第4話 後輩ヒロインは欠かせない

『司先輩! あたしも絶対同じ高校行きますから!』


 ――中学時代の卒業式。

 校門で俺と司、そして一人の後輩女子は話していた。


 後輩は涙で目を腫らしながら、司の制服の裾を握っている。


 大好きな先輩と、その先輩との別れを惜しむ後輩による中学最後の会話。


 わたくし青葉はそんなラブコメシーンをぼんやり眺めていた。


『ああ、待ってるよ。日向ひなた

『ぜっっったい待っててくださいね!?』


 川咲かわさき日向。

 夕焼けをそのまま映したような色をした髪と瞳が特徴的だろう。

 腰くらいまで伸びているであろう髪は、首の後ろで二つに結われている。


 俺たちの胸元くらいに頭が届く小柄で、そして健康的に引き締まった体型。


 普段は勝気な我らが後輩の可愛らしい顔は、今は涙でぐしゃぐしゃになっていた。


『うっかり綺麗な女の人に惚れちゃダメですからね!? 先輩には可愛い可愛いあたしがいるんですから!』

『はいはい分かったって。お前も勉強頑張れよ?』

『がんばりばずうううう!!』


 別に一生の別れじゃないってのに、元気なヤツだなぁ……。

 

 俺は卒業証書が入った丸筒で日向の頭をポンポンっと軽く叩いた。


『マジでお前、成績悪いんだからちゃんと勉強しろよ?』

『す、昴先輩は黙ってくださいーっ! いーだっ!』


 ぐしゃぐしゃの顔のまま俺へと顔を向け、まるで獣の威嚇のように唸っている。

 

 俺と司で対応変わりすぎだろコイツ……別に今更だけどさ。

 

『このままだと司は高校で美少女彼女を作っちゃうかもなぁ! はっはっは!』


 わざとらしく俺は言うと、日向の顔がみるみるうちに焦りへと変わっていく。

 

 この通り日向はいつも無駄に元気がよくて、表情もコロコロ変わる。

 思ったことがすぐ顔に出てしまうため、正直見ていて飽きない。


 まぁ……うるさいときの方が多いが、話していて面白いヤツではある。


『つつ、つ、つ、司せんぱああああい!!』

『いや昴が勝手に言ってるだけだからな!? 昴もあまり日向をいじめるなって』

『悪い悪い。顔がぐしゃぐしゃになってるのが面白くてさ。てへっ!』

『あ、ホントに気持ち悪いのでやめてもらっていいですか昴先輩』

『お前なんで急に冷静になるの?』


 そんなこんなで。

 この喜怒哀楽全開元気っ娘が、中学時代からの俺たちの一つ年下の後輩、川咲日向なのである。


 ――なぜ、急に思い出したのか。


 それは。


 × × ×


 ――現在。


「あーっ! やっと見つけましたよ先輩!」

「ひ、日向……! 迷惑になるよ……!」


 ワイワイと仲良く昼食をとっていた俺たちに対して飛んできた女子の声。

 顔を向けると、そこには美少女が二人立っていた。

 

 中学時代と変わらない元気な声。

 不機嫌そうに膨らませた頬。


 日向と呼ばれた女子のキッと開かれた夕焼け色の瞳が俺たちを射貫く。


「ん? おお、日向!」


 川咲日向。

 俺と司の中学時代からの後輩である。


 で、そのお目当ての人物であろう司は、呑気に手を振っていた。


 コイツ、日向が今なにを思っているのか分かってないんだろうな……。

 あんなに分かりやすくプンスカしてるのに……。


「おお日向! じゃないですよ司先輩! あたし探したんですからね!?」


 ずんずんと大股で俺たち……いや司へと近付く。


 その後ろから申し訳なさそうな様子で、もう一人の女子もやってきた。

 とりあえず日向は無視して、俺はその女子に向かって軽く手を振り上げる。


「よっ、志乃しのちゃん」

「こんにちは、昴さん。すみません。お邪魔してしまって……」


 ペコリと小さく頭を下げた彼女は、朝陽志乃。


 そう、朝陽。

 

「志乃も一緒だったんだな」

「うん、兄さん。昼食中にごめんね? 日向がもうすごく強引で……」

「なるほどなぁ……想像できるよ」


 司を兄と呼んだ女子、志乃ちゃんは困ったように眉を寄せていた。


 朝陽志乃。

 黒髪ロングの正統派美少女。少し控えめなその佇まいは、まさに大和撫子を彷彿とさせる。


 志乃ちゃんは妹……といっても、司とは血の繋がった実の兄妹というわけではない。


 俺たちが中学一年生……志乃ちゃんが小学六年生のとき、司の父親と志乃ちゃんの母親が再婚したことで二人は兄妹となった。


 そう。つまり義理の妹である。


 美少女でとても心優しい、天使のような義理の妹である。


 ――うん。だからなにこのラブコメ。


 義理の妹なんてそりゃまぁラブコメには欠かせない必須要因だよなぁ!?

 むしろ幼馴染なんて大事なポジションに、今俺が付いちゃってることに対して申し訳なくなってくるわ!

 

 「それで志乃。二人はどうしてここに? 俺を探してたーって言ってたけど」


 義理とは言ったものの、二人は本当の兄妹のように仲がいい。

 司は志乃ちゃんのことをそれはもうかなり大切に想っているし、志乃ちゃんも司のことを慕っている。


「あ、うん。それが、日向がね――」

「先輩! なんかすっごく可愛い転校生が来たって聞いたんですけど!? ホントですか!?」


 兄妹の間に割って入る日向。

 

 あー転校生……。

 だからそんな慌てて司を探していたのか。


 というか月ノ瀬が転校してきたことが下級生にまで広がってるとは……。

 まぁ午前中の休み時間の度に、ほかのクラスの生徒が見に来てたからなぁ……。


 ド級の美少女が転校してきたんだ。気にならないわけがないだろう。


 俺がほかのクラスだったとしても、絶対見に行ってたはずだ。だって美少女見たいもん!


「あーなんだそんなことか」

「そんなことって……! 先輩! あたしにとってはそんなことで済ませる案件じゃないんですぅ!」


 のほほんとしている司。焦る日向。

 うーん、中学時代からよく見かけた光景だ。


 とはいえ、司のことが大好きな日向からしたら焦ってしまうのも仕方ないだろう。


 好きな人のクラスに、噂になるレベルの美少女が転校してきたのだ。

 

 ただでさえ、後輩という立場である以上、一緒にいられる時間は限られているし……。


 蓮見でさえも朝ヤバかったからな……。


「川咲さん、相変わらず元気だね」


 ストローで紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら、渚が他人ごとのように呟く。


 日向と志乃ちゃんは今年入学してきたばかりの一年生で、お互い親友同士だ。

 そして既に俺たちとは何度も交流している。主に日向のせいだけど。


 司に会いに来る口実で俺たちのところに来るせいで、蓮見や渚とも交流関係が出来上がっている……というわけだ。


 ちなみに渚さん、もちろんこの日向たち相手に対しても初対面時はしっかりコミュ障モードを発動していました。


「元気すぎるんだよ、コイツは」


 司のことで頭がいっぱいになっているのか、俺たちには目線すら向けていない。

 それほど今回の件は日向にとって大きな事件なのだろう。


 まったく……仕方のない後輩だぜ。


「おい日向」


 日向に向かって声をかける。

 

「なんですか! 今あたしは司先輩と大事な話を――!」


 とんでもない形相をした顔を向けられる。

 しかし相手が俺だと認識した瞬間、表情が真顔に戻った。


 パチクリと瞬き。そして。


「あ、なんだ昴先輩。いたんですか」


 この言い草である。


「なんだとはなんだお前コラ」

「司先輩以外の男子はみーんなジャガイモに見えるっていうか~」

「お前今すぐ眼科行け」 


 てへっ、と日向はあざとく笑う。

 ずっとそうだが、コイツ俺のこと舐め過ぎでは?


 いつまで経っても変わらない日向ワールドっぷりに溜息をついた。


「あ、晴香先輩に留衣先輩も! こんにちは!」

「あはは……やっと気付いてくれたんだね。こんにちは日向ちゃん、志乃ちゃんも」

「こんにちは川咲さん、志乃さん」

「ごめんなさい……日向のせいで先輩たちの時間を邪魔してしまって……」

「ううん! 大丈夫だよ、気にしないで」


 頭を下げる志乃ちゃんに二人は問題ないと首を振る。

 

 いやー……本当に礼儀正しい子だなぁ。とても日向と同い年には見えない。

 よくもまぁこんな嵐みたいなヤツと上手く付き合っているもんだ。


 いや、むしろ二人だからこそ上手くいっているのか?


 控えめな志乃ちゃんを日向が引っ張り、暴れがちな日向を志乃ちゃんが上手くサポートする。


 案外いいコンビなのかもしれない。


「それで……なんだけどさ、日向」

「はいなんですか司先輩!」


 お前司と話すときだけ目キラキラするのやめろ。少女漫画みたいになってるぞ。


「その噂の転校生なんだけど……ほら」

「ほえぇ?」


 司はゆっくりと月ノ瀬へと顔を向ける。

 それに釣られて日向も月ノ瀬を視界に捉えた。


 突然の後輩の乱入に戸惑っていた月ノ瀬だったが、日向に顔を向けられるなりニコりと微笑んだ。


 表情管理完璧かよおい。

 

「コホン。私がその転校生だと思います。美少女かどうかはよく分かりませんが……」


 安心しろ、お前は誰が見ても美少女だぜ。


「あわわわわわ!! し、志乃ぉ! 見たことない女の人が司先輩と一緒にいるんだけど!? めっちゃ綺麗な人なんだけど!?」

「お、落ち着いて日向。だからこの人がその転校生なんだって」

「えええぇ!? ほ、本当ですか司せんぱぁい!」

「ああ、ホントだよ。月ノ瀬玲、今日から俺たちのクラスメイトなんだ」

「あわわわわわわわ!!! ……わぁ……わわ……」


 忙しいヤツだな。

 

 現実を受け止めきれていない様子の日向。

 まるで今朝の蓮見のように、ショート寸前だった。


 志乃ちゃんはそんな日向を現実に戻そうと奮闘している。


「その……大丈夫ですか?」


 月ノ瀬は立ち上がり、心配そうな表情を浮かべて日向たちに声をかける。

 

 その瞬間、日向がビクッと肩を震わせた。

 どうやら無事に現実に戻って来られたようだ。


 日向は改めて月ノ瀬を見ると、キッと睨みつける。


「あっ……! あっ……!」


 あ?


「あたしは絶対負けないんだからぁぁぁぁ!! うわーーーーん!!!」

「え、ちょっと日向!? 日向ー!?」


 それはもう悪役もビックリな素晴らしい捨て台詞を言い残して走り去っていった。


「……」


 そして残ったのは沈黙。

 

 自分がなにかしてしまったのではないかと、月ノ瀬だけはオロオロしていた。

 

 大丈夫だ月ノ瀬。アイツが勝手に暴走しただけだ。


 勝手に乱入して場を荒らして勝手に盛り上がって勝手に立ち去る。


 嵐の申し子かアイツは。


「えっとー……」


 蓮見がなんとか場をもたせようと頬を掻く。


 残された志乃ちゃん。

 謎に捨て台詞を残された月ノ瀬。

 未だに状況がよく分かっていない俺たち。


 俺たちが今言いたいことは、ただ一つ。


「結局、なんだったの?」

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