第39話 VS神
『旧暦十月のことを
ショタ兄貴はしずかに語りだした。
『これは民間伝承ですが、この神無月に、日本全国津々浦々の神々がすべて、出雲大社にあつまると言うのです。そして、そのとき留守番をつとめるのが恵比寿神であると言われています。つまり、恵比寿神が来訪したのなら、そこにおる神は、出て行かねばならない。それはここの神であるマキタも同様です』
『つまり、<恵比寿>の像を海底神殿に置けば、マキタはここを去る、と?』
『彼はこのゲームの中で、ゲーム・システムに縛られて存在しています。ゲームの世界に存在する神です。であるならば、神としてのルールには従わざるを得ない。ゲームとは必ず、ルールがあるものだからです』
『じゃあ、<弁財天>でダメで、<恵比寿>でなければならないってことか』
アローはショタ兄貴の返答をまたずに、踵を返す。
『よし、急ごう。神像は七つしかないし、出現場所も限られている。<恵比寿>は絶対に見つけられるさ。これは簡単なゲームだ』
<恵比寿>の神像はすぐに見つかった。
アローもミコンも、その出現場所は知悉していたし、あとは出現ポイントを最短ルートで回るだけである。
<恵比寿>は、ミコンが、ダンスホールの暖炉の中で見つけた。
『あとはこれを、海底神殿の祭壇にセットするだけですね』
ショタ兄貴がほっとした様子で言葉を表示する。
『ほんとに上手くいくの?』
懐疑的なミコン。
『だが、他に方法はないだろ? つぎつぎやってみよう。俺たちは永遠にゲームを続けることはできないからな』
アローは肩をすくめる。
そう。マキタとちがって、徹矢たちは永遠にゲームし続けることはできない。
事実、徹矢は激しい疲労と眠気を感じていた。デスゲームで寝落ちとかはマジ勘弁である。
『ただし、マキタがそう簡単に、<恵比寿>の像を祭壇に置かせてくれるとは思えませんがね』
と、ショタ兄貴。
『作戦がいる、かな』
アローは頭の中であれこれシミュレーションする。
『スプリングはどうするの?』
ミコンの問い。
『ああ、うざいな』
アローは答える。
『あいつの銃撃のダメージは大したことないが、着弾の衝撃で動きを止められるのは、マキタの相手をしている時は致命的だ。なんとかしないとな』
『そういうことじゃなくて、殺すの?』
直接的な表現である。と、同時にそれは徹矢もしっかり認識していなかった事項だ。
なんとかするとは、倒すということ。ただしそれは、小栗もしくは大藪の死を意味する。
『出来ればスプリングという人を殺さずに、このクエストを終わらせましょう』
そう提案したのはショタ兄貴だ。
『<恵比寿>像を置いてクエストが終われば、マキタはここを立ち去り、スプリングのプレイヤーは助かるかも知れない。助からないかも知れませんが』
『スプリングを殺さずにクエストを終わらせること、できますか?』
徹矢の問いに、ショタ兄貴が答える。
『ダメなら諦めましょう。もうわれわれも後がない』
『ダメなら、殺します』
ミコンが明確に断言する。
そう断言しておかないと、躊躇してしまうからだろう。
たぶん、徹矢が。
「わかってるねえ」
ゲーム画面を見ながら小さくつぶやく徹矢。
彼の隣では、彼の腕につかまった体勢でレイヤーちゃんが寝息を立てている。
この女神さまが目を覚ます前に、決着をつけたい。できれぱ、ハッピーエンドな方法で。
『じゃあ、行きますか。朝にならないうちに』
アローがメンバーを促す。
『つぎのエレベーターは、マキタが出るよ』
ミコンが教えてくれる。
『ああ。乗ったらもう、バトル開始だな』
『ラスト・バトルかな?』
そう告げるミコンが、とても頼もしく見える。
なんのかんの彼女は、難しいと言われる魔導士という職業で、あの怪物マキタを相手に死なずについてきている。
『ダーク・イェーガー』では、魔導士が戦場で生き残るにためは、戦闘力の高い戦士に助けてもらう必要がある。
そして、そのために魔導士は戦士を回復して死なないようにしてあげねばならない。
さらにそのためには、魔導士は敵の攻撃を受けてダウンしているわけにはいかない。
ダメージを受けた戦士を的確に回復するためには、魔導士は立っていて、いつでも回復魔法を撃てる状態である必要がある。
そのためには、敵の攻撃を絶対に受けない回避力が要求されるのだ。
とくにHPが少なく、防御力の弱い魔導士は、敵の攻撃を受けるわけにはいかない。
事実、ここまでミコンは敵の攻撃をほとんど喰らっていなかった。
ガードのできない魔導士である。だから、ミコンはここまで、ほとんどすべての攻撃を躱してきたことになる。
すごい技術であると、徹矢も認めざるを得ない。
彼女に背後を任せておけば、もしかしたらあのチート・モンスターのマキタ・エヴォルヴすら倒せるかもしれない。そんな気持ちで徹矢はアローを前に進ませた。
『頼むぜ、ミコン』
たったひと言に、その気持ちのすべてをこめる。
『ええ』
彼女の返答も、たったそれだけだった。
アローたちを乗せたエレベーターは、地底城の尖塔からゆっくりと降下し、海面下へと沈み込んでゆく。
海底の青い光がドームの中を満たし、幻想的な風景が周囲を包み込む。
そのあたりで、雰囲気がかわった。
地獄の底で蠢く死者どもの怨嗟の響きか、悪鬼の慟哭か。奇っ怪な音階がマキタ出現を告げる死のメロディーを奏でる。
ドームの床に闇が立ち込め、黒い血だまりが広がる。その底から黒い怪物が立ち上がる。
エイリアンのような長頭のスカル。細身の身体を包むぴっちりしたスケート・スーツ。胸には丸っこい骸骨フェイス。
その左眼には赤い宝玉が嵌まり、眼球のようにぐりぐりと動いている。
そして、その手にはSS武器の<カラドボルグ>。
画面の上にエネミーのHPバーが表示される。
エネミー・ネームはマキタ・エヴォルヴ。さっきと変わっていない。
新たな進化はないということだ。
最初は恐ろしかったマキタの登場も、何回も見ていると滑稽に見えてくるから不思議だ。このあたりは、さすがマキタといえた。
アローは立ち上がるマキタに対して、わざとゆっくり近づく。
『よお、マキタ。ときにお前、神様になっても汗っかきなの?』
「ぬかせ、徹矢ぁ。いよいよ決着をつけるときが来たなぁ。いつも偉そうに俺を見下していたお前を、ここで完膚なきまでに叩きのめしてやるよ」
マキタは<カラドボルグ>を肩に担いてアローを待つ。
『嬉しいねえ。お前からそんなセリフを聞ける日が来るなんて、これは感動もんだよ』
「だまれ」
マキタ・エヴォルヴの胸の赤い左目が、まっすくにアローを睨んだ。
宝玉<ダーク・クレスト>。その赤眼が光を放ち、必殺のビームがアローを撃つ。
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