第29話 生還の可能性


「徹矢ってほんと面白い」


 けらけら笑いながら、レイヤーちゃんは徹矢のことを自宅に案内してくれた。


 すぐそばの5階建てマンション。オートロックつき。けっこう高そうな部屋だった。


 徹矢がレイヤーちゃんに、アクセル・ボードの充電をしたいとたのむと、彼女は快く応じてくれた。


 レイヤーちゃんがゲーム・キャラのコスプレもしていたことを思い出し、徹矢がたずねると案の定、彼女はアクセル・ボードを持っているということだった。


 迷惑は承知で部屋に上げてもらうことにする。なにせ、こちらは命がかかっているから。


 レイヤーちゃんの部屋は、綺麗に片付いている一角と、衣装と工具と各種素材が散乱した一角の落差が激しかった。


 さらに一方の壁はすべて、吊られたコスプレ衣装で埋め尽くされていた。


 ただし、キッチンは清潔で片付いている。まあ、IHコンロの上にウイッグ・ケースが並べられているところをみると、料理しないだけだとも思えるが。


「ここ、どうぞ」


 手で示されたソファーに座り、渡された電源コードをアクセル・ボードに繋ぐ。電源ランプがオレンジに変わり、一安心。

 バッテリーへの充電が開始された。


 その間にも、アローとアイザックとミコンの三人は、雑魚を蹴散らしつつ、地下迷宮を進む。


 スケルトン、ゴーレム、ローバー。つぎつぎと倒して、奥へ奥へと階段を下ってゆく。


「ゲーム、好きだよね」

 そういって、レイヤーちゃんが徹矢のとなりにどすんと腰を下ろしてきた。

 そのまま徹矢に寄りかかってくる。徹矢の肩にあごをのっけて、ゲーム画面をのぞこきんできた。


「上手だね」


 やわらかい身体が徹矢の肩に押し付けられ、どきりとする。


「あの、ごめん。いまこのクエスト、何としてもクリアしなきゃならないから」


 徹矢が言うと、「うん」といってレイヤーちゃんは離れた。


「なんか飲む?」


「サイダー以外」


 レイヤーちゃんはすっと立ち上がり、冷蔵庫に行って戻ってきた。


「ほい」

 徹矢の前にコーラの五百ペットを置く。

「じゃあ、邪魔しないでおいてあげる」


 そういって、自分はビールの缶をぷしゅっと開けた。


「もし、誰か来てもドアは開けないで」

 徹矢はいちおう大事なことを伝えておく。

「あと、ちょっと不思議なことが起こっても、気にしないで」


「なにそれ」

 レイヤーちゃんが徹矢の目を見て、ふふふと笑った。

「ゲーム終わったら、あたしをかまってね」


 悪戯っぽい笑顔で言われて、どぎまぎしてしまう。


 いろいろと想像してしまうが、それは生き残ることができたあとの話だ。徹矢はゲームに集中する。




 地底世界の洞窟を進み、一行はさらなる下層、地下迷宮へと下りてゆく。


 広大な地下空洞に伸びる長大な階段は、ジオフロントに渡された天空橋のようである。


 そこを延々下りながらアイザックがたずねる。


『で、大藪は何だって言ってた? 会ったんだろ?』


『ああ。会いはしたが、あいつも大したことは知らなかったみたいだ』


 徹矢は言葉を濁す。このままアイザックとミコンに真実を告げないままクエストを進めていいのか?


 いや、言い出すなら今だった。今の瞬間隠してしまったが、このさらにあとから告白することはかえって難しくなる。


 いや、しかし待て。

 このまま真実を告げずにクエストを進め、アイザックとミコンを見殺しにし、マキタに願いを叶えてもらう。

 その選択肢もあるのではないか?


 一瞬それを考える。

 だが、すぐに否定した。


 鬼門みくるを自分のものにしたいと願った小栗はどうなった?


 己の肉体を失い、大藪の人面瘡となった。それで鬼門みくるが自分の彼女になったといえるか?


 最初に『マキタ・クエスト』に挑んだ高木だって、なぜ死んだのだ? 志望校に受かったのに、結局自殺している。


 どうせマキタの叶える願いだ。それが素晴らしいものであるはずがない。

 小栗のあの姿を見ればそれは明白だ。


 ならば、徹矢自身がこのゲームを生き残ってマキタに願いを叶えてもらうという選択肢はない。


 とすると、どうなる?


 やはり、自分がすべきことは、一択。

 マキタを倒し、この死のゲームを終わらせることだ。


『みんな、すまん。これは大藪から聞いた話なんだが』


 徹矢は真実を告げる覚悟を決めた。


 ここにいるアイザックもミコンも、もう無関係ではないのだ。いま自分たちは同じ一本の蜘蛛の糸にぶら下がる仲間であるのだ。


『この「マキタ・クエスト」は、プレイした者が死ぬデスゲームってだけじゃないらしい。こいつは、最後に生き残った者が、望みを叶えられるゲームであるらしいんだ』


『最後に生き残った者?』

 アイザックが首を傾げる。


『そうだ。他のプレイヤーの命を代償に、最後の一人が望みを叶えてもらえる。ただし、マキタに、だからな。大藪の奴は、大変なことになっていたよ』


『大変なこととは?』

 ミコンが詰め寄る。


『前回の「マキタ・クエスト」で生き残った小栗は、大藪の彼女の鬼門みくるを欲しがった。そのため、小栗は自分の身体を失って大藪の腹に、人面瘡として転生していたんだ』


 アクセル・ボードに音声入力していると、横からレイヤーちゃんが覗き込んでくる。


「いったい何の話をしてるの?」


「いや、いいんだって。クエストの攻略の話だから」

 と画面を隠し、音声入力を続ける。


『いまの大藪は、その身体を小栗に乗っ取られ、奴の思いのままに操られている。小栗は、こんどは大藪の身体をマキタに要求するつもりらしい』


『それで大藪は、エレベーターに乗らず、マキタを俺たちにけしかけたってわけか』


『バカだバカだと思ってたけど、誉田くんってほんとバカだよね』


 痛烈な批判をしてきたのは、ミコン。黒衣の女魔導士だ。


『どうしてそういう話、黙っとかないのよ。そうすれば、安全確実に自分が生き残れたのに。話しちゃったら、いつ、あたしたちが裏切るか分からないよ』


 そう言うミコンのゲーム・キャラクターからは、彼女の感情はいっさい読み取れない。


 こいつ、裏切るつもりか?

 徹矢は黒衣の魔導士を見つめる。


 ミニのワンピースに、腿までのブーツ。マントを羽織り、顔は半分フードの中に隠れている。


 見ようによっては、愛らしい死神だ。

 彼女が裏切るかも知れないという想像は、リアリティーがあって、あまり気持ちのいいものではない。


『しかし、小栗は酷い形で望みを叶えられたんだろ?』

 アイザックが吹き出しを開く。

『だったら、そんなの信用しない方がいい。身体を失って、他人の腹に人面瘡として転生するなんて、最悪だろ。そんな状況だから、小栗にはもう、マキタに頼るしかなかったんだ。まともな人間なら、こんなクエストが叶えてくれる望みなんかに期待しない方がいい』


 そう告げて、アイザックは一歩前に出た。


『アロー、俺はおまえに協力するぜ。俺の身体はもう脳死状態で元に戻るることはない。もうどうにもならないんだ。だから、あのマキタの奴を倒してこの呪いのクエストを生き残ってやる』


『ああ、助かるぜ』


 さすが愛作だ。頼りになる。どっかの魔導士とちがって。

 徹矢はイエローのアサシンに敬礼のアクションを送る。


『問題がふたつあるね』


 その場の雰囲気をまったく無視して、ミコンが告げる。


『ひとつ。マキタを倒せば、本当にこのクエストは消えて、あたしたちは生還できるの? そんな保証があるの?』


『それは……』

 反論できずにいる徹矢の言葉をさえぎって、ミコンは続ける。


『もうひとつ。あのマキタを、倒せるの?』


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