「そんな晴香だから、自分だけの幸せも手にしてほしいの。優しい晴香だから、幸せになってほしい」


 幸せになってほしい。

 

 最初にるいるいが言っていたこと。


 るいるいの気持ちは嬉しい。

 すごく……嬉しい。


 嬉しいけど……。


 ギュッと、私はズボンを握りしめる。


 何も言えない私に、るいるいは優しく問いかける。


「初恋なんでしょ? 朝陽君」

「……。……うん」

「だったら絶対に手に入れないと。朝陽君、モテモテだから誰かに取られちゃうよ」

「そんなの……!」


 思わず声を荒げてしまって。


 私のその声に、るいるいは肩をビクッと震わせていた。


「そんなのおかしいよ、るいるい。私だってるいるいには幸せになってほしいよ。好きな人と結ばれてほしいよ!」

「晴香……」

「なんでそこで私に譲るの? るいるいだって好きなんでしょ? それなのに幸せになってほしいなんて……私、そんなの素直に喜べないよ――!」


 一番大事な親友の気持ちを犠牲にしてまで、幸せになんてなりたくない。


 私は……るいるいにも笑顔になってほしい。

 二人で……幸せになりたい。


 それって間違ってるのかな? 欲張りなのかな?


 叶わないことなのかな?


「だから言ったでしょ? わたしは朝陽君と付き合いたいって思ってないから。晴香が遠慮する理由はないよ」

「それがよく分からないよ! 好きなんだよね? じゃあなんで――!」


 私の問いに、るいるいは首を左右に振った。


「わたしの好きと晴香の好きは……多分、


 ポツリと、その気持ちを口にして。


 違う……好き?

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