第30話 ショートカット・ルートを使おう


 マキタを倒せるのか?は、確かに鋭い問いかけだった。


 さっき戦った手応えから、勝てない相手であることが徹矢にはすぐ分かった。


 こちらの攻撃がほとんど通用していなかったし、攻撃があたってもHPが減っていない。

 ダメージがないというより、超高速の自動回復だと思う。


 自動車事故で死んだマキタは、ゲームの世界に入り込み、自分自身のクエストを作った。そこで、チートとしか言いようのないラスボスに転生してきたわけだ。


 あいつはいつもそうだった。


 ゲーム知識は豊富だが、技術は低く、超下手っくそ。そのくせ偉そうに、論説と解説ばかり他者にしてくる。


 口は達者な割に、マキタ自身は弱い。

 そんなマキタは、やがて改造コードに手を出した。


 それ専用のツールを購入して、ゲーム・データを改竄しはじめたのだ。まさに文字通りのチートである。


 なかなか出ないレア武器をコード入力で手に入れたり、武器の攻撃力を書き換えてあり得ない戦闘力を手に入れていた。

 それをネットで使用して、運営会社の監視に引っかかり、アカウントを剥奪されたことも一度や二度ではない。


 インチキなデータのキャラクターや武器を使用して勝利しても、楽しくないだろうと徹矢は思うのだが、マキタの価値観は違ったようだ。


 事故で死んでゲームの世界に転生して、チート能力を手に入れたのだから、マキタとしては夢が叶ったということか。


 羨ましい限りである。


『たとえば』

 アイザックがたずねる。

『マキタを倒さず、誰かが<ダーク・クレスト>を手に入れたら、このクエストはどうなるんだ? クリアになって、他のプレイヤーは死ぬのだろうか?』


『普通に考えて、そうだろうな。クエスト・クリアでゲーム・オーバー。<ダークレ>を手にしなかったプレイヤーは死ぬ』

 徹矢はそう予測する。


『そっか』

 ミコンが思いついたように吹き出しを表示した。

『とすると、大藪だか小栗だかが動かしているスプリングが、さきに<ダーク・クレスト>を手に入れに行くかもしれないね』


『なるほど』

 アイザックが深くうなすぐアクションをとる。

『そうなると、俺たちは先回りして、スプリングに先を越されないようにする必要があるな』


『その通りだ。とにかく今は先へ進もう』

 アローを走らせながら、徹矢は考える。


 スプリング、すなわち小栗は先回りをしようとしているはずだ。

 だが、海底神殿への近道はない。地底城から降りる以外のルートはないのだ。


 スプリングはアローたちをマキタに殺させるために、エレベーターに乗らなかった。

 エレベーターは本来近道のルートであるので、あれに乗らなかったのなら、スプリングは遠回りのルートを通って地底城をめざしているはずだ。


 パーティー・メンバーであるスプリングのアイコンとHPゲージは、今も画面の隅に表示されている。

 奴は健在。今も海底神殿めざして突き進んでいるはずだ。


 となると、やはりスプリングより先に、なんとしても海底神殿に到達したい。


『ショートカットを使おう』

 スプリングを出し抜くためには、それしかなかった。


『しかし、あのルートにはサーペント・ヒドラがいる。あいつの一撃死毒は、洒落にならん』


 確かにその通りだ。


 地下迷宮からショートカットで地底城へ至る隠しルートは、最下層でサーペント・ヒドラというボスモンスターに遭遇するのだが、そいつが一撃死毒という攻撃をしてくる。

 こいつは文字通り、一撃でプレイヤーを死に至らしめる毒なのだから洒落にならない。


 普通にプレイしても洒落にならないのに、いま徹矢たちがプレイしているのは、キャラが死んだらプレイヤーも死んでしまうデスゲーム。

 運悪くその一撃死毒を喰らったら、それっきりなのである。


『だが、それに賭けるしかあるまい。スプリングに先を越されるわけにはいかない』


 徹矢のいうことは正しいはずだ。


 もしスプリングが<ダーク・クレスト>を手に入れてこの『マキタ・クエスト』をクリアすれば、その瞬間徹矢たちは死ぬことになる。

 一撃死毒のリスクはあるが、他に方法はない。


『一撃死毒は、当たらなければどうということはない』

 これは、アローの攻略法。


『それは、赤い彗星のセリフだ』

 アイザックはぶーたれる。


『地下牢獄の出口は、ボスを倒さなくても、三人いれば開けることが出来る。いっきにあそこまで駆け抜けて、離脱する。俺たちなら出来る』


 アローの意見に、アイザックとミコンも同意するしかない。


 ショートカットの最下層は巨大な地下牢獄になっていて、設定としてはその牢獄に凶悪なサーペント・ヒドラが閉じ込められているということになっている。


 反面、床のあちこちに宝箱が落ちていて、その中にはレア・アイテムも多く含まれているというボーナス・ステージでもあった。


 そして、その出口は自動扉になっていて、スイッチを押すことにより開くのだ。


 ただ、ちょっと複雑だ。


 スイッチは赤く光る床のライトである。この上にキャラクターが乗ると、ライトが青くなる。


 ドアを開くためのライトはふたつ。

 このふたつに、二人同時に乗ると巨大な扉が開くのだ。

 ただし、降りると、扉は閉まる。


 スイッチと扉の間は、かなり距離がある。

 だれか二人がスイッチを押し続け、もう一人が扉の外にあるスイッチに乗る。


 外のスイッチはひとつだ。それを押している間に中の二人が外に出る。そういう仕組みだ。


 すなわち、三人いれば、地下牢獄から全員無事に外に出られる。


『よし、行こう』

 アイザックが答える。


『仕方ない。つき合うよ』

 ミコンもいちおう同意した。


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