第38話 神ならば祓えない


「ああ、そうさ」

 マキタはしゃれこうべの頭部をカタカタと震わせて、快活に笑った。

「この俺は、神なのだ! 認めろ、徹矢。この俺が神であると!」


『やだね』


「だったら、もう要らねえ。おまえは、要らない奴だ!」

 マキタがダッシュする。


『おん!』


 ショタのセリフがその動きを阻害した。


 だが、マキタ・エヴォルヴが動けなくなるわけではない。真言の束縛に逆らい、それでも前進する。


『強すぎる』

 ショタが後ろに下がる。

『とてもとても、除霊できるレベルではない。ここはいったん引きましょう』


 そう告げるとエレベーターへ向かって走り出した。アローとミコンもそれに続く。


 三人が駆け込み、扉が閉まる寸前、動きを回復したマキタとスプリングが、それぞれレーザーと銃撃で攻撃を仕掛けてきた。


 扉の間から突き込まれたそれらは、アローとミコンにヒットしたが、二人のHPをゼロにするまでには至らなかった。


 するすると上昇し始めたエレベーターの中で、アローは疲れたようにたずねる。


『逃げるとしても、いったいどこへ?』


『とりあえず、上、ですかね』


 こたえるショタの言葉を見て、中太という人が案外のんびりした性格だなと、徹矢は思う。


『いや、しかし、困った』


 吹き出しチャットだから、言葉はマンガの吹き出しみたいに表示される。

 その文言からも、不思議とそのキャラクターが出て、『困った』というショタの兄貴の口調が、あまり困って聞こえないことに徹矢は心の中でちょっと苦笑する。


『マキタの奴が神になったというのは、本当ですか?』

 徹矢は訊ねてみる。


『はい。神は人に崇められ、祭られ、その力を増します。あのマキタという少年の怨霊は、この世界で崇められ、たくさんの命を生贄として捧げられ、すでに神となっています。本人も自覚はないでしょう。神となってしまった存在に、人間臭い感情はあまりない。が、生前もっていた恨みつらみ、執着などは残っているようですね。そこが付喪神などとはすこし違って厄介なところです』


『除霊は無理ですか?』


『すでに霊ではありません。祓うとか、滅するとかは難しい』


『神になれたんだから、あいつは満足してそうなもんだけど』

 アローが言うと、ミコンが言葉を挟む。


『マキタの望みは、あんたに勝つことでしょ。あんたが負ければ、それで満足すると思うよ。あたしのことは殺さないと気が済まないだろうけれど、あんたは、負けてそれでも命があれば、マキタは生かしておくはず。その方法をためしてみては?』


 最後の問いは、ショタ兄貴に向けられたものだ。


『難しいと思います。彼はすでに神になっている。生きていたころの執着を解いて成仏させるのは、怨霊には有効ですが、神にまでなってしまった存在には通用しないでしょう。それより、このゲームのシステムで、なにか神を奉り、天へと押し上げるようなものはないでしょうか? 彼が従うのは、言葉とか感情よりも、このゲームのシステムでありますから』


『神様って言われてもなぁ』

 アローは首をかしげる。

『あれかぁ?』


 ミコンもちょっと変な間で答える。

『七福神アイテム?』


『なんですか? それは』

 ショタ兄貴がすこし勢い込んだ調子でたずねる。


『むかしあったクエストなんだが、「七福神クエスト」ってのがあって、地底城内に隠された七福神を集めると、スペシャル武器が手に入るって奴です。でも、その武器なら俺は持ってるけど』


『いえ、その七福神を集めるとは、神様が城内に置かれているということですか?』


『神様っていっても神像なんだが。あれはクエスト時しか出現しなかったと思うけど』


『今はないのですか?』


『ないんじゃないのかな?』

 アローはそう答えたが、ミコンはちがう意見を出す。


『クエストっていうなら、これもクエストだから、あるかもしれないじゃん』


『その場所に行ってみましょう。もしあるなら、ゲーム・システムとしてあの怪物をどうにかすることができるかもしれない』


『どうにかって……、どうにか?』

 アローは首を傾げる。


『すでに神となってしまった彼を滅することはできません。だが、ここから立ち去らせることは可能かもしれない。そんなルートがこのクエストに用意されていることを信じましょう』


『それは、マキタが仕込んだ裏ルートってことですか?』

 ミコンが冷静にたずねる。


『いえ、マキタくんもそこまでプレイヤーに親切ではないでしょう。これはおそらく、天地陰陽、一陽来復ともいうべき、自然の摂理です。そして、だとするなら、マキタくんといえども、このゲーム・システムに従わざるを得ない。ちがいますか?』


『ちがうか?と言われても』

 アローはミコンの方を振り返る。


『行ってみようよ。あるかもしれない』


 そんな結論が出たタイミングで、エレベーターは地底城に到達する。


『まあ、行くだけ行ってみるか』

 アローは歩き出す。

『ちょっとしたクエストだな』


『そうね』

 ミコンのリアクションは素っ気なかった。




 『七福神クエスト』は、地底城内に散らばる七福神の神像をすべて集めるというクエストだった。

 その場所はランダムなのだが、それでも出現ポイントはある程度決まっていた。


 アローたちはまず、エレベーター脇の小部屋を探す。


 いきなりあった。

 琵琶を抱えた女神さま。<弁財天>の像。


 それは、小部屋の奥の戸棚の中に、光輝く小さな神像として置かれていた。


『あるな』

 アイテムを取ったアローは、ショタ兄貴を振り返る。

『これでいいのか?』


『いえ、ダメです』


『なんで!』


『いえ、弁財天ではなく恵比寿でなくては』


『さらに、なんで!』


 もちろん、それにはそれなりの理由があったのだが。



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