第37話 神が多すぎる


 マキタによって闇の眷属に墜とされたスプリング。そして、いかにも強そうに進化したマキタ・エヴォルヴ。


 マキタ・エヴォルヴは、レア剣<カラドボルグ>を片手上段に構えると走り出す、と見せて胸の宝玉からレーザーを放った。


 ピアノ線のように細い光が、焼けるような赤い輝きをきらめかせてアイザックの胸に突き刺さる。強化されたレーザーの一撃が、アサシンのHPを九割削る。


 すかさずミコンの回復魔法。


 とにかく敵が二人。アローたちは挟まれている。この状況はまずい。しかも敵の二人には飛び道具がある。


 徹矢はアローをダッシュさせると、マキタ・エヴォルヴに対して間を詰める。遠距離であのレーザーを連射されたらたまらない。


『ちょっと……』


 文句をいいかけて口をつぐんだミコンが、アローを追う。

 アイザックとアローに離れられると、どちらかが回復魔法の範囲から出てしまう。

 瞬間的に迷ったミコンは同盟を組んでいるアローについて走り出す。


 だが、ダッシュする彼女の後方では、アイザックがスプリングによって銃撃を受けていた。

 六本の腕にそれぞれ持った銃器が盛大に火を吹いている。


 マキタ・エヴォルヴはその様子を見てほくそ笑み、アローに対してレーザーの一撃。

 勘と予測で躱したアローは、エスケープの前転から復帰してマキタ・エヴォルヴへ、横薙ぎの一撃。


「ひゃっはー」


 人のように叫んで、後方宙返りで回避するマキタ・エヴォルヴ。アローの斬撃モーションにかぶせて、左胸からのレーザーを鮮やかに当ててくる。


 ばりばりっと削れて、残り一割まで短くなるアローのHP。強すぎだろう、このレーザー。

 だが、弱体化した部分もある。画面の外に出て来ない。それだけでかなり気が楽だ。


 が、ダメージのデカさは相変わらず。

 キャラの瀕死は、自分の瀕死である。ぞっとする死への恐怖に身を震わせながら、震える指で回復薬のボタンを押す。


 ミコンの回復魔法も来る。自分で使った回復薬とミコンの回復魔法で、とりあえずHP全回復。これがどちらかだと完全な回復には足りないはず。


 いまミコンは、同盟を組んでいるアローに張りついている。

 アローとアイザックの距離があるため、二人を同時に回復魔法の範囲内に捉えることができない。


 マキタ・エヴォルヴの斬撃がくる。

 思わずさっきまでのくせでガード・リバーサルを入力してしまうアロー。だが、受け止めたはずの刃は、彼のガードをすり抜けて、その身体にクリーン・ヒット。

 ごっそり半分、HPが持っていかれる。


「なにか忘れてないかぁ、徹矢ぁー」

 けたけたと笑うふたつの髑髏。胸にある方の髑髏がかちかちと歯を鳴らして徹矢を嘲笑う。

「この剣は、ガード不能だよ、ガード不能。そして、HP半減だ!」


 すばやく横に回転エスケープで逃れるところへ、ミコンの回復魔法。


「ミコぉぉン、なに徹矢と仲良くしてるぅんだぁ」


 マキタ・エヴォルブが嫉妬と怨念を込めてビームを放つ。<イージスの盾>で受けそこねたミコンがHPを九割九分削られて死にかける。


『このチート野郎!』


 罵倒してマキタの注意を引き、アローは背後から斬りつける。

 ただし効いていない。血がしぶくエフェクトも表示されない。


 そこへマキタの反撃のハイキック。きれいに弧を描いたつま先が、アローの頭を蹴り抜く。


 どかっと三割削られるHP。


 しまった、いまのはガードすべきだった。<カラドボルグ>以外はガードできるのだから。


 後悔しつつも、その気持ちは引き摺らない。すぐに切り替えて、回復薬を使う。すぐに回避。そこから斬撃。


 マキタに斬りつけるが、返しの<カラドボルグ>はガードできない。HPが再び半分へ。

 またも死線が近づいてくる。心臓に悪い。


 深い間合いで斬りつければ、必ずガード不能の<カラドボルグ>は喰らってしまう。

 だからといって、距離を取れば今度はレーザーの餌食だ。


 アローのHPが残り少ない。回復薬を使うが、これとて数に限りがある。


 ミコンもダメージを受けて回復している。アイザックはミコンの援護が来ずにぎりぎりのHP。すべてにおいて回復が間に合わない。


 だめだ。分断されている。そもそも戦力に差があり過ぎる。


「どうした、どうしたぁ? 徹矢ぁ」


 連撃で斬りつけてくるマキタ・エヴォルヴ。ぎりぎりの間合いで躱すアロー。


『てめえ、そんなチート・キャラ使って、なにが楽しいんだ』


「楽しいね。事実チート・キャラは世の中に溢れている。これはみんなに求められている理想の姿なんだ」


 マキタ・エヴォルヴが快活に笑い、剣を横に薙ぐ。ミリ単位で躱すアローに、かぶせ気味のレーザー。

 HPが九割削られる。


 汚え、汚すぎる。と、思うがどうにもならない。


『スプリング、てめえ!』

 アイザックが遠くで叫んでいる。


 六本の触手に、マシンガンとアサルトライフルと狙撃銃とハンドガンとグレネード・ランチャーとサブマシンガンを持った異形の怪物となってしまったスプリングが、アイザックに集中砲火を浴びせている。

 あの位置はミコンの回復魔法の範囲外。


『アイザック、逃げろ』


 アローは叫ぶが、間に合わなかった。


 たちまちのうちにHPを削り尽くされたアイザックが、そのまま倒れた。

 イエローのアサシンの身体が光に包まれ、そのまま消失する。


 画面の隅に表示されていたアイザックのアイコンが、ふっと消える。


『アイザック!』


 徹矢は叫ぶが、消えてしまったアイザックが答えるはずもない。


 徹矢の腕につかまって画面を見ていたレイヤーちゃんが、「死んじゃったの?」と小さい声でたずねるが、状況が理解できているはずもない。


 愛作が死んだ。

 いや、彼はもともと脳死状態だから、そこから甦るなんてことはなかったのだ。すでに普通なら助からない状態。


 ただし、『マキタ・クエスト』で望みを叶えてもらうというワンチャンに賭けていたのだ。


 そんな愛作が、画面から消え、アイコンも無くなる。奴はゲーム内でだけ生きている幽霊みたいな存在だったが、それがいま完全に消えて無くなった。

 人が一人死んだのと変わらない。


 徹矢の背中にぶわっと汗が吹き出す。


 こんな簡単に、人って死ぬものなのだろうか? これはただゲームの表示が消えただけではないのか?


「死ね、徹矢。つぎはお前だ」

 マキタが低くつぶやく。


『おん! のうまくさんまんだ』


 真言が吹き出しチャットによって表示され、マキタの動きが止まった。止まったといっても、縛られたというほどの制止ではない。

 ぴくりと反応して、吹き出しの主を振りかえった程度だ。


 開いているエレベーターの扉に、キャラが一人いる。


 ブルーのスケイル・メイルに身を包んだ戦士。手に抜き身の太刀を持つそのキャラは、


『ショタ!』


 アローは思わず叫ぶ。

 はっと気づくと、いつの間にかパーティーメンバーの一覧にショタの名前がある。


 マキタの眷属にされたスプリングが、メンバーから外れたあたりのタイミングで、ショタが復活して来たのだ。だから、気づかなかったのだろう。


『無事だったのか?』

 アローはエレベーターの方へ走る。


『よくクエストに入れたね』

 案外冷静なミコンの言葉。


『アローさんからの招待状があったので、そこから入りました』

 魚鱗甲の戦士はアローたちの接近を待ち、ふたたび真言を放つ。

『ばざらだん、せんだ』


 ショタの真言がマキタ・エヴォルヴとその向こうのスプリングの動きを妨害する。


「小うるさいやつだ」


 マキタがうざそうに腕を振るうが、ショタは怯まず前に出る。


『良かった。身体はもういいのか?』


 アローが嬉しそうに近づくと、ショタは『いいえ』と答えた。


『残念ながら弟は助かりませんでした』


「え……」

 徹矢は絶句する。

 ショタは助からなかった。徹矢をこのゲームに誘い、そして小栗の葬式やホースケの家にいっしょに行ってくれたショタが……。


 徹矢は溢れてくる涙を腕で拭いながら、言葉を入力する。

『じゃあ、あなたは……』


『はい。兄のチュウタです。弟の変わりにこのゲームに参加しています』


 兄の中太が使うショタは、ゆっくり前に出て、マキタ・エヴォルブに対峙する。


『このマキタという怨霊は、数多の命を吸い上げ、いまや強大な力を有しています。これを滅することは難しい』


「ふん、霊能者め」


 マキタ・エヴォルヴは、いまや人と寸分たがわず滑らかにしゃべる。


『さきほど、うちの弟の命を吸い上げ、さらに強大な力を手に入れました。そして』


 そこでショタは一度言葉を区切り、強い意志と激しい憎悪を込めて後の言葉を表示する。


『いままた別の命を吸い上げた。彼はもう、神といっても過言ではない』


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