第32話 シビアなタイミング


 ミコンの言う通りだった。

 この場でサーペント・ヒドラを倒している暇はない。


 すぐにでもアイザックを追いかけて、奴を止める必要がある。あいつに<ダーク・クレスト>を取られたら、徹矢たちの命はないのだ。


「くそっ、こんなゲーム、始めるんじゃなかった」

 いまさら、やっとその結論に達した。


「くさらない、くさらない」

 隣でレイヤーちゃんが。からかうように徹矢の鼻をつつく。

「もう始めちゃったんだから、最後まで全力を尽くしなよ」


 徹矢は一瞬イラっとしかけ、このゲームで負けると自分は死ぬのだということをレイヤーちゃんに告げそうになる。だが、こらえた。


 このデスゲームにレイヤーちゃんは関係ない。

 レイヤーちゃんばかりでなく、徹矢の女神さまたちに、こんな恐ろしいゲームは無関係だし、こんなものの存在すら教えたくない。


 だが、もし徹矢がこのゲームをクリアできず、あるいはマキタに殺されれば、彼はこの場で死ぬことになる。

 そうなればレイヤーちゃんに迷惑がかかるし、なによりも彼女や彼女たち女神さまを悲しませることになる。


「そうだな」

 徹矢は微笑した。


 ──勝つしかない。


 このゲームに何としても勝つしかない。


 ゲームに勝つ。徹矢は今までずっとそうしてきたし、これからもそうするつもりだ。


 始めたゲームはやめないし、絶対に勝つ。

 レイヤーちゃんの言う通り、全力を尽くすのだ。


『ミコン、一回、サーペント・ヒドラを引き離すから、その間にスイッチの上に立ってくれ。俺がそのあとダッシュでスイッチの上を走り、そのままダッシュする。開いたゲートが閉まる前に、なんとか外に飛び出す。そして、俺がゲートを開けるから、おまえも外に出ろ』


『あんたもあいつみたいに裏切らない保証は?』


『ない。だが、同盟を結ぼう。最後の最後まで俺たちは協力する。他の二人とマキタを倒すまでこの同盟は有効だ。最後の最後、どちらか一方が生き残らなきゃならないときに、お互いがどうするかはその時点で決めよう。俺が死ぬか、お前が死ぬかは分からない。だが、その時まで二人で協力しよう』


『…………』


『どっちでもいいぜ。一人でやるか、仲間と協力するか。そして、誰を仲間にするかも自由だ。アイザックと組むか? それとも小栗と組むか?』


『いいわ。あんたと同盟を結ぶ』


『よし、じゃあ、これを預かっていてくれ』


 徹矢はアイテム画面を開いて、装備解除した大剣<ジュラシック・サバイバー>をミコンに渡した。


 アローはこの大剣を装備していないと、戦闘力がガタ落ちする。これなしでは、このあとの攻略をソロで行うことは無理である。

 これが、先に外に出てもスイッチを押してゲートを開けるという、徹矢のミコンに対する保証だった。


 そして、そのまま、アローはサーペント・ヒドラを誘うように、いったん地下牢獄の奥へと走り込む。ミコンがその背後で、スイッチの上に立った。


 アローは十分にサーペント・ヒドラをゲートから引き離すため、奥へ奥へと走る。


『動画配信で見たけど』

 ミコンが暢気に無駄話をしてくる。

『その、スイッチの上を走ってゲートを開け、それが閉まる前にダッシュからの大エスケープで外に出るやり方、タイミングがかなりシビアみたいよ。あたしが見た動画では、百回くらいやって、結局成功てしなかったけど、なんか遠めでやるのがコツらしいってさ』


「やり始めてから言うなよ。もっと早くに教えてくれ」

 徹矢はレバーを入れながら口をとがらせる。


 ゲーム『ダーク・イェーガー』には、エスケープというシステムがある。レバーを入れてボタンを押すと、その方向にキャラが前転して、敵の攻撃を回避してくれるのだ。


 さらに、ダッシュ・ボタンを押しながら、走った状態でエスケープ・ボタンを押すと、キャラはおおきくジャンプしてスライディングするようにエスケープし、長時間長距離のエスケープを行うことが出来る。

 これを大エスケープという。


「遠めでやった方がいい。そういうことか」

 徹矢はつぶやきながらアローをダッシュさせ、スイッチの上を走り抜ける。


 アローが乗ったため、反応したスイッチをゲートの扉を反応させ、それを上げる。


 だが、すぐにスイッチが切れる。


 ゲートは一度上がり切り、そこから下がりだす。


 かなり余裕がありそうに感じるが、とにかくスイッチからゲートまでの距離が離れている。


 アローはダッシュを続けるが、このタイミングでは閉じるゲートの下をくぐるのは不可能に近い。


 だが、アローは、あり得ないくらい遠くから大エスケープを入れた。


 ゲートのかなり手前。そこからアローが地面にスライディングし、ゲートのラインに滑り込む。これが野球ならベースにとどかず絶対アウトの距離。


 だが、滑り込んだあとのキャラは無敵状態で当たり判定がない。

 その状態で、アローの身体は降りてくるゲートのかすかに手前にある。


 そして、そこから立ち上がるモーションを取ろうとするアロー。その身体の上からゲートの扉が下りて来ている。


 本来なら、そこはゲートの手前のはずだ。だが、倒れたアローの当たり判定、すなわちアローのシステム上の位置は、アローの身体のかなり前にある。


 そこにゲートが落ちてくると……。


 そこには当然、ダメージなしの当たり判定がある。

 この場合のシステムが判定する当たり判定は、アローが「外にいる」か「中にいる」かだ。


 落ちてきたゲートの下で、まだ立ち上がり切らないアローの身体は、システムによってぎりぎり「外にいる」と判定され、弾かれるように扉の外へ出された。


『さすが』

 ミコンの吹き出しが、扉の向こうから表示される。


 アローは走って前方にあるスイッチに乗る。赤いスイッチが青に変わり、ゲートが開いた。


 地下牢獄から走り出てきた黒衣の魔導士は、背後から飛んできた一撃死の毒塊を平然と回避し、何事もなかったように『あんたと同盟を組んで正解みたいね』と告げる。


 アローは肩をすくめて、『当然だろ』と。


 そして、ミコンから、預けてあった<ジュラシック・サバイバー>を受け取った。


『さあ、先を急ぎましょ』


 アローが大剣を装備するのを待たずに、ミコンは走り出していた。


 そのあとをアローに追わせる徹矢は、画面の端に表示されたアイザックのHPバーががりっと削れて短くなるのを確認する。


「とうとう始まったか。殺し合いが」



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