第40話 アローの対神戦略


 マキタ・エヴォルヴが放った赤いビームが、アローの胸で反射して、そのままマキタ・エヴォルヴの胸に突き刺さった。


 着弾と同時に胸から爆炎を吹いて、マキタが「ぷぎゅっ」と悲鳴をあげて後ろへ吹き飛ぶ。


 背中からダウンしたマキタを、アローが思いっきり嘲笑する。


『いいかげん、受け身くらい取れよ。あ、このゲームに受け身はないか。にしても、「ぷぎゅっ」ってなんだ、「ぷぎゅっ」って。そこは、「ひでぶっ」って言うところだろ。ほんとお前は面白いな』


「くそ、なんだこれ」


 なにが起こったのかわからないマキタは、のろのろと立ちあがる。


 その彼の視線の先には、アローの胸から生えた腕があった。

 その腕に装着されているのは、レア・アイテム<アイギスの盾>。すべてを反射させる特殊武器だ。


 それはミコンが地下牢獄で拾ったものであり、いまそれを装着したミコンが、アローの中からゆっくりと現れる。


 『ダーク・イェーガー』は協力型のゲームだ。

 その手のゲームでは通常、プレイヤー・キャラは重なって存在することができる。すなわち、ミコンはアローとほぼ重なった状態でマキタの前に立っていたのだ。


「ミコぉぉン、なに徹矢とくっついているんだよ。いつからお前ら、そういう関係なんだよ」


『気色悪い。このキモオタ、油デブ、汗ローション。あたしの前に姿を現すな』


「ああ、ミコン。たまらねえ。好きだぁ。お前を抱きたい。激しく犯して、狂わせて、俺の性奴隷にしたい」


『エロマンガの読みすぎだ、中二脳。セックスで得られる快感は、女は男の十倍。気持ちいいのは女の方で、男こそが女の性奴隷だろ。あんたみたいなデブ奴隷に触られるくらいなら、死んだ方がマシだ』


「ははははは、殺さねえ。ミコンは殺さねえよ」


『ゲーム・クリアできなければ、死ぬし。クリアしたら、願いを叶えてもらうし』


「死なないよぉ」

 マキタの胸の、下膨れの骸骨がにたにたと笑う。

「あのアイザックみたいに、肉体だけ殺して、その精神はいつまでもこのゲームに囚われるようにしてやる。そうすれば、永遠にお前は俺の性奴隷だ」


『え?』

 さすがのミコンも驚いたようだ。

『あんた、あたしの身体じゃなくて、ゲームキャラを抱きたいの!?』


「そうだよぉ。だって可愛いじゃないか、ミコン。永遠に俺のものにしてやるよ。俺のでっかい物でお前の中を突きまくって、快感の嵐に狂わせてやるぅ。よだれ垂らして失禁して絶頂を迎えさせて──」


 マキタの言葉を遮るように、ミコンが攻撃魔法のファイヤー・ブレイクを放つ。


 火炎の壁が画面いっぱいに立ち上がり、視界が奪われる。マキタの姿もミコンの姿も見えない。


 だが、徹矢は時間を稼ぎたい。もし、ミコンとマキタの会話がヒートアップして、その間戦闘が休止できるのなら重畳だ。


『マキタ、このド変態。人間のクズ。最低のゴミ。存在自体が汚物』


 火炎の中、ミコンの罵倒が文字となって表示されている。


 だが、おそらく攻撃魔法のダメージをまったく受けていないマキタの声は、小馬鹿にした猫なで声で響く。

 聞いていて気色悪いのは徹矢も同じ。


「なあ、ミコン。そもそもがお前が悪いんだろう? 俺を殺したりするから!」


 マキタの叫びに、徹矢ははっと息を飲んだ。思わず隣で寝ているレイヤーちゃんの様子をうかがってしまう。


『あれはお前が悪いんだろう!』


 ミコンも激昂している。ファイヤー・ブレイクを連射する。


 炎の壁がつぎつぎと立ち上がる中、ミコンのセリフが吹き出しとなって浮き上がる。


『お前が! 暗がりで待ち伏せして、いきなり後ろから抱き着いて、スカートの中に手を入れてきたから。だから突き飛ばした。あんなの当然だろう!』


「それで、ぼくは道路に出ちゃってトレーラーに轢かれたんだよぉ。きみに殺されたも同じじゃないかぁ」


『知るか、そんなこと。勝手に轢かれて、勝手に死んだだけだろ。あたしはあのとき、恐怖に頭がパニックになっていたんだ。あの恐怖が、お前に分かるか!』


「いやいや、ミコぉン。俺は感謝しているんだぜぇ。お前のおかげで、俺は神になることができたんだ。だからさ、今度はお前を、その神の花嫁に──」

 マキタの声質が変わった。野太く響く低温が、魔王の呪詛のように画面を震わせる。

「してやろうってんだよ!」


 ばりっとミコンのHPバーが九割削れる。ミコンを殺して、アイザックのようにこのゲームの中に取り込もうというのか。


 徹矢はちらりと画面右上のミニレーダーで敵の位置を確認しながら、炎の海の中で剣を振るった。


 いつも使っている大剣ではない。いま使用しているのは両手剣。<ドラキュリアン・チェンソー>。


 さくっとマキタ・エヴォルヴのHPが削れる。ただしほんの少しだ。与えるダメージは少ない。だが、「+20」というグリーンの数字がアローの頭上に表示され、すぐに消えた。


「あん?」


 アローに胸を斬られたマキタは、別段痛がる風もなく、わが身を斬り裂いたアローの武器を眺める。

 そして、胸の骸骨の表情を変化させた。


「徹矢、なんじゃそりゃ。なんでそんな低級武器を持ち出してきた?」


 アローのもつ両手剣<ドラキュリアン・チェンソー>は、グリップに小型エンジンを装備したチェンソーである。


 直剣の刀身はチェンソーになっており、刃部に嵌められたチェーンには吸血鬼の牙が機械部品のように並んでいる。

 斬撃の瞬間チェーンが回転して、幾本もの吸血鬼の牙が相手の血を啜るのだ。

 そして、この武器の特性はなんといってもこれ。

 <HPドレイン>。


 すなわち、相手のHPを吸収することができる。まさに、吸血のチェンソー。


『ホラーなお前相手に使うには、相応しい武器だろ』


 アローが大型のチェンソーを引っ提げ、マキタ・エヴォルヴの前に佇立する。


 彼の背後で、景色が変わる。エレベーターが海底神殿に到達しようとしている。


 神殿にはスプリングがいるはずだ。マキタの傀儡。敵のガンナー。二対二となれば分が悪い。

 だが、それはさけられない現実だ。


「ふん、アロー。そんな低級武器を持ち出して、この神である俺に何をしようって言うんだ。たった20のHPを奪ったとして、与える打撃は所詮スズメの涙ほどだ」


『なんか忘れてないか?』


 アローは滑るようにフロント・ダッシュで間を詰め、マキタの動きを見切ってもう一撃与える。

 チェンソーのエンジンが唸り、赤い血がしぶくエフェクトが表示される。


「痛くねえぞ」

 嘲笑うマキタは、アローの次の一撃をわざと胸で受けた。

「そんなオモチャでなにが出来る」


『そうかぁ?』


 アローはチェンソーの連撃をマキタのエヴォルヴな身体に与えながら、つぎつぎとHPをドレインする。


 <ドラキュリアン・チェンソー>の属性は大剣ではなく両手剣になるため、太刀のような連打がきく。それを利してつぎつぎと攻撃をマキタに与えるアロー。


 血しぶきが五月雨のように舞い上がり、「+20」、「+20」とアローの獲得するHP表示がつぎつぎと浮き上がる。


「気づかねえんなら、どんどん頂くぜ」

 そっとつぶやいてボタンを連打する徹矢。


「えーい、いいかげんにしろ」


 マキタが連撃をいつまでも続けるアローに苛立ち、とうとう<カラドボルグ>の一撃を放つ。


 アローはバック・ダッシュで回避して刃を見切り、<ドラキュリアン・チェンソー>を正眼に構える。


 そこでやっとマキタは異変に気づいたらしい。


「ん? なんだ?」


 そう。

 バカがやっと気づいた。


 自分自身のHPが、四割近く削られて、まったく回復していないことに。


 そのタイミングで、エレベーターが海底神殿に到達する。


『ミコン、走るぞ』

 アローとミコンは駆け出した。


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