第41話 神とのデス・マッチ



 エレベーターから飛び出せば、そこは海底神殿。円形のステージ。

 一番奥に階段があり、その上に祭壇が設えられている。いまその祭壇は空っぽ。


 神殿に飛び出したアローが目指したのは、ただし祭壇ではない。右の壁。


 とにかく右の一番奥を目指す。アローをダッシュさせながら、徹矢は視点を回して後方確認。


 ついてくるミコンと、追ってくるマキタを画面に入れる。さらに、神殿奥からダッシュで急接近するスプリングを。


 スプリングはガンナーであるため、その武器は銃器。

 接近して戦う必要はないのだが、ある程度自動ホーミングする銃器でも、距離が開くと命中しづらい。

 そのため、一定の距離まで接近する必要がある。


 さらに、現在スプリングを操っているのは小栗である。もともとのガンナー使いである大藪ではない。つまり、銃の腕が悪いのだ。


 小栗が撃つ以上は、なおさら当たらない。

 もっとも、現在のスプリングはマキタの眷属にされてしまっているので、果たしてどれほど小栗の意志が働いているかは怪しいが。


 徹矢はアローをダッシュさせながら、スプリングとマキタの様子をうかがう。


 ガンナーは走りながら銃撃できない。おなじく、マキタも走りながらレーザーは撃てないようだ。

 さらに、マキタ・エヴォルヴのダッシュ速度は、他のキャラと変わらない。格闘キャラに特化した分、それだけプレイヤー寄りのスペックに変更されているようだ。エヴォルヴ以前のあの超高速の移動速度は失われている様子。


 これは助かる。

 

 ということは、ショタ兄貴の言う通り、マキタは神であるにもかかわらず、ゲームのシステムに縛られている。


 壁に到達したアローは、そこで止まらず、弧を描いて旋回し、マキタに斬りかかる。


 マキタ・エヴォルヴはエスケープで前転回避し、アローに向かい合う。


 すかさず、アローに重なってミコンが立つ。マキタは撃とうとしたレーザーを諦め、<カラドボルグ>を振るう。


 打撃技でくると判断したミコンが下がる。速いな、と徹矢すら舌を巻く彼女の判断力。


 アローはガード不能の<カラドボルグ>を躱し、マキタの斬撃にかぶせて返しの逆袈裟。


 チェンソーが血煙を吹き上げる。マキタ・エヴォルヴのHPが削れる。


『マキタ、お前が教えてくれたんだったよな。HPドレインはエネミーのHPを減らすんじゃなくて、HPデータを減らすんだってな』


 アローが揶揄すると、マキタ・エヴォルブが「くそが」と毒づく。


 SS武器である<カラドボルグ>のHP半減は、エネミーもしくは<アリーナ>でのプレイヤーのHP量を半分にする。


 が、<ドラキュリアン・チェンソー>のHPドレインは、敵の持つHPの最大値を書き換えて減らしてしまうのだ。

 つまり、HP超回復のあるマキタ・エヴォルブであっても、その上限値が下がるため、実質回復不能のダメージを受けることになるのだ。


 そしてそれを徹矢に対して、偉そーにご教授してくださったのが、他ならぬマキタさま本人である。


 アローの連撃。だが、それが横からのスプリングの銃撃によって邪魔される。


 アローとミコンが、やられモーションを取ってダメージを受け、マキタがチャンスを得て斬りかかる。


 アローのHPが、<カラドボルグ>のHP半減を受けて、いきなり半分。そこからさらに4分の1。洒落にならない。


 すかさずミコンの回復がくる。

 二人のHPが補填されるが、マキタとスプリングの攻撃は止まらない。


 アローはだが、マキタの初撃をエスケープし、側面に回避。


 一方スプリングはハンドガンによる銃撃をミコンに集中させている。どうやら彼女から先に始末するつもりらしい。



 だが、そのスプリングの気遣いが、マキタの逆鱗に触れた。


「小栗ぃ、てめえぇぇ、なに人の女に手ぇ出してるんだぁ」


 マキタ・エヴォルヴが身を翻し、いきなりスプリングにレーザーを放った。

 赤い糸のような光線が、奇怪なカメムシの怪物となったスプリングの身体を貫く。


 神の怒りか、非モテ男の嫉妬か。

 びくりと身体を震わせたスプリングは硬直し、そこへマキタの容赦ない二発目のレーザーが突き刺さる。


 その瞬間、スプリングの怪物じみた身体は、わっと炎をあげて燃えあがった。めらめらと火焔を立ちのぼられせたグリーンの甲殻が、たちまちのうちに消失する。


 小栗が死んだ。もしかしたら、大藪も。


 ぞっとするが、すでに徹矢は人の死に慣れてしまっている。心に衝撃はうけるが、指は止まらない。


 マキタ・エヴォルヴの背中に、チェンソーの一撃。削れるときに削っておかないと、自分が死ぬ。

 だが、アローのその背後からの一撃を、マキタ・エヴォルヴは躱した。


「うそ!」


 徹矢はゲーム画面を、信じられないものでも見るみたいに凝視する。


 マキタ・エヴォルヴはいま、小栗の命を吸って、さらに進化していた。


 外見は変わらない。だが、その動き、もしくは反応速度に、強烈なブーストがかかったようだ。


 マキタ・エヴォルヴが、アローの連撃を、まるで剣の達人のように、華麗かつ流麗な動きでつぎつぎと躱す。


 そして、アローが技を出し切ったあとの硬直モーションに、思い切った大技のジャンプ斬りを入れてきた。これは本来なら大ダメージの大技だ。


 ただ、幸か不幸か、マキタの遣う<カラドボルグ>にはHP半減の属性がある。

 アローのHPが半分になるが、そもそもHP量が少ない。その半分だから、削られダメージはかえって僅少。

 変なところで<カラドボルグ>の特性の欠点が出た。


『ラッキー』

 わざと告げて、返しのチェンソー。


 マキタがガード。そこからの、ガード・リバーサル!


 ばちっという衝撃とともに、アローのHPがさらに半減。4分の1に。


 そして、そのタイミングで、到着したエレベーターの扉が開いた。


「来たか」

 ゲーム画面を見つめる徹矢は、ほっとつぶやく。


 ここからが、正念場だ。




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