第6話 朝陽志乃は今日も可愛い
「おい後輩」
「なんですか先輩」
「なんで俺がお前の紅白戦を見ないとならないんだ」
「あたしだって昴先輩じゃなくて司先輩に見て欲しかったですー!」
放課後、俺は突然やってきた日向によって教室から連れ出された。
そして今、お互い不満そうな顔で廊下を並んで歩いている。
どうしてこんな状況になっているのかというと――。
――『今日部活で紅白戦があるんですけど、あたしにも出番があって! 結果出したら次の大会に出られるかもしれないんですよ!』
――『へぇ。で?』
――『ちょっと先輩! もっと興味持ってくれません?』
――『へぇ。で?』
――『昴先輩はこれだから……まぁいいです。それで、あたしの雄姿を司先輩に見て欲しくって! お誘いに来たんですよ~!』
――『司はいないぞ。じゃ、お疲れ!』
――『じゃあ昴先輩でいいです。あとで司先輩にあたしのかっこよかったところを伝えてもらわないと!』
――『は?』
以上、回想終わり!
いや回想だとしても本当によく分からんな。
なぜ俺がコイツの試合を見ないといかんのか……。
とはいえ、日向は中学から知っている後輩だし無下にするわけにはいかない。
司にはああ言ったものの、俺今日は暇だし。
少しだけ、付き合ってやろう。
「にしてもお前、頑張ってるんだな。女バス」
日向は現在、女子バスケットボール部に所属している。
バスケ自体は中学から続けており、その実力は素人の俺から見ても正直かなり上手いと思えるレベルだ。
というか日向は運動神経がかなりよく、女バスに限らずあらゆるスポーツをそつなくこなすことができる。
中学時代は司や志乃ちゃんと一緒によく試合を見に行っていたことを思い出し、懐かしい気持ちになった。
「ふふーん! ほらあたし、スポーツ女子なので!」
胸を張りドヤ顔を見せる日向。
そんなに張っても無いぞ。なにがとは言わないけど。
俺はうんうんと頷き、笑顔を浮かべてやった。
「その分バカだもんな、お前」
爽やかスマイル!
「そ、そんな笑顔でバカって言わないでくださいー! バカっていうほうがバカなんですー!」
「あ、じゃあ今お前もバカって言ったからバカはお前ってことか?」
「あたしはバカじゃ……あれ? バカって言ったのは昴先輩でバカって言われたからバカって――」
日向はポカンとした顔で「あれ?」と首をかしげた。
そんな様子を見てくくっと俺は笑った。
本当にコイツは話していて面白いヤツだ。
バカとは言ったが実際の話、中学時代の日向の学力といったら……それはもう悲惨だったのだ。
勉強を教えていた志乃ちゃんがよく頭をかかえていたことを覚えている。
そんな日向が司と離れたくない一心で勉強して、見事俺たちと一緒の学校に入学できたのだ。
恐らく相当勉強したのだろう。
その努力は先輩として素直に認めるべきところだ。
……とはいえ、授業には付いていけているんだろうか。
次志乃ちゃんと会ったときにさりげなく聞いてみようかな。
「あ、そうです先輩!」
「なんだ? ちなみに俺に彼女はいない――」
「いや先輩の恋愛事情なんてどうでもいいんですけど」
………。
「司先輩とあの……月ノ瀬? 先輩でしたっけ? お二人はなにか関係あるんですか!? 一緒にご飯食べてましたし!」
さて、どう返答してやろうか。
こんなんでも日向は立派なヒロイン候補。
下手なことを言ってはヒロインレースから退場されたら、親友の俺としては困る。
俺は立ち止まり、意味深に視線を下に落とした。
「それなんだけど……。実はさ……日向」
「せ、先輩?」
日向も同じように足を止め、俺の変化に戸惑いの表情を浮かべた。
ゴクリと、喉を鳴らす。
「司と月ノ瀬なんだけどさ……。その、すげぇ言いづらいんだけど……」
「言いづらいんだけど……?」
「二人はもう……さ」
「ふ、二人は……!?」
俺はゆっくりと顔を上げ、そして。
「なんもありませーん! というか俺もよく知りませーん!」
パァ! と見事なアホ面をかまし、俺は大きな声で言った。
チラッと日向を見ると、泣きそうだった表情から一変し怒りに満ち溢れていた。
わなわなと肩が震えている。
うーむ。これはちょっとやり過ぎたかもしれない。
ここで取るべき行動は一つ!
「さぁ体育館行くかー! フハハハハハ!!」
サササっと速足で廊下を駆け抜ける! 走ったら怒られるし!
すれ違う生徒から変な目で見られているが、そこは気にしない!
「ま、ま、待てコラ昴先輩ぃぃ!!!!」
怒号を背中越しに聞きながら俺は体育館へと急いだ。
× × ×
汐里高等学校には、二つの体育館が存在する。
第一体育館と第二体育館。
行事や集会で使われるのは主に第一体育館だが、俺は今、バスケ部が活動している第二体育館に足を運んでいた。
ギャラリーへと上がり、柵に寄りかかるようにして立って下を見下ろす。
そこには男子体育館を半分に分け、それぞれ男子バスケ部と女子バスケ部が練習に取り組んでいる光景が広がっていた。
キュ、キュっとバスケットシューズの特徴的な音が館内に響き渡る。
「あれ? 昴さん?」
ギャラリーの入り口から聞こえてきた、控えめな可愛らしい声。
顔を向けるとそこには、現在下で試合の準備をしている日向の親友、志乃ちゃんが立っていた。
トテトテとゆっくりと近付き、俺の隣に並ぶ。
「お、志乃ちゃん。ひょっとして日向に声をかけられた?」
「あ、はいそうです。ということは……昴さんも?」
体育館のギャラリーの出入りは自由で、部活を見るなりなんなりで、今の俺にようにこうして立っている生徒は多い。
なんなら恋人が部活を頑張っている姿を見るために来ている生徒もいるくらいだ。リア充は幸せなものである。
あ、リア充って今はもう古い言葉なのかな。どうなんだろう。
「いや、本当は司を連れて来たかったんだと。でも今司はいないから、代わりで俺が連れてこられた」
「あぁなるほど……その光景、想像できちゃいますね」
ふふっと志乃ちゃんは可愛らしく笑う。
「でも、兄さんがいないというのは――」
「ああ、実は――」
首をかしげた志乃ちゃんに、俺は放課後にあったことを話した。
先生に頼まれ、司が月ノ瀬に校舎を案内していること。
蓮見と渚も同行していること。
そして俺は帰ろうとしたときに日向に捕まったこと。
俺が一通り説明を終えると、志乃ちゃんは小さく頬を膨らませる。
「綺麗な女の人三人と一緒だなんて……妹としては複雑な気持ちです」
拗ねてる志乃ちゃんも可愛いなぁ、と俺は内心ニコニコしていた。
俺と司が幼馴染ということは、当然志乃ちゃんとの付き合いもそこそこ長い。
志乃ちゃんが小学六年生の時に初めて会って、そのときから交流がある。
妹がいたらこんな感じなのかな、羨ましいな司この野郎、と何度思ったか分からないほどだ。
出会った当初は俺に対して警戒していた志乃ちゃんも、今ではこうして気楽に接してくれている。喜ばしいことだ。
「ははっ、放課後デートってやつだな」
「むぅ……。校内なのにデートって言っていいんですか?」
志乃ちゃんは唇を尖らせて俺に対抗する。
俺はわざとらしく腕を組み、大きく頷いた。
「うむ、男女が一緒に遊んでたらそれはもうデートなんだよ志乃くん」
「はい青葉先生、校舎案内はデートじゃないと思います」
「む、それはそうだ。素晴らしい意見だね志乃くん」
「ふふ、やった」
なんだこの可愛い生物は。
志乃ちゃんと話していると心が綺麗になったような気がする。どこぞの嵐っ子とは大違いだ。
司が志乃ちゃんを大切に思う理由がよく分かる。
こんなに可愛い妹がいたら守ってあげたくなるもの当然だろう。
「それで昴さんは」
「うん?」
むふっとだらしなく緩んだ顔のまま返事を返す。
「――蓮見先輩に気を遣って同行しなかったんですか?」
ピシッ――! と俺の表情が固まる。
抑揚を感じられない、淡々とした志乃ちゃんの声。
じわり、じわり、とナイフをゆっくりと肌に差し込こまれるような恐怖感。
ツーっと冷や汗が頬を伝う。
眼下で広がる練習風景などもう目に入らなかった。
「い、いやそれはその……違くて……」
「なにが違うんですか? どうして男性を兄さん一人だけにしたんですか?」
「あ、いやその違くはないんですけど……」
緩み切った顔はどこにいったのか、しどろもどろな俺に志乃ちゃんは小さく息を吐いた。
「ふぅ。……もう、分かってますけどね。昴さんがそういう人だって」
ツンとはしているが、先ほどまで感じていた恐怖感は無くなっていた。
俺と司の間では一つの約束がある。
――志乃ちゃんだけは絶対に怒らせちゃいけない。
普段が天使な分、怒ったときの志乃ちゃんは本当に……怖いのだ。
それに、司絡みのことになると尚更である。
「それにしても……月ノ瀬先輩、とても綺麗な方でしたね」
「ああ、ホントな。教室に入って来たときはさすがにビビったぞ。うお! すげぇ美少女来た! つって」
「兄さんはああいう綺麗な方が好きなんでしょうか」
ぽつりと、寂しそうな声。
日向もそうだっただが、やはり月ノ瀬と司の関係が気になっているようだ。
転校初日からあんなに仲良さげなところを見せつけられたら、そりゃ気になるだろうけど。
さすがに志乃ちゃん相手だ。ふざけないで否定しておこう。
「いや、そういう感情はないと思うぞ。昼の時、見ただろ? 司のヤツなにも考えてなさそうだっただろ?」
どうして日向が必死に司を探していたのかさえ理解していなかったのだ。
そんな司が月ノ瀬と一緒に居て『うひょー! 美少女とご飯とかサイコー!』と思っていたとは到底思えない。
「なんだかそれもそれで……ちょっと心配ですけどね」
「大丈夫だって。司、昼休みに志乃ちゃんと会えて嬉しそうだったからさ。心配することないって」
「そ、そうですか? それならよかったです……えへへ」
志乃ちゃんは嬉しそうに笑みをこぼす。
いやもうなんだこの可愛い生き物は。お持ち帰りしていい? あ、捕まるって? そうだよねすみません。
まぁ、これで志乃ちゃんの機嫌も少しは良くなるだろう。
帰宅後にもいろいろ聞かれるのかもしれないが、それはもう兄として司に頑張ってもらうしかない。
「あっ」
女バスの練習を見ていた志乃ちゃんが声をあげる。
「昴さん、昴さん」
クイクイっと制服が小さく引っ張られる。
「どうした?」と返事をすると、志乃ちゃんが女バスのコートを指さしていた。
あ、そうだ俺女バスを見に来てたんじゃん。
志乃ちゃんとの話が楽しくて目的をすっかり忘れていた。
このままでは日向のヤツにまた文句を言われてしまう。
「ほら昴さん、日向が手を振ってますよ」
なぬ?
志乃ちゃんが指さした方向へ視線を向ける。
そこには練習着を着た日向が、俺たちに向かってブンブンと手を振っていた。
「もうすぐ試合が始まるのもしれませんね。頑張ってねー、日向」
胸の前で控えめに手を振り返す志乃ちゃん。
えーっと? なんだっけ? 日向の試合を見て、かっこよかった姿を司に伝えればいいんだっけ?
かっこいい姿なんて見られるのかね……。
日向の実力はよく知っているが、今アイツは一年生だし、高校生ということで全体的にレベルもあがっているはずだ。
でもここは先輩として素直に応援しておこう。
「おー、頑張れよっと」
俺が手を振り返すと、日向の表情が突然ムッと変化する。
そして、恨めしそうに『いーっ!』とすると、そのまま背を向けてしまった。
……。
………。
「もう、日向ったら……」
「アイツ、終わったらお仕置きだな」
「あはは……ほどほどにしてあげてくださいね?」
あーもう決めた。結果が散々だったらめちゃめちゃ言ってやろう。
大人げないなんて知ったことか。
――そして。
女子バスケットボール部の紅白戦が始まった。
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