第5話 青葉昴は親友ポジの役割を全うする
『もう、日向ったら……。すみません皆さん、私も行きますね。月ノ瀬先輩はまた改めてご挨拶させてください』
いろいろな意味で疲れた昼休みが終わり。
本日最後の授業を終え、俺は大きく伸びをした。
今日に関してはマジで授業とかもうどうでもよかった。
司と月ノ瀬の関係が気になって気になって仕方がなかった。
あれから何度か探りを入れてみたが、結局はぐらかされたし。
「よーし、お前ら今日もお疲れ」
ガラガラっと教室の扉が開けられ、大原先生がやってくる。
あとは帰りのホームルームが終われば学校から解放というわけだ。
教卓に立ちグルっと俺たちを見回す。
「連絡事項は一個だけな。今月末に定期試験があることは分かっているだろうから、ちゃんと勉強しておけよ?」
あー……そうだ。
五月といえば、月末に新学期一発目の定期試験があるんだった。
学生である以上、避けることはできない定期試験という名のテスト。
ここ、汐里高等学校はそこそこの進学校ではあるため、当然各種テストに対する熱量は高い。
そりゃ良い大学に行きたい生徒も多いだろうからなぁ……。
とはいえ、テストが好きな人間なんてそうそういないわけで――。
『マジかー! 忘れてたー!』
『えー! テストやだ~!』
といったように、げんなりとしているクラスメイトが多数存在していた。
俺も嫌だし。テスト嫌い。ヤダヤダ。
「月ノ瀬にとっては転校してすぐのテストになっちまうが……まぁお前ならいけそうだな」
思えば、なぜ月ノ瀬はこの五月という時期に転校してきたのだろう。
なんというか……あまりにも時期が中途半端というかなんというか……。
本人とか家の事情とかいろいろあるだろうし、深堀りするわけにはいかないけれど。
そんな月ノ瀬は先生の言葉に対して「頑張ります」と穏やかに返答していた。
授業中の月ノ瀬を見るに、恐らくテストなんて問題ないだろう。
「あーそうだ月ノ瀬といえば、朝陽」
「え? あ、俺ですか?」
突然の名指し。
ぼんやりとしていたであろう司は驚いてガタっと椅子の音を立てていた。
「放課後時間があったら、月ノ瀬に軽く校内を案内してやってくれ。移動教室とか大変だろうからな」
おー……まさかの校内案内イベント発生。
これもラブコメでよく見る展開だ……。
ニヤリと先生は笑う。この人、司の状況楽しんでるなぁ……。
「え、いや、なんで俺が――」
「月ノ瀬ー、案内担当朝陽でいいかー?」
「はい、問題ありません。ぜひお願いできれば……と」
疑問を抱く司に対して、月ノ瀬は特になにも思っていないようだった。
「ほい朝陽、ご指名が入ったから頼んだぞ」
「お、横暴だ……」
ククク……困れ困れ。
お前なんてラブコメ主人公、女子の相手で散々困っちまえばいいんだ。
――え、なにそれ羨ましい。
俺だって月ノ瀬さんをかっこよくエスコートしたかったやい!
ぐぬぬぬぬ。
「てなわけでホームルーム終わり! 解散!」
× × ×
帰りのホームルームが終わると、教室内は一気に喧騒に包まれる。
高校生にとっては放課後こそ本番なのである。
やれ部活に行くとか、やれ帰りはどこに寄っていくとか……。
クラスメイトたちはそれぞれ友人との会話で盛り上がっていた。
「あぁ言われちゃ仕方ないよなぁ……月ノ瀬さん、案内するから行こう」
「すみません。朝陽さんのお時間を取らせてしまって……」
「別にいいよ。なにかこの後用があるってわけじゃないし」
司は面倒くさそうに月ノ瀬に声をかける。
思えば司、月ノ瀬と話すときは他の女子と比べてちょっと様子が違うんだよなぁ……。
なにか、と聞かれれば上手く答えることはできないけど……。
なにかが違う気がする。
「……晴香」
ふと、隣を見る。
すると渚がコッソリ蓮見に声をかけていた。
そしてそのまま、司がいる方を向いて顎をしゃくる。
まるで『お前も行け』と言っているようである。
……なるほど。渚も渚で蓮見のサポートをしようとしているのか。
「え、えっ……」
一方その蓮見。渚の言いたいことは理解してはいるが、一歩が踏み出せないようだ。
どうしよう、とオロオロした蓮見に渚は呆れていた。
うーむ……。
仕方ない、こういうのも俺の役目か……。
「あ、そうだ司」
俺は椅子から立ち上がり、いつもの調子で話しかける。
「どうせだったらみんなで行けばよくないか? 交流も兼ねてさ」
「みんな?」
おう、と俺は頷く。
司自身は、月ノ瀬と二人きりで校舎を歩くということに対してなにも思っていないはずだ。
しかし、ヒロインズからしたら決して見過ごせることではない。
「そう、そこに暇なヤツが二人いるだろ?」
俺は蓮見、そして渚と順番に顔を向ける。
「……え? わたしも?」
当然のように渚は自分を指さして驚いていた。
そしてスッと目を細め、俺に鋭い視線を向ける。
その視線は明らかにこう語っていた。
――『どうして晴香だけにしなかったの』と。
俺はなにも答えず視線を逸らした。
「別に案内だけだからそんな大したことじゃないけど……」
うるせぇな! こっちからすれば大したことなんだよ!
司の鈍感っぷりに内心呆れながらも、今度は蓮見に声をかける。
「蓮見、お前ほら、月ノ瀬と話し足りなそうだっただろ? それともなにか予定でもあったか?」
「う、ううん! なにもないよ! つ、月ノ瀬とまだお話したかったら一緒に行きたいなぁ……なんて。ダメ、かな?」
上目遣いで司を見る。
日向と違って計算とかしてないんだろうけど……ここで上目遣いとは、なかなかやるなこのヒロイン。
美少女に上目遣いなんてやられた日には、それはまぁ……。
「わ、分かった。二人も一緒に行こう」
司、陥落。
アイツ恥ずかしそうに目を逸らしてたなぁ……。
男子高校生相応の感情をちゃんと持っていることに一安心。
……蓮見さん、あとで俺にも上目遣いしてくれないですか???
「昴は?」
「あん?」
おおう次は俺か。ビックリした。
「昴は一緒に来ないのか?」
コイツ鋭いな。
サラッと自分を案内パーティから外していたことに気付かれるなんて。
俺に声がかかったことで女子メンバーの視線が俺に集まった。
うわー……美少女たちが俺を見てるぅ。緊張するぅ。
約一名は『おめぇも来るんだよ』と恐ろしい目をしている気がするか、気のせいだろう。見ない見ない。
……俺が行ったら意味がないんだよなぁ。
俺は大げさに肩をすくめる。
「俺は用事あんだよ。無かったらもちろん一緒に行ってるわこのハーレム野郎!」
「ハーレム?」
お前マジでお前ホントにマジで。
いいから黙って『よっしゃ任せろ!』って言ってくれや。
「よく分からないけど……まぁいいや。じゃあ行こうか、みんな。また明日な昴」
「おー気をつけろよ」
「おいおい、なにに気を付けるんだよ」
笑い合う俺たち。
司は軽く手を振り教室から出ていくと、月ノ瀬も蓮見も付いていくように歩き出した。
「青葉さん、また明日です」
「またね、青葉くん」
「おう、またの」
が、しかし。
一人だけ、まだ残っているヤツがいた。
「青葉」
納得いっていなさそうな様子の渚。
俺をジッと見ていた。
「なんだよお前、早く行けよ」
「なんで晴香だけ行かせなかったの」
想像通りの質問。
渚は晴香だけを付いて行かせようとしていた。
それを俺が邪魔をして、あろうことか自分も一緒に行くことになってしまった。
不満に思うのも無理はない。
俺自身、分かっているうえでそうしたわけだし。
「なんでって……」
溜息をつき、俺は真っ向から渚を見る。
「それを俺に言わせるのか?」
「……」
なにも答えない渚。
俺の言葉の意図は渚自身が最も理解できるだろう。
だからこそ、なにも言い返すことができないのだ。
「るいるいー? どうしたのー?」
廊下から蓮見の声が届く。
渚はなにかを言いたそうにしていたが、唇をぎゅっと結び、俺に背を向けた。
危ない危ない。
このままだと余計なことを言ってしまいそうだった。
助かったぜ蓮見。
「じゃあね」
「おう、また明日な」
渚らしい、素っ気ない一言。
最後のパーティーメンバーが教室から出ていったことを確認して、俺は大きく溜息をついた。
今の数分間のやり取りでドッと疲れた気がする。
最後の渚さん……怖かったぁ……。
「さてと……帰るか」
用事なんてものは俺にはない。
その場しのぎの適当な嘘だった。
俺が一緒に行ってしまったら、蓮見は司に上手くアピールできないだろう。
別に特定の誰かを優遇するつもりはないが、今日は月ノ瀬玲というトンデモヒロイン登場のせいで蓮見の影が薄かったしな。
さすがに蓮見がかわいそうではあった。
上手くアピールしてくれることを願いつつ、俺は机の横にぶら下げた鞄を手に取った。
――まったく、つくづく思う。
ラブコメの親友ポジも楽じゃ――。
「つつつ司せんぱぁい! いますかぁ!」
…………。
ドタバタドタバタ。
教室内の飛び込んでくる元気いっぱいの声。
無視してしまいたい欲を抑えながら、俺は嫌々ながら入り口を見る。
そこには。
「はぁはぁ……! あれ、司先輩は?」
息を切らした川咲日向が立っていた。
あのさ。
お前なんでそんな登場の仕方しかできないの?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます