第3話 月ノ瀬玲は完璧ヒロイン
そんなこんなで昼休み。
各授業の合間に司なり月ノ瀬なりに話を聞こうとしたのが……見事に撃沈。
クラスメイトによる質問攻めのせいで俺、渚、そして蓮見は蚊帳の外状態が続いていた。
月ノ瀬にはそれはもうたくさんの質問が飛んでいた。
前の学校のことや髪の手入れ方法、化粧品の云々など。
そのなかで、恋愛関係云々の質問に対しては――。
『みなさんが想像するような関係ではありませんよ。本当にその、今朝少しだけ助けてもらって……それだけです』
と、自分たちは特別な関係じゃないと否定していた。
朝のホームルーム後なにを話していたのーとか、司関係の様々な質問が飛びかかったが二人は……主に月ノ瀬が上手く躱していた。
結局、今朝司が何度か月ノ瀬に言おうとしていたことは謎のままに終わり、ホームルーム以降なにも言うことはなかった。
それにしても、月ノ瀬玲という女子。
――あまりにも完璧属性だった。
授業中の受け答えは完璧、三時間目の体育ではバスケをやったのだが、女子バスケ部が驚くレベルの大活躍。
言葉遣いも丁寧で、誰かを不快にさせる要素が今のところ一切ない。
容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、焼肉定食。おっと異物混入。
と、まぁ……とにかく。
そんなもう脱帽レベルで完璧超人だった。
わが校の生徒会長もなかなかの完璧超人なのだが、それに並ぶ逸材かもしれない……。
「んぁ~! さぁ昼休みだ! 飯だ!」
昼休みを知らせをチャイムと同時に俺は解放感に包まれる。
いやー授業マジでしんどかったな。今朝の一件のせいで全然内容が頭に入ってこなかったわ。
「ねぇねぇ月ノ瀬さん! お昼一緒に食べよ!」
「月ノ瀬さん! 一緒に食べよう!」
「あっ、ズルい! 私だって!」
左後ろの喧騒。
この転校生、初日でクラスメイトの心を掴んでいやがる。
そりゃあ、あれだけ完璧っぷりを見せつけたらなぁ……誰でも憧れるわなぁ。
月ノ瀬さん、月ノ瀬さん――やいのやいの。
すっかり月ノ瀬はクラスメイトに囲まれていた。
「あっ、えっと……私は……」
笑顔を浮かべながらも、困った様子が見受けられる。
転校初日というだけでストレスが溜まるだろうに、あれだけガヤガヤ話しかけられたら困るだろう。
ふむ……どうしたものか。
ここはこの不肖わたくし青葉昴が颯爽と手を差し伸べるか?
お嬢さん、困っていないかい?
ふっ、これは惚れるな。よし。
俺はゆっくりと椅子から立ち上がり、月ノ瀬の周りに群がるクラスメイトに声をかけ――。
「はぁ……ったく仕方ないなぁ」
ようとしたとき、司が面倒くさそうに立ち上がった。
あれ? あれ、これ……始まる?
「月ノ瀬さん、昼ご飯行こうぜ」
――あ、始まったわ。
ガリガリと頭を掻きながら、照れくさそうに司が声をかけていた。
青葉昴モテモテ計画、失敗!
いや、んなことどうでもよくて!
俺は目の前で起きた出来事にかなり驚いていた。
「嘘だろ……? 司が……女子を誘った……だと!?」
「えっ、青葉くん。それがどうかしたの?」
蓮見、そして渚が興味深そうに俺を見てきた。
「お前らさ」
信じられないものを見るかのように、俺は目をパチパチさせながら言葉を続ける。
「昼飯でも遊びでもなんでも、司が女子を誘ったこと……見たことあるか? お前ら、誘われたこと……あるか?」
俺の言葉にハッとする二人。
言葉を失い、なにも言うことなくゆっくり首を左右に振っていた。
そうなのだ。
たしかにモテることが多い司ではあるが、軟派な一面はまったくない。
というか司は自分がモテるってことを自覚していない。
必要以上に女子に声をかけるはなく、昼飯だって誘われない限りは俺たちと食べている。
そんな司が昼飯に女子一人を誘うなんて……俺ですら初めて見たほどだ。
えー……マジか。
司にそうさせるほどのこの転校生って……本当に何者なんだ?
「朝陽君……いいんですか?」
今回の司のムーブには月ノ瀬自身も驚いているようだった。
目を丸くして司に尋ねる。
「いいよ。時間も無くなるからさっさと行こう。弁当とか持ってきてる?」
「あ、はい!」
月ノ瀬は慌てて鞄から巾着を取り出して立ち上がる。
準備ができたのを見届けると、次に司は呆然としている俺たちに顔を向けた。
「昴たちも一緒に行くだろ?」
………。
…………。
俺たち三人は顔を見合わせる。
そして、再び司へと顔を向け――。
「もちろんだぜ司くん!」
「い、行く!」
「わたしも」
× × ×
人気の少ない校舎裏の芝生にやってきて俺たちは、輪になって座り、各々お弁当を広げていた。
俺以外の四人は彩り豊かなお弁当に対し、俺のはザ・男の弁当を言わんばかりの茶色率!
でも美味いのだから仕方ないだろう。
――さて。
俺はグルだと四人を見渡し、口を開く。
「午前中はバタバタしてたし自己紹介タイムでもどうよ? 月ノ瀬のこと俺ら全然知らないし」
「う、うん! みんなに囲まれちゃってたからね……」
「あー……そうだな」
「……」
渚だけがなにも言わずに控えめに頷いていた。
コイツ、さては勢いでついて来たはいいものの、いざ月ノ瀬を目の前にしてオドオドしてるな。
俺にはもうグサグサいろんなことを言っているが、こう見えてこの渚留衣はいわゆるコミュ障気味なのである。
俺と司だって、最初は全然喋ってくれなかったし……。
今では口を開けば攻撃してくるかなぁ。主に俺に対して。
口だけに口撃つってな! 上手いっ!
「……ねぇあんた、今かなり失礼なこと考えてない?」
「いいいいいや別に?」
エスパーなの?
「キョドりすぎでしょ……引く」
引くな! 失礼だろ!
クワっと俺の右隣に座る渚を見たときには、呑気に卵焼きを口に運んでいた。
「えっと……みなさんは仲がいいんですか?」
そんなやり取りを見ていた月ノ瀬の一言。
司が苦笑いを浮かべながら頷いた。
「うん、まぁね。俺たちは去年からクラスメイトでさ。このいつも変なこと考えてそうなのが青葉昴。コイツは俺の幼馴染なんだ」
「変なこと……?」
「基本変なことばっか言ってるけど、面白くていいヤツだよ」
……?
俺の紹介に対して蓮見と渚は小さく笑っていた。
俺は左隣にすわる司の肩の上に手を乗せる。
「おうコラ幼馴染。俺の魅力が一切伝わらない紹介やめてくれる? 月ノ瀬が変な覚え方したらどうするの?」
「そうか? 別に嘘は言ってないだろ?」
「いやいやいや……ちょっと蓮見、渚。お前らもなにか言ってくれよ」
「えー……っとー……」
「ナニカ」
あ、ダメだこいつら。
蓮見は戸惑ったように視線を上に流し、渚に関しては論外である。
終わった。俺の紹介、終わったわ。
「ふふ、青葉昴さん……ですね。楽しい方ということは理解しました。よろしくお願いいたしますね?」
綺麗な微笑みを俺へと向けて。
「えー……好き」
男子高校生というのは単純である。
ポッと頬を赤らめる俺を、月ノ瀬を除く三人が呆れたように見ていた。
やれやれ、と溜息をつきながら司は「えっと、次は……」と蓮見に視線を向ける。
視線に気が付いた蓮見は緊張した様子で背筋を伸ばした。
「あっ、うん! はじめてまして、蓮見晴香っていいます。よろしくね、月ノ瀬さん」
「はい、よろしくお願いします。そのメロンパン? のヘアピン可愛いですね」
「ほ、本当!? ありがとう! えへへ、これ気に入ってるんだ」
「どこで買ったのか、あとで私にも教えてください」
「もちろんだよ!」
共感を得られて嬉しい蓮見は一人でキャーっとはしゃいでいた。可愛い。
美少女たちの戯れ……良きかな。
さて。
蓮見も終わったことだし、残るは――。
「それじゃー、最後は渚さんだな」
「ぇっ!」
なんて声出してんだお前。
突然の振りに渚はビクッと肩を震わせる。
なにかを言うのかを考えているのか、それとも困っているのか、渚の視線は泳ぎまくっていた。
なんか……アレだな。
久しぶりに渚のコミュ障モード見たけど……。
ぷぷっ……なんか面白くなってきた。
「わ、わたしはな、渚……留衣です。よろしく……お願い……します」
シュンと下を向き、尻すぼみに小さくなっていく声。
最後に関してはもはやなにを言っているのか分からなかった。
コイツ、いつもトゲ吐いてるのになぁ。なんか微笑ましいなぁ。ぷぷぷ。
「渚さんは初対面の人相手だと緊張しちゃうんだってさ。決して月ノ瀬さんと話したくないとかそういうわけじゃないと思う」
「朝陽君……」
あれ?
「うんうん。るいるいは昔からこうなんだ。あ、私とるいるいは小学生のときからずっと一緒でね。最初私と話すときも大変だったんだよ?」
「は、晴香……ちょっと恥ずかしいから……!」
あれあれ?
「なるほど……。ふふ、その気持ちよく分かります。私も今こう見えて結構緊張していまして……」
ぷぷぷってしてるの俺だけ?
日頃の恨みも込めて俺が一人で楽しくやってるなか、司たちがすかさずフォローを入れていた。
というか、俺だけなにもしていなかった。
……おいおい待て待て! それだと俺が最低な男みたいなヤツじゃないか!
頑張って自己紹介をしようとしてるのに、それを助けない薄情な男みたいじゃないか!
………。
みたいってかその通りだなおい! ごめんね渚!
「えーそうなの? 全然そう見えないよー!」
「その……あまり緊張を見せないよう努めているのですが……成果が出ていたようでよかったです」
「ホントに緊張してるのかって疑うレベルだよ。ってことは、クラスメイトに囲まれてるときとか結構ヤバかった感じ?」
「はは……その、結構ヤバヤバでした……」
「なんか月ノ瀬さん可愛い~!」
俺が一人で葛藤をしているというのに、司たちは盛り上がっていた。
やべぇ完全に入るタイミング失った。
会話を盛り上げるのは親友ポジである俺の役目なのに!
さりげなく会話に入ろうとしたそのとき。
「ねぇ青葉」
同じく三人の会話を見ていた渚が、低く……そして冷たい声音で俺を呼んだ。
ゾクッ――。
あーこれヤバいなぁ。
動揺する心を押さえて俺はニッコリと笑顔を作った。
「ななな、なんでしょう渚さん?」
ダメだ全然動揺を抑えられてなかった。
俺の笑顔に対して、青葉はゆっくりとこちらを向き――。
同じように……素敵な笑顔を浮かべた。
それはもう……素敵な笑顔だ。
目が笑ってないし、なんか影差してるし。変なオーラ見えるし。
うーん。なんて素敵な笑顔なんだろうか。逃げちゃダメかな。
しかし、笑顔は笑顔だ。別に恐ろしいことを言われるなんてことは――。
「さっき、笑ってたよね? ――絶対許さない」
青葉昴物語、これにて完結。
× × ×
――いやいや終わらねぇから!
あぶねぇあぶねぇ、思わず完結するところだった。
あの後、渚に対して渾身の土下座を披露したのは言うまでもない。
今日だけで何度変な姿を見せただろうか。
月ノ瀬はすっかり俺のことをギャグ要員だと認識してしまったようだ。
――そして現在。
「いやもうマジでさ、朝ホントにビビったんだぞ? ラブコメか! つって」
「う、うんうん! 朝陽くん、こんなに綺麗な人と知り合いのなの!? って。私すごい焦っちゃって……」
「焦る? なんで蓮見さんが焦るんだ?」
「えっ!? あ、ああ、朝陽くんは気にしちゃダメ!」
「そ、そうか……?」
「晴香、それただの自爆」
すっかり俺たちは打ち解け、ワイワイと話していた。
渚も相槌程度ではあるが上手いこと会話に参加できている。
月ノ瀬も楽しそうな様子だし、いい雰囲気を作れてよかった。
これもあのとき、司が昼飯に誘ったおかげだろう。
さすがは主人公……といったところだ。
このまま無事に昼休みは終わりそう――。
「あーっ! やっと見つけましたよ先輩!」
「ひ、
元気な女子の声が響き渡る。
この聞きなれた声……恐らく俺たちのグループに向かって叫んでいるだろう。
声の主へと視線を移す。
そこには。
私不満です! と言わんばかりに頬を膨らませた勝気そうな女子と。
そんな友人をなだめている黒髪美人女子――。
二人の女子が立っていた。
先に一つ、言っておくのならば。
彼女たちもまた、朝陽司のヒロイン候補である。
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