第46話 朝陽志乃は電話越しでも可愛い

『それは……その』


 その? 


 志乃ちゃんの返事を待つ。


『たしかに兄さんにも電話したい気持ちはあったんですけど……』

「うんうん」


 そりゃそうだな。


『でも、兄さんは今ごろ……』


 そこまで言って、志乃ちゃんは口を閉じた。

 

『……』


 あー……これアレか。

 今ごろ……ってことは、ひょっとして司のヤツも誰かと電話してるのか?

 

 部屋を出てくる前、誰かから連絡が来ていたっぽいし……。


 なるほど……その可能性は高いな。


 んで、志乃ちゃんは心配になって俺に司がどうしているのか連絡をしてきたと……。


 ――ふむふむ。これなら俺が相手でもおかしくはない。


 というか、そしたら俺結構やらかしてるな。


 今、司がなにしてるか分からんぞ。

 誰と電話してるのかも分からんぞ。


 ……こんな理由を一から志乃ちゃんに説明させるのもかわいそうだな。


 俺は志乃ちゃんへの質問を中断する。


「オッケー。だいたい分かったよ。司が暇そうになったら連絡しようか? 妹が待ってるぜって」


 勝手にやったらまた怒られそうだし。


『あ、いえ! 時間も遅いので兄さんに迷惑でしょうし……』

「おっと志乃ちゃん。それだと俺には迷惑かけてもいいみたいになるぞ?」

『それは……たしかにそうかも?』

「そうなの!?」

『そうですね。……ふふ、そうなりますっ』


 そうなっちゃったよ。


 俺には迷惑かけてオッケーみたいになっちゃったよ。


「うーん……だけど可愛いので許す!」

『か、かわっ――!?』


 いつものように冗談めかして言うと、志乃ちゃんの声が上ずる。

 

 あれ、おかしいな。

 普段だったら『はいはい。ありがとうございます』って軽く流してくるのに。


 なんかアレだな。


 今日の志乃ちゃん……ちょっと様子がいつもと違う……?


 なにか学校でいいことでもあったのかね。


 まぁでも。

 志乃ちゃんが俺に対してそこまで気を許してくれているのは嬉しいことだ。


「そんじゃ、今日は司の代わりに相手をしてあげよう」

『……昴さんは、兄さんの代わりじゃないですよ』


 俺の言葉を志乃ちゃんがすかさず否定する。


「お?」

『兄さんに電話したかったのはその通りですけど……。私。……昴さんともこうしてお話したかったですからね?』

「……おー」


 おおぅ……。

 それはそれは……。


 突然の言葉に俺は返事を迷う。


『だから、今お話していて……私、とても楽しいですよ?』


 穏やかに志乃ちゃんはそう言った。


 ……。

 これは、もしかして……。


 俺は小さく笑い、軽い口調で問いかけた。


「志乃ちゃん?」

『はい?』

「さっきの仕返し、だよね?」

『あ、バレちゃいました?』


 志乃ちゃんお茶目事件。


「ったく……心臓に悪いぜ。男に対してそういう冗談言わないの」

『でも嘘じゃないですよ?』


 怖い。志乃ちゃん怖い。


「……志乃ちゃん?」

『はーい。ごめんなさい』


 志乃ちゃんは楽しそうに謝る。


 まったくもう……。

 どこまで本気かどうか分からないけど、その気持ちはありがたく受け取っておこう。


 これが日向相手だったら間違いなくアイアンクローしてたぞ。


 志乃ちゃんにはそんなことしないけどね!


『とりあえず、兄さんも昴さんも楽しそうで良かったです』


 司がいなくて寂しいはずなのに、俺たちの心配をしてくれているのか。

 

 本当にいい子だよなぁ、この子。


 アイツがシスコン気味になる気持ちがよく分かる。


 もし俺が本当のお兄ちゃんだったら、男子が志乃ちゃんに話しかけた瞬間飛び出して、その男子の身元チェックするからね。

 

 仮に彼氏なんて言われたら、一週間くらい寝ずにソイツと面接する自信がある。


「帰ったらお土産話たくさんしてやるぜ。俺はネタに事欠かない男だからな」

『それは楽しみです。日向と一緒にみなさんの帰りを待ってますね』

「日向なんて、司先輩と会えなくて寂しいです~! とか騒いでるんじゃないの?」


 ジタバタして叫んでそう。

 

 その姿を簡単に想像できてしまい、思わず笑いがこぼれる。


『あはは……その通りです……』


 本当にそうだった。


 流石は期待に応える女、川咲日向。

 やっぱりアイツは他のヤツとは違うぜ。


「志乃ちゃんも騒いでいいんだぜ? 兄さんと会えなくて寂しいです~! って」

『そっ……! そんなことしません!』

「じゃあ俺が代わりに騒いじゃお。志乃ちゃんと会えなくて寂しいよ~!」

『も、もう……! 本当に怒っちゃいますよ!?』


 それは困る。マジで。

 志乃ちゃんが怒ったら俺ここで土下座することになるし。


 夜のテラスで一人、スマホに向かって土下座する男。


 うーん実にダンディーだ……。


 ここはとりあえず。


「ハッハッハ!」


 笑ってごまかしておくぜ!


『笑ってごまかさないでください!』


 無理でした。

 通用しませんでした。


「へいへい、ごめんごめん」

『許しません』


 しかも許されませんでした。困った。


「マジかよ。じゃあ……どうすれば許してくれるんですか志乃ちゃんさん」

『そうですねぇ』


 志乃ちゃんは『うーん……』と電話越しに考えている。

 

 ヤバいこと要求されたらどうしよう?

 

 月ノ瀬先輩に告白して無様にフラれてくださいとか急に言われたらどうしよう。

 

 いやいやいや、志乃ちゃんだし恐ろしい要求はしてこないだろう。

 ……なんかドキドキしてきた。

 

『それじゃあ』


 考えが決まったようで、志乃ちゃんはその要求を口にした。


『――昴さんの今日の話、聞かせてください』

「え、俺の話? 司のじゃなくて?」

『はい。昴さんの話です。今日なにしたのかーとか、どんなことがあったのかーとか』


 それはそれは……また予想外のことを……。


 今日の志乃ちゃんの言動は予想外のことばかりだ。


「別にそこまで面白い話はないよ?」

『いいんです。きっと私は楽しいですから』

「そうなの?」

『そうです』


 そいつは物好きなことで。


 でも実際、話すネタはあるな。

 渚が超怖かった話とか、志乃ちゃん喜んでくれるかな。


 渚に対して変な印象与えないか心配だけど。


 まぁいいや。渚だし。

 だって嘘じゃないもん。渚怖いもん!


「仕方ねぇなぁ……。そこまで言うなら昴お兄ちゃんがお話してあげよう」

『やった。ふふ、ありがとうございます昴お兄ちゃん』


 うぐぅ!

 昴お兄ちゃんのハートに大ダメージ!


 え、ヤバいねお兄ちゃんって呼ばれるの。


 司毎日こんな体験してるっこと?

 兄さん呼びではあるけど……は? 羨ましすぎるんだが?


 あと二回ほど呼んでくれないかな。

 

 そしたら昇天してそのまま搬送される自信ある。


 それに録音したい。

 毎日今の昴お兄ちゃんの声で起きたい。


 うわ昴お兄ちゃんキモッ!!


「志乃ちゃん、もっかいお兄ちゃんって呼んで」

『お断りします。今のサービスですから』

「マジかぁ。特別だったかぁ」

『特別です』


 なら仕方ないなぁ。

 くそぉ! くそぉ!


 荒ぶる気持ちを抑え、俺は思考を切り替える。


 たしか今日の俺の話……だったよな。


「それじゃあ……最初は朝の点呼の話かなぁ――」


 俺は志乃ちゃんに話し始める。


 もちろん、蓮見の個人的な話とか、そういう部分はカットで。

 勝手に話すわけにもいかないしな。


 ……勝手とカットってなんか似てるね。どうでもいいですね、はい。


 そんな俺の話を、それから志乃ちゃんはずっと楽しそうに聞いていた。


 × × ×


「――じゃあ、そんな感じで。明日も学校頑張ってね」


 それから少し話した後、俺は話を切り上げた。

 時間も時間だし、志乃ちゃんにこれ以上付き合わせるわけにもいかない。


 寝る時間が遅くなったら大変だし。


『あっ――』


 しかし、志乃ちゃんは俺を引き留めるような小さな声をあげた。


「どうかした?」


 もしかしたら、なにか伝え忘れたことでもあったのだろうか。


『い、いえ……! なんでもないです! 今日はありがとうございました』


 けれど、志乃ちゃんからはそれ以上はなにもなくて。

 

 まぁ深く追求するのも良くないし……気にしないでおこう。


「ううん、こちらこそ。いい気分転換になったよ」

『私もです』

「ほんじゃ、おやすみ」


 数秒程度、間を空けて。


『はい、おやすみなさい。昴さん』


 その返事を聞き、俺は通話を切った。

 

 いやー、志乃ちゃんと話すと毎回癒されるなぁ。

 絶対あの子のジョブはヒーラーだよね。


 パーティーに一人は絶対に居て欲しい存在。


 渚は間違いなくデバフ振り撒き要員。

 あいつが『は?』って言うだけで敵の防御力三十パーセント減少するからね。

 恐ろしいヤツだぜ。


「……っと、そろそろ戻るか」


 あまり部屋を離れていると、戻ったときが面倒そうだ。


 俺はロビーへと続く扉まで向かい、ノブに手をかける。


 ――が、すぐに手を離した。


 扉越しに見えた、ロビーにいる二人の生徒。


「あー……これは最悪のタイミングだな」


 蓮見晴香。


 そして。


 渚留衣。


 彼女たちが……ロビーで話していた。


 それも、かなり真剣な様子で。


 俺は急いで先ほどまで立っていた死角の場所に戻る。


 流石に、あんな状況のところに突入できるほどバカじゃない。


「あーあ……もう少し志乃ちゃんに電話付き合ってもらうべきだったなぁ」


 二人がなにを話しているのかは……。


 ――考えるまでもないだろう。

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