第42話 最後の選択肢
エレベーターの扉が開いた。
マキタが出現しない偶数回のエレベーターで降りてきたのは、ショタ兄貴。
ここまでのアローたちの動きはすべて、ショタ兄貴を確実に祭壇まで到達させるためだけの一点に集中したものだった。
<恵比寿>を所持したショタ兄貴が、祭壇へ向かう。
彼に死なれては<恵比寿>も失われてしまう。
そのために、奇数回のエレベーターにアローとミコンが乗り込んでマキタを引きつけ、チャンスを作ったのだ。
ダッシュで祭壇へと走るショタ兄貴。彼をフォローするために、ミコンが走り出し、合流しようとしている。
「小賢しい除霊師め」
マキタがこちらの意図を察し、レーザーを放つ。
『エスケープしろ!』
アローが叫ぶが、ショタ兄貴は反応しきれずに、マキタのレーザーを思い切り喰らう。
HPバーが一瞬で全部赤になるが、死んではいない。
すかさずミコンの回復がいく。ミコンがショタ兄貴を回復魔法の圏内に入れている。
逆にアローは圏外のはず。
『マキタ、てめーの相手は俺だ』
アローが飛び込み、チェンソーを薙ぐ。だが、マキタの動きはそれまでとは違った。
軽くステップし、アローのチェンソーを躱したのだ。
『なんだマキタ。てめー、小栗の命を吸い取って、格闘ゲーム・スキルでも手に入れたか』
「徹矢ぁ、舐めるなよぉぉ、これが俺の実力さぁ」
マキタのいうことは、嘘とはったりと誤魔化しばかり。
だが、獲得した格闘ゲーム・スキルらしきものは、本物だった。
すっとステップインして、すばやくもどる。小刻みな動きで、アローとの間合いを測る。
だが、そういう戦いなら、徹矢はだれにも負けない。たとえ相手が神でもだ。
アローのステップイン。マキタがスウェーバックし、攻撃圏内から逃れる。
あえて追わず、下がるアロー。
そこをステップインして追いすがるマキタ。だが、先読みで横薙ぎを置いているアロー。
ヒット! マキタ・エヴォルヴのHPが削れる。ドレインされ、短くなるHPバー。HP上限が減らされているため回復できないマキタ。
だが、ものともせず大技を出してくる。
そのやり方は正しい。アローにはガードが不能。サイドステップで外す徹矢。マキタの技硬直に、突きを入れる。
またもヒット。マキタがヒット・エフェクトでのけ反っているうちに、連撃の横斬り。さらに回転斬り。
ただし、つぎは入らないと判断したアローは、ガード・キャンセルで連撃を停止。
来ると予想していたマキタはガードからのリバーサルを狙っていたが不発。
ガード・ポーズで固まったマキタの十分の一秒をついて前転でエスケープ。
反応して手を出すマキタ。
二人が入れ違うように前に出て、背中合わせからの一撃。アローがわずかに速い。
が、マキタは超反応で、技キャンセルからのエスケープ。
綺麗に逃れて、遠間に立つ。そこからの大技。車輪大回転の連続縦斬り。
「くそっ」
徹矢はうめく。やはりガード不能はきつい。
来るのがわかっていたが、どうにもならなかった。
三連撃を喰らって、HPが半分。さらに半分。そこからまた半分。
いっきにHPが八分の一、12・5%まで削られる。アローのHPバーが真っ赤。ただし、ミコンの回復は来ない。
だが、ここでショタ兄貴が祭壇に到達していた。
所持アイテムである<恵比寿>を祭壇に置く。それがスイッチであった。
いきなり、海底神殿が震えた。
海の水が光を放ち、透明ドームの外から、白い光が差し込んでくる。
まるで曇天の雲間から差し込む日輪光のように、幾筋もの光輝が神殿の床を照らしてマダラ模様を描く。
「やめろぉ、」
マキタが叫ぶ。
「俺は出て行かないぃ。ここは俺の居場所だ。ここから俺は立ち去らないぃ」
恵比寿神が来訪している。マキタはこの場を明け渡して、出雲へと行かねばならない。それが神のルールだ。だが、マキタはそれを拒否する。
「戦え、徹矢。俺と戦え」
『往生際が悪いぜ、マキタ。神様のくせによ』
揶揄して斬りかかるアロー。
「おおおおおおおおお」
マキタの声がゲーム機の中から不気味に響く。それに呼応するように、徹矢の周囲で地響きのような重低音が唸り、突然に周囲が揺れ出した。
地震だ。
突然徹矢のいるレイヤーちゃんの部屋が揺れ出す。まるで神の両手が部屋を左右から摑んで揺すっているかのような激しい横揺れだ。
建物がくじ引きの箱のように揺すられている。
レイヤーちゃんがぱっと目覚めて「地震!」と叫び、徹矢の身体にしがみつく。
「だいじょぶだ」
言いつつ、ゲームする手は止めない。ゲーム機の中からマキタの呻きが響いてきている。
アローの斬撃。マキタのガード。そこからのリバーサル。徹矢のHPがさらに半分に。
『諦めろ、マキタ。お前は俺に勝てない』
地震はいつまでも続いている。ガタガタとレイヤーちゃんの部屋の家具をゆするその勢いは、いつまで経っても弱くなる気配がない。
ガード不能の武器にチートなキャラクター。あとから獲得した格闘ゲーム・スキル。さらには人の部屋をゆすって物理的に妨害を仕掛けてくるその卑怯さ。
こんなクズなゲーマーに、徹矢は負けるわけにはいかない。
「いいや、徹矢。俺は勝つ」
マキタの声が割れ始めている。キャラの崩壊が始まっている。
「ここまでして勝てないはずがない」
マキタの攻撃。アローは正確にさがって躱し、反撃。
それを読んだマキタはガード。そこからのガード・リバーサルをマキタはもうミスしない。
アローのHPがさらに半減し、のこり1ドット。体力はあと1しかない。
マキタの攻撃。アローは躱して反撃。
だが、読まれていた。下がったマキタは、アローの技にかぶせて、大技を。
「徹矢ぁ、おまえのぉぉ、負けだぁぁぁ」
マキタの<カラドボルグ>がアローを両断した。アローのHPがゼロに!……ならなかった。
『残念だな』
アローのHPは1からそれ以上は減らなかった。
アローは構わず、<ドラキュリアン・チェンソー>の連撃をマキタ・エヴォルヴにヒットさせる。
HP半減の計算式は、×0・5で、端数は切り上げである。すなわち、HPが1の相手からは、それ以上HPを減らせない。
『ダーク・イェーガー』はチーム・プレイが基本のゲームである。最強のSS武器<カラドボルグ>を敵に使用した場合、この最後のHPは他の仲間に削ってもらわねばならないのだ。
アローの連撃が、動きを止めたマキタ・エヴォルヴのHPをどんどん削ってゆき、残りわずかとなる。
だが、マキタはあきらめず、わずかなスキから反撃。その攻撃はアローにヒットするが、ダメージは奪えない。
アローは神業のようなしゃがみダッシュでマキタ・エヴォルヴの懐に入り込むと、トドメの一撃を、低い体勢の隠剣から逆袈裟に斬り上げた。
マキタがすべてのHPを失い、ばったりと後ろにダウンする。
「負けた!」
仰向けに倒れたマキタが、すべてを吐き出した声で告げる。
と同時に地震がとまる。部屋に静寂がもどり、画面に流れていたバトル・エフェクトも戦闘音楽も止まる。
「負けた! だが、楽しかった!」
仰向けのマキタが、心底といった声で天に向けて言葉を放つ。
「これが徹矢、おまえの見ていた世界なのか」
『やっと知ることができたか、マキタ。本当のゲームの楽しさを』
「ああ。驚いた。負けたのに、こんなに楽しいとは」
いいながら、マキタ・エヴォルヴの身体がきらきらと光る細片に崩壊し、風に飛ばされる灰のように散ってゆく。
「徹矢、俺は神になりたかったんだ」
マキタの声がすがすがしく響く。
「バカな奴だと思うかもしれないけれど、みんなに『神』って言われたかったんだよ」
『わかるよ。お前だけじゃない。そりゃ誰だって「神」って呼ばれたい。俺も同じさ』
そう告げたアローの言葉は果たして昇天するマキタに届いたのか否か。
「そうなの?」
レイヤーちゃんが徹矢のとなりで悪戯っぽく訊ねてくる。
「そうなのさ」
徹矢がこたえるとレイヤーちゃんが出来の悪い弟を愛でるように徹矢の頭を撫でた。
そして、「わあ、綺麗」と目をみはる。
ゲーム画面の中で、海底神殿が淡い光に包まれていた。
ドームの外にあった海水が消失し、ピンクの色に埋め尽くされている。
桜の花だ。円球状に神殿を覆った桜の花が、淡い桃色の花びらを、降るが如く泣くが如く、雪のようにはらはらと散らしている。
透き通るような女神の歌声が流れ、綺麗なエンディング曲が始まった。
それは、もともと『ダーク・イェーガー』にはない曲だった。聞いたこともない、初めて聴く曲。
なんだよ、これ。マキタのセンスか? だとすれば、こういう才能はあったってことじゃないのか?
五月雨のような桜吹雪の中。
むこうからミコンとショタ兄貴が歩いてくる。
『終わりましたね』
ショタ兄貴がたんたんと告げる。というより、ゲーム慣れしていないのだろう。
『なにこれ、卒業式のつもり?』
ショタ兄貴の後ろからミコンが吹き出しを表示する。なんかちょっとクレームっぽいのが、いかにも彼女らしい。
『あたしたち全員、生き残れたってこと?』
『わかんねえぜ』
アローは舞い散る桜の花びらを見上げて、腕を伸ばす。
『なにせ、あのマキタのクエストだからな』
やがて、ぶーんとい音を立ててゲームが終了する。
画面が真っ暗になる。そして、そこに最後のダイアログ・ボックスが開いた。
『ゲームをセーブしますか?』
<セーブ> <キャンセル>
どうぞ、好きな方を選んでくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます