第34話 朝陽志乃に幸あれ
――なんて、過去の記憶に想いをはせて。
そして現在。
「あの志乃ちゃんがこんなに感情を見せてくれるようになるなんて……俺はもう嬉しいよ。うぅ……」
ぐすんぐすん。
いや、だってほら。
あのときは『話しかけんなボケ』とか『おめぇなに気安く名前呼んでんだよ』とかいろいろキツいこと言われてたんだぞ?
……え? それはさすがにキャラ的におかしいだろって? それはその通り。
まぁでも冗談は置いておいて、冷たかったのは事実で……。
懐かしいな……マジで。
何度ウザがられようがずっと志乃ちゃんに話しかけてたもんなぁ……。
「……昴さん、さては昔のこと思い出していましたね?」
「お、正解。昔のヒエヒエクール志乃ちゃんのこと思い出してた」
「もう……」
本当に、志乃ちゃんは変わった。
まだ俺や司、家族以外の男性とは仲良く話せるわけではないようだが……。
それでも、雰囲気は格段に柔らかくなった。
「志乃ちゃん」
俺の呼びかけに志乃ちゃんは首をかしげる。
「――良かったな。いい家族と出会えて」
もし母親が離婚していなかったら、志乃ちゃんは今も苦しんでいたかもしれない。
もし再婚相手が司の父親でなかったら、志乃ちゃんの傷は癒されなかったかもしれない。
そんな『もしも』に意味はないけれど。
志乃ちゃんが今の家族に恵まれて、本当に良かったと思う。
志乃ちゃんは俺の言葉に驚いた表情を浮かべたが、すぐに穏やかな顔に戻った。
「……はい!」
元気に頷くその顔は幸せに満ちていた。
もう、あの頃の志乃ちゃんじゃない。
司を『兄さん』と、俺を『昴さん』と呼び慕ってくれる。
俺にとっても今では妹のような存在だった。
まぁ司にこんなこと言ったら、シスコンスイッチONになっていろいろ言われるんだろうけども。
俺はアイスコーヒーを飲み、大きなため息をついた。
「あぁぁぁぁいいなぁぁぁぁ」
「ど、どうしたんですか?」
「こんな可愛くて素直な妹がいて司くんが羨ましいなぁぁぁぁ」
性格良し。容姿良し。
守ってあげたくなる小動物感。
これほど妹に相応しい存在いる? いないよね?
妹になるために生まれてきた逸材なのでは?
「そ、そんなことないですよ……」
「学校ではちょっとクールな感じだけどさぁ、家に帰るとめっちゃ甘えてくれる感じとかさぁ」
サラッと俺が爆弾を落とすと、志乃ちゃんの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「ななな、なんで……!」
「司、普段は美少女に囲まれてるもんな。そらもう家だとその分いっぱい甘えたいよなぁ。うんうん。分かる分かる」
「すす、昴さん……っ!」
志乃ちゃんは慌てて俺の話を止めた。
実際に司と二人きりの姿を見たことはないが、大体想像はつく。
現在、司の周りには基本的に蓮見をはじめとした美少女たちが存在している。
せっかく兄と同じ高校に入ったと思ったら、その兄にはすでに仲の良い女子が複数存在しているわけで……。
お兄ちゃんが大好きな志乃ちゃんからしたら……まぁ、モヤモヤするよな。
外ではそういう『ブラコン』的な雰囲気あまり出さないしこの子。
その分、家では甘えまくってるに違いない。
昴くんナイス名探偵!
「ん? どうしたんだい志乃ちゃん」
「も……もう! 知りません!」
プイッと拗ねて。
「ハッハッハ!」
「すぐに笑って誤魔化さないでください! どうして昴さんはすぐそうやって……!」
司も司で良い妹に恵まれたなぁ。
まさにラブコメ主人公バンザイってやつだ。
さーてと。
志乃ちゃんの体調もだいぶ回復したようだし……。
俺はコップに残ったアイスコーヒーを飲み干す。
「ほんじゃま、そろそろ司たちと合流しよっか。体調は大丈夫?」
「あ、はい。おかげさまで……」
志乃ちゃんはぺこりと小さく頭を下げる。
「早く合流しないと日向に大好きなお兄ちゃんを取られちゃうしね?」
「す、昴さん……! いい加減にしてください!」
「へいへーいっと」
あまりからかい過ぎると志乃ちゃん怒っちゃうからね。怒ったら怖いからね。
何事もほどほどに! 昴お兄さんとの約束だぞ!
店から出るために立ちあがろうとしたそのとき──
「昴さん」
志乃ちゃんが俺の名前を呼んだ。
「ん?」と顔を向ける。
え、なに。もしかしてからかい過ぎた?
『あとで兄さんに全部話しておきます』とか言われる?
そしたら俺、お兄さんによる鉄拳制裁コースじゃん。
あわわわわ……。
「私が変われたのは……兄さんだけのおかげではありません」
しかし、俺の予想とは違って。
志乃ちゃんは優しい顔で俺を見つめていた。
「兄さんとあと……昴さん。あなたがいなければ私は、今こうして幸せな気持ちで過ごすことができませんでした」
突然の言葉に俺はなにも言えなかった。
まさか……こんなことを言われるなんて思っていなかったから。
「昴さんはああ言っていましたけど……。私にとって昴さんは、もう一人のお兄ちゃんみたいな存在ですよ?」
あー……マズい。
変な顔しちゃいそう。
俺は思わず顔を逸らした。
「いつも明るくて、面白くて、ちょっと意地悪だけど……とても頼りがいのある自慢のお兄ちゃんです」
「……あ、あのー志乃ちゃんさん?」
「ふふ、その顔を見られたので満足です。さっきたくさんからかわれたのでお返しです」
「やりました」と、チロッとお茶目に舌先を出して。
志乃ちゃんは楽しそうな表情を浮かべていた。
あークソ……。
そういうの……本当にズルいって。
よくない。不意打ちよくない!
可愛いから余計にズルい!
「ったく……ずいぶん生意気な妹分なことで」
「昴さんの影響かもですよ?」
「……その昴さんとやらにあとで文句言っておかないとな」
「うんうん、そうですね。……昴さんって、意外と褒められたりすることに弱いですよね」
……。
「あかん! このままだと志乃ちゃんに褒め殺しにされる! 逃げなきゃ!」
「わわ、それは大変ですね……!」
白々しいなぁこの娘!
……志乃ちゃん、ずっとニコニコしてるなぁ。楽しそうだなぁ。あー可愛いなぁ。
可愛いだけでもう全部許しそう。
「ほら。冗談言ってないで出るぞ、志乃ちゃん」
「はーい。――冗談じゃないですけどね」
ポツリと、呟く言葉が届く。
司だったら普通に聞こえなくて『え? なんだって?』とか言うんだろうけども……。
あいにく俺は……ラブコメ主人公じゃない。
――ありがとう、志乃ちゃん。
俺は立ち上がり、大きく伸びをする。
いやぁ……ちょっとだけ真剣な話をしたから肩凝っちゃった。
あとで日向のことを弄り倒して発散しよっと。
よし、じゃあ店を出る……前にっと。
俺はスマホを取り出し、司に一件のメッセージを送った。
「昴さん? どうかしました?」
「女の子からいっぱい連絡来るからさ。それの返信してた」
「……夢の話?」
「ちょっと失礼じゃないかな???」
× × ×
その後、俺たちは一階の広場スペースで司たちと合流をした。
「昴先輩、体調大丈夫なんですか?」
「ああもう余裕余裕。志乃ちゃんにいっぱい癒してもらったから。ぐへへ」
「志乃!? ちょ、志乃になにしたんですか!?」
「す、昴さん!? 変なこと言わないでください!」
買い物袋を持っているあたり、日向は無事に買い物を済ませることができたのだろう。
司とデートできて良かったねぇ。
多分司はそんな気持ちないんだろうけど。
なにそれ悲しい。
「――昴?」
ガシッと俺の肩が何者かに掴まれる。
横を向くと、そこには笑顔を浮かべた司がいた。
おかしい。笑顔なのに目が笑ってない。
「――志乃になにか変なことしたのか?」
「しししししてないですじょ!?」
こえぇ。
お兄さんこえぇ。
「あ、そうだ志乃! 見て見て~! 可愛いもの買っちゃった!」
「えっ! 見せて!」
女子二人はキャッキャと楽しそうに話している。
日向は買い物袋から商品を取り出し、志乃ちゃんに見せていた。
……うん、もう体調は大丈夫そうだな。
「昴」
「はははははい!?」
こっちは大丈夫じゃないかもですが!?
「ありがとな、志乃のこと」
「……はぇ?」
「体調悪いって話、お前アレ嘘なんだろ?」
おぉう……なにもかもお見通しでした。
「……なんの話ですかねぇ」
俺はわざとらしく目を逸らす。
そんな俺を見て司が笑った。
「お前が体調悪いって言ったあのとき……志乃の顔を見て気が付いたよ」
あー……なるほど。
だから志乃ちゃんを見てなにか考え込んでいたのか。
自分が付き添うべきなのか、このまま俺に任せるのか。
それを考えていたのだろう。
結果的に俺に任せたってことは……ある程度妹を俺に任せてもいいってことだと思う。
そこは喜ばしい限りだ。
「さすがお兄ちゃん。よく見てることで」
「それはお前もだろ? だからありがとなって話。志乃、大丈夫だったか?」
「……ああ。今はあの通り元気そうだぜ」
俺たちが志乃ちゃんに顔を向けると、日向と楽しそうに話していた。
司は安心したように息をつく。
日向の買い物に付き合っているときも心配だったんだろうなぁ。
「そっか。なら安心だな」
きっと、志乃ちゃんにはこれからも素敵な体験や出会いが待っているだろう。
もっともっと……魅力的な女性に成長していくだろう。
俺も司も、そんな志乃ちゃんのことをこれから先も見守っていこう。
なにがあっても……守っていこう。
司にとってはたった一人の大切な妹で。
俺にとっても親友の大切な妹なのだ。
――ま、そんなわけで。
今日はこの言葉で締めるとしよう。
朝陽志乃に幸あれ。
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