第35話 海底神殿のクリア・アイテム


「徹矢ぁ、ちょこまかとぉ、逃げ回りやがってぇ」

 マキタが触手を振り回す。


「キモい……」

 徹矢の隣でレイヤーちゃんがぼそりとつぶやくが、徹矢はゲームに集中。


「卑怯だぞぅ、徹ぅ矢ぁ。まともに戦えぇぇ」


『卑怯はこっちのセリフだ』

 徹矢はマイクに吹き込んだセリフを決定ボタンで表示する。

『お前こそ、そんなチート・キャラで挑んでくんな。フェアな条件で戦う勇気がないやつに、対戦に参加する資格はねえんだよ』


 徹矢の腕にしがみくレイヤーちゃんが、顔をおしつけてくる。

「こわいよぉ、このゲーム。この怪物、まるで徹矢に話しかけているみたいだよ」


「気にすることないって。こんなの、ただのゲーム・キャラだ。なにが出来るわけもない」


「殺してやるからなぁ、殺してやるからなァ」


 アローが側面に回り込み、別方向からミコンの放つ氷雪魔法がマキタの身体に降り注ぐ。


 マキタの身体が凍結し、動きを止めた。


『効くのかよ』


 通常の攻撃はほとんど効かないし、魔法防御力も高いマキタだが、どうやら氷雪魔法の付加エフェクト「凍結」は効くらしい。

 というか、チートキャラを作るときに、そこのデータをいじり忘れたのだとしか思えない。

 マキタの身体は、バグのように凍りついて動かなくなった。


『間抜けだな』


 アローが、バカにしたような小躍りのアクションを取りながら告げる。


 それで激怒したのか、身体をつつんだ氷の殻を粉砕して、マキタがふたたび動き出す。


「ふざけやがって」


 毒づくマキタ。だがこれは自業自得。


 蜘蛛の怪物が振るう爪をガードしたアローは、そのままマキタを吹き飛ばす。怪物が床に転がるのと、最下層に到達したエレベーターの扉が開くのが同時だった。


『出るぞ』


 言うまでもないが、セリフを表示して走り出すアロー。そこにアイザックとミコンが続く。


 徹矢はアローを走らせながら、視点を後ろに回してマキタのモーションを確認する。


 すっ飛ばされダウンしたマキタは、立ち上がる前に六本の触手で身体を支え、無理な体勢で胸部の貌をこちらに向ける。


「ふつうダウン状態から攻撃は出来ないもんだろ」


 とことんルールを破るマキタのやり方に閉口しつつ、徹矢はアローをエスケープさせ、ビームの一撃を躱した。


 マキタのビームが走った直後、三人は散開し、つぎのビームが放たれる前に、マキタを中に残したままエレベーターの扉は閉じられた。


「どんなにチートなキャラを使おうが、おめえは俺には勝てねえ」


 ゲーム画面をのぞきこむ徹矢の顔を、横から見つめるレイヤーちゃんがくすりと笑った。


「徹矢、かっこいい」


「いや、そんなんじゃないから」

 ちょっと頬が熱くなってしまう。




 海底神殿は、エレベーターとおなじく透明ドームに覆われた神殿である。


 広大な石敷きの床。奥に階段があり、その先に祭壇がある。

 いまその祭壇には、赤い光を放つ卵型の輝石が祭られていた。あれこそが<ダーク・クレスト>。クエストを終わらせるアイテムだ。 


 ただし、あれを取った者だけがマキタに願いを叶えてもらうことができ、他の者はその礎となって命を捧げることになる。


『止まれ』


 アローは告げた。ミコンとアイザックが止まる。ただし、アイザックは未練を残して一歩、二歩前に出た。


『どうするつもりだ?』

 アイザックがたずねる。


 そう。ここは<アリーナ>ではない。もしこのうちの誰かが走り出して、あの<ダーク・クレスト>を取りに行ったら、それを止めるすべは他の二人にはない。


 味方の攻撃は当たらないし、味方キャラ同士は当たり判定がない。

 さきに<ダーク・クレスト>に触れてゲーム機のボタンを押したものが、アイテムを手に入れる。


 そういった意味では、祭壇に一番近い場所に立つアイザックが絶対有利だった。


 もし誰かが動き出せば、いっきに均衡は崩れる。そして、まっさきに<ダーク・クレスト>に触れたものが勝者となり、敗者たちは消えてなくなるのだ。


 徹矢の脳裏に、口から黒い液体を吐いて意識を失ったショタの姿が甦る。あいつはまだ生きているのだろうか? それとも……。


『俺の身体は脳死状態だ。もう助からん。もし、助かる道があるとするならば、このクエストで勝つことだ。自分が死ぬか、他人が死ぬかの二択の場合、自分を優先するのはおかしなことではないだろう。それは緊急回避といって法律でも認められていることだ』


『だからと言って、俺とミコンが死んでいいことにはならないだろ? 俺にもミコンにも、大切な人がいる。彼らを悲しませるわけにはいかない』


 ま、ミコンに大切な人がいるかは知らんけど。


 アローとアイザックが対峙する。すこし離れてミコン。このうちの誰かがいきなり走り出したら、すべての均衡が崩れる。


 いちばん遠いのはアロー。いちばん不利ではあるが、到達が遅れても、アイテムを取るためにはボタンの押下が必要だ。そのタイミングは、距離と連打。アローが勝つためのワンチャンはある。


 三人ともたがいのキャラの動きを、息をつめて見つめていたせいだろう。


 神殿の外の深海を降下してくるエレベーター・ドームの接近に、だれも気づかなかった。


 気づいたのは、石のこすれる効果音をあげて、エレベーターの扉ががりがりと開き始めてからだ。


 えっと視線を向けた彼らの前で、開き始めた扉の中から黒い影が飛び出してきた。


 反射的にボタンを押して武器を構える。

 が、アローもアイザックも、そしてミコンも、完全に反応が遅れていた。


 致命的だった。


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