第30話 川咲日向は今日も元気
俺、司、志乃ちゃん、日向。
中学時代から交流のあった四人組。
中学一年生のある日、司の父親が再婚した。
新しい母親には司より一つ年下の連れ子がいて……それが志乃ちゃんだった。
アイツはその日から『お兄ちゃん』になったのだ。
そして一年後、同じ中学校に入学した志乃ちゃんにできた友人。
その志乃ちゃんの紹介もあって、気が付けばソイツも俺たちの輪の中に入っていた。
それが川咲日向。
当時からまぁ……司先輩司先輩〜ってうるさいヤツだったな。
それで中学三年生の冬、二人はよく俺たちと同じ高校に行きたいと言ってくれていた。
いや……厳密には司と同じ高校、か。
志乃ちゃんは成績が良かったからなにも心配していなかったが……。
まさか本当に日向も受かってしまうとは……。
いやはや、愛の力というのは恐ろしいものである。
今でこそ蓮見や渚、月ノ瀬と関わることが多くなっているが、日向と志乃ちゃんと過ごした時間はそれよりも長い。
言ってしまえば、一番気楽に接することができるメンバーだろう。
司も二人のことは名前で呼んでいるし。志乃ちゃんは妹だけど。
──まぁそんなわけで。
志乃ちゃんは今日も可愛いねって話でした。
× × ×
「あっつ……なんなんだ今日……」
夏といえど季節は六月。
にも関わらず、まるで真夏日かのような猛暑に襲われていた。
ニュースでも『今日の暑さはやべぇ。おめーら気を付けろ(意訳)』って言ってたし、本当にそれくらい暑い。
太陽様から降り注ぐ熱と、アスファルトから昇る熱。
熱と熱のサンドイッチに額から汗が流れる。
「いやホントめっちゃ暑いですね〜! 気持ちいいな〜!」
疲弊するどころかテンションが上がっている野生児もいるわけで。
キャッキャとはしゃぐソイツを横目に俺は汗を拭った。
「真夏って感じの天気だなぁ。志乃、体調大丈夫?」
「あ……うん。ありがとう兄さん」
てなわけで、本日は日曜日。
俺たち四人はとある目的のために、現在駅前に集合していた。
その目的というのは、テストを頑張ったご褒美で日向の買い物に付き合うということで……。
本当は司と日向の二人デートになる予定だったのだが……司による善意という名の鈍感主人公ムーブでこのような状況になってしまっているわけである。
「日向……お前ホントに暑さ感じてる?」
「え~? 感じてますよ? あたし今、めっちゃ暑いですよ?」
なんで嬉しそうなんだよ。変態かよ。
「日曜日なので人が多いですね……」
日差し対策に帽子を被っている志乃ちゃんが周囲を見回す。
駅前は最近スポパに行くときも来たが、今日はあの日よりも人通りが多い。
やはり日曜日ということもあるのかもしれない……。
暑いわ人も多いわ日向は野生児だわ……。
今日は家で涼しくお昼寝でもしていればよかったかもしれない。
「んで? 結局今日はなにするんだよ日向」
はしゃぐ日向に声をかける。
「ほら、近くに大きいショッピングセンターあるじゃないですか」
「アレです!」と日向は駅の近くに建てられた大きな建物を指さす。
眩しさに目を細めながら俺はその方向を見た。
「あー……そりゃそうか。買い物だもんな」
「そゆことです! 部活で使う道具もそうなんですけど~」
日向はそのまま司に顔を向けると、ニッコリと笑った。
「せっかくなのでいろいろ見て回りたいな~って! 例えば服とか! 司先輩に選んでほしいです!」
「え、俺?」
「はい! 司先輩の好みの服とか教えてほしいなって!」
「俺の好みでいいのか? そういうのあまり詳しくないよ?」
「いいんです! あたしを司先輩の好みに染めてください……なんて! えへえへ!」
おいコイツはっ倒していいっすか?
自分、やっちゃっていいっすか?
「日向……楽しそうですね」
一人で勝手に舞い上がる日向に、志乃ちゃんが微笑ましそうに言った。
志乃ちゃんの言う通り本当に楽しそうだ。
アイツはいつもハイテンションだが、今日は一段と元気いっぱいである。
やっぱり司と一緒にいるっていうのが大きいんだろうなぁ……。
「だなぁ……思わず手が出そうになったわ」
「それは抑えてください。でも……ちょっと日向には悪いことしちゃったかもです……」
「悪いこと?」
志乃ちゃんに顔を向ける。
「日向はその……兄さんと二人でお出かけしたかったはずなので……」
あー……なるほど。
実に志乃ちゃんらしい考えだ。
俺はニッと笑い「大丈夫だろ」と言葉を返す。
「ホントに邪魔だって思ってるなら、そもそも来るなって言ってるだろ」
司と二人でお出かけしたいから来ないでください! って思ってるなら俺にそう言うだろうし。
「俺と志乃ちゃんが今ここにいるってことは……日向的には問題ないってことなんじゃね?」
「そうでしょうか……」
志乃ちゃんは優しい。
優しいからこそいろいろ考えすぎてしまう。
俺みたいに適当に考えろ……とまでは言わないけど、もう少し肩の力を抜いてもいいだろう。
「そうそう。それに、アイツはそこまで深く考えてないぞ」
「ふふ……たしかにそうかもしれませんね?」
志乃ちゃんは安心したように微笑んだ。
うむうむ。浮かない顔はよろしくないからね。
「さぁ司先輩、行きますよー! 志乃も! ……あとついでに昴先輩もー」
「おうコラてめぇ!」
最初と最後のテンションの差エグいって。
ついでってなんだついでって。
この野郎め……いや野郎じゃないけど。
俺は日向をこらしめるため軽く走り出す。
「うわ! なんか来た! 司先輩逃げましょー!」
「あ、おい日向! 急に引っ張るなって!」
「もう……みんな元気なんですから」
こうして、俺たち同じ中学メンツのお買い物が始まった。
× × ×
「ほらほら司先輩! 次はあっちのお店ですよー!」
「分かったって。ちゃんと一緒に行くから!」
いやマジで……コイツの体力舐めてた。
ショッピングセンターに足を踏み入れた俺たちは、日向に連れ回されるように多くのお店を見て回った。
実際に連れ回されているのは司なのだが……。
俺と志乃ちゃんは二人に付いていくように後ろを歩いていた。
文句の一つも言ってやりたいが……まぁ今日の主役は日向みたいなものだしな。
ここは先輩として黙っておいてやろう。今日だけなぁ!
「にしても人多いなぁ。さすがはショッピングセンター」
全八階で構成されているこのショッピングセンターには、さまざまなお店が入っている。
飲食店や家具、雑貨屋、スポーツ用品、洋服やその他諸々……ここだけで一日は過ごせるだろう。
当然、その分利用者もかなり多く、お昼という時間帯も相まってそれはまぁとても混み合っていた。
俺たちくらいの学生や、子供、大人など……年齢層も広い。
そんな中、現在俺たちは比較的人が少ない雑貨屋通りを歩いていた。
「本当ですね……でも、日向が楽しそうでよかったです」
まるで母親のように、志乃ちゃんは日向のはしゃぎっぷりを後ろで見守っていた。
自分がなにかしてるわけではないのに、この喜びよう……。
それだけ志乃ちゃんは日向のことが好きだということが伝わってくる。
「志乃ちゃんはなにか欲しいものないの?」
志乃ちゃんの左隣を歩いていた俺は声をかける。
「……」
しかし志乃ちゃんからの返事はない。
気になって様子を見てみると、俯いてボーっとしていた。
「志乃ちゃん?」
「えっ、はい……! ごめんなさい!」
改めて呼びかけることで志乃ちゃんは反応した。
うーん……?
「あ、いやさ。志乃ちゃんもなにか欲しいものないのかなって」
「私……ですか? うーん……特に思いつかないですね……」
「ほら、日向じゃないけど……可愛い洋服欲しいな~とか。そういうのあるじゃん?」
「そうですねー……」
志乃ちゃんは地面に視線を落とす。
そして少しの間考えると、再び顔を上げた。
「ノート……とか? 自習で使っているものをもうすぐ使い切っちゃいそうで……」
「ノートかぁ。志乃ちゃんらしいな」
「私らしいですか?」
うんうん、と頷く。
そこで雑貨とか洋服とか言わないあたりが志乃ちゃんらしい。
この子、基本的にあまり欲がないからなぁ……。
前を歩くあの強欲スポーツ女子から少しばかり分けてもらっていいくらいだ。
ホントずっと元気だなアイツ……。
俺が呆れながら日向の後ろ姿を見ていると――
「あっ――」
隣から聞こえた小さな声。
何気なく顔を向けると、志乃ちゃんが足をつまずかせて転びそうになっていた。
「うぉっ……と、危ない危ない」
思わずその華奢な左腕を掴む。
「わわ……! ごめんなさい昴さん……!」
「いいって。大丈夫?」
「は、はい」
あぶねぇあぶねぇ……。
気付くのが遅かったらあのまま転んでたな……。
ナイス昴くん。褒めちゃうぞ。
俺は掴んでいた手を離す。
「ちょっとボーっとしちゃって……」
志乃ちゃんはまるで顔を見られたくないように帽子を深く被り、視線を落とした。
さっきも少しボーっとしてたよな……?
………うーむ。
志乃ちゃんの腕を掴んだとき、彼女の体温が妙に高いように感じた。
それに……横顔だけだからハッキリとは分からないが……顔色も悪く見えるし、息も少し荒い。
もし先ほどからボーっとしていることに関係するとしたら……。
「……」
一つの考えが生まれる。
――なるほどなぁ。
志乃ちゃんの性格なら……そうするよな。
俺は司と日向に顔を向ける。
次はどこ行くんだよーとか、あそこ行きたいですーとか、そういった話をしていた。
後ろを歩く俺たちのことは見えていないだろう。
……ま、仕方ねぇ。
元々今日は司と日向のデートだったんだ。
可愛い可愛い後輩のために、ひと肌脱いでやりますかねぇ。
「あー悪い……ちょっと俺止まるわ……」
三人に聞こえるように言うと、俺は具合が悪そうに頭を抑えて壁際に寄った。
「えっ、ちょっと昴先輩どうしたんですか?」
「おいおい、大丈夫かよ昴」
俺の声に反応して司たちはこちらを振り向く。
突然の事態に心配そうな顔を浮かべて歩いてきた。
「人に酔った……つらすぎ丸……」
うへぇ……と俺は顔を歪める。
「昴さん……?」
志乃ちゃんが俺を見て、困惑した様子で首をかしげている。
おっと……。
ちょっと今はなにも言わないでくれると嬉しいかなー。なんて。
「ちょっと俺は……そこらへんで休んでるからさ。あとはお前らで好きに回ってくれい」
「そんなこと言っても心配だって」
「そ、そうですよ! てか昴先輩って人酔いするんですね。初めて見ました」
おいお前余計なこと言うな。
「んなこと気にしなくていいっての。……あー、じゃあ」
俺は体調不良モードのまま、志乃ちゃんに顔を向ける。
「悪いけど志乃ちゃんさ、一緒に居てくれない? なにかあったら司に連絡できるようにさ」
「えっ……」
予想をしていなかったのか、志乃ちゃんは驚く。
本当に自分でいいの? って思っている顔だ。
志乃ちゃんは俺を見たあと……司と日向を見た。
その後、なにかを察したようにハッとすると……小さく頷いた。
「わ、分かりました。私も昴さんが心配ですし……兄さん、そういうことだから日向をお願いね?」
「うーん……」
司はまだ悩んでいるようだ。
しかし、志乃ちゃんの顔を見るとその目をスッと細める。
そのままもう一度俺を見て……納得したように頷いた。
「……分かった。志乃がいてくれたら安心できるしな。日向もいいか?」
「あ、はい! あたしは大丈夫です! 昴先輩、死なないでくださいね?」
「死なねーっつの」
「日向、あまり兄さんを振り回さないでね?」
「うぐっ……わ、分かった」
そして司と日向は改めてお店に向かって歩き出した。
俺はその背中が見えなくなるまで体調不良モードを続け――
視界から二人がいなくなった瞬間、何事もなかったかのように姿勢を正した。
よーしよし。我ながら名演技だったんじゃないか?
「あ、あの……昴さん……」
そんな俺を志乃ちゃんは申し訳なさそうに見ている。
まったくもう……そんな顔で見るなよ。
俺は周囲を見回した後、志乃ちゃんに提案した。
「よっしゃ志乃ちゃん。とりあえず涼しくて落ち着ける場所に行こっか」
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