第31話 ワン・チャンスあるとすれば
アローたちは、洞窟の中を横道にそれ、軽い上り坂を進む。
石で組まれた階段のさきに、巨大な地下空洞があり、これが地球の中心まで届くような深い竪穴になっている。
縁は崖になっていて、突き出した岩の先から下へ飛び降りることが出来る。
アローはまっさきに、ダッシュでこの岩の先へ走り込み、そのまま下へと落下した。
ぴゅーんと崖から落ちる演出に続き、竪穴の中を落ちていく短いデモ映像が流れ、ごろんと地面に転がって華麗に着地するモーションが入る。
たちまちのうちに地下牢獄まで落ちた。
が、ここもよく見知ったステージ。アローは周囲を見回したりせず、着地するやいなや走り出す。
ごごごごごと画面が揺れ、巨大モンスターのご登場。
デモ映像をボタンでスキップして、一直線に出口の門をめざす。
ダッシュしながら視点を背後に向け、アイザックとミコンがついて来ていることを確認する。
二人とも手慣れたプレイヤーである。アローについてゲートめざして一直線に走っている。
だが、二人のはるか後方。奥の壁辺りの地面を割って、つぎつぎと大蛇の鎌首が出現してくる。
七つの首を持つ巨大なモンスター。サーペント・ヒドラ。
ぬらぬらした首を触手のように振り回しながら、ナメクジみたいな本体を地上に現す。
でっぷりした蠢く巨体が、うねるように脈打ち、尺取り虫のように身をよじってアローたちを追ってくる。
徹矢は視点を前に戻す。
アローの行く手に、赤く光るスイッチがある。徹矢は迷うことなく右のスイッチをめざす。
隣を走るミコンが左のスイッチをめざし、アイザックがこのあと開くはずのゲートへ向けて直進する。
タイミング、問題なし。
おそらくサーペント・ヒドラが追いつく前に、余裕で三人ともゲートを抜けられる。
そもそも、床にごろごろ転がるアイテム箱を一つも取らなければ、ここは余裕なのだ。
アローが右のスイッチに到達し、赤いランプの上に乗ると、ランプは青に変わる。
ミコンがもうひとつのスイッチに乗ると、そちらも青に。と同時に、奥のゲートが音をあげて上にあがり始めた。
ゲートの動きは遅いが、開き切るのを待つ必要はない。ちょっとでも上がったら、外にでることができる判定だ。ただし、閉まるのは異様に速い。
アイザックが走り込んだ勢いのままゲートを抜け、そのさきのスイッチを目指す。
外にはもうひとつ、スイッチがあり、これに乗ればゲートは閉まらない。
だが、アイザックはそのスイッチには乗らなかった。手前で立ち止まり、こちらを振り返り、そして吹き出しを表示した。
『すまん。アロー、ミコン』
『は? なんの話だ?』
徹矢はびっくりしてたずねる。
『早くスイッチを押せよ!』
アローがセリフを吐き出すが、アイザックは動かなかった。
『俺はさきに行かせてもらう』
吹き出しを広げるアイザックの表情が、冷たい鉄仮面のように見える。
『俺はこのまま<ダーク・クレスト>を手に入れに行く』
『おい、どういうことだ』
そんな押し問答をしている場合ではないのだ。
地下牢獄の奥から、巨大なサーペント・ヒドラが迫っている。
巨大な怪物は、打ち振るう大蛇の口から一撃死の赤い液体の塊を撒き散らしながら、猛烈な速度でこちらへ一直線に迫っていた。
『来るよ』
ミコンが告げる。
距離が近い。このままスイッチの上にいることはできない。
アローとミコンはほぼ同時にスイッチの上から駆け出し、今は開いているゲートへと向かう。
二人は全力てダッシュしたが、スイッチから離れた瞬間下り始めたゲートは、あと少しというところで二人を締め出す。
キャラの走る速度は一定だから、システムとしてこれは抜けられない設定なのだ。
『すまん、アロー』
扉の向こうでアイザックが謝罪している。その言葉が吹き出しとなってゲートのこちらに表示されている。
『俺の身体は脳死状態だと言っていたな』
『ああ、そうだ』
『だとすると、もう助からないな』
『まあ、そうなるな』
『だったら、もし俺が助かるとすれば、「マキタ・クエスト」に勝利して、マキタに願いを叶えてもらう以外、他に方法がないよな』
『いやまて。小栗の例もある。マキタはきちんとした形で人の望みを叶えることができないはずだ』
『それはあのとき、俺がきちんと死んでいなかったからじゃないのか? マキタが願いを叶えるためのエネルギーとなる人の生命が足りなかったんじゃないのか?』
『それは分からんが』
『どちらにしても、他の方法では絶対無理だ。ワン・チャンスあるとすれば、この「マキタ・クエスト」しかない。脳死状態の俺が生き返る可能性があるとすれば、このクエストしかないじゃないか!』
『まて、お前が<ダーク・クレスト>を取ったら、俺たちはどうなるんだ?』
少しだけ間が開いて、吹き出しが表示される。
『すまん』
その吹き出しの下端が動き、言葉を発した相手が離れていくのが分かる。
「くそっ」
徹矢はつぶやくが、それをアローに表示させている余裕はなかった。
巨体をくねらせて突進してきたサーペント・ヒドラの鎌首が、襲いかかってきたからだ。
アローとミコンは、同時に左右に走り出す。
サーペント・ヒドラの頭は七つ。そのうちの三つがアローに襲い掛かる。
徹矢はそのモーションを一瞥。
鎌首をもたげる三つの頭部が放つ攻撃の予想曲線を瞬間的に判断し、それらが来ないスペースに向けてエスケープした。
巨体にあるまじき速度でしなった三つの首が、アローを狙ってその牙をふるったが、大地に転がったアローは、その位置とタイミング、発動する無敵時間を嵌め合わせて、ノーダメージですり抜ける。
くるりと立ち上がり、すぐにダッシュ。
ミコンは?
アイコンを確認すると、彼女もノーダメージ。なかなかの腕だ。マキタなんかより遥かに上手い。
『どうすんのよ』
だが、性格はアレだ。クレーム口調で徹矢を問い詰めてくる。
『二人じゃ出られないでしょ! それともこの怪物を倒すの? そんな時間ないと思うけど!』
『俺に言うなよ』
徹矢は肩をすくめた。
となりでゲーム画面を覗き込んでいるレイヤーちゃんが、「ふふふ、面白そう」と楽しそうな息を吐いた。
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