第27話 これは殺人にはならない
「出来物なんて生易しいもんじゃねえよ」
大藪の腹から生えた小栗の顔が唾をとばして言う。
「これは人面瘡だ。俺は人面瘡として、大藪の身体に転生したのさ。そして、俺はこの身体を乗っ取る。完全にな」
うひゃひゃひゃ、と小栗がけたたましい笑い声をたてる。顔の骨がないからか、その表情は際限なく醜く歪む。ラバー製のパペットのように。
「おまえ、……ほんとうに小栗なのか?」
徹矢はかすれた声でたずねる。
自分の目が見ているものを、どうしても信用することができない。
たしかに大藪の腹には人面瘡がある。
人の顔をしているし、その目にも感情があり、頬には表情もある。そして、不快な声でしゃべる。息だって臭い。
だが、これが本当に小栗なのか? あいつは確かに死んでいた。死んでいた人間が他人の腹に、人面瘡として生き返ったりするのか?
「そぉだよぉ」
当たり前だといわんばかりに、小栗が唇を尖らせる。
「これが、俺のゲームの賞品なんだからな?」
「ゲーム……?」
賞品? 何の話だ。こいつは何の話をしているんだ?
「そうさ。『マキタ・クエスト』だよ」
小栗が囁くような低い声で答える。そして、こらえ切れずに笑い出した。
「徹矢、おまえは何も知らないんだな。『マキタ・クエスト』はデスゲームさ。生き残った者が、願いをかなえられる、死のゲームなのさ」
徹矢は言葉がでなかった。ただ自分の荒い呼吸音ばかりが耳につく。
「『マキタ・クエスト』は参加者全員が自分の命を賭けて戦うデスゲームだ。最後に生き残った者が、その願いを叶える。ライバルたちの命を使ってな」
大藪の腹で、小栗が笑う。
「高木は高校受験のときに、『マキタ・クエスト』に挑んだ。どうしても第一志望校に入学したかったから、『マキタ・クエスト』の秘密を知らない他校の奴らを騙して誘い込み、そいつらをゲームオーバーに追い込んで、願いを叶えた。ただし、そのあとなぜか自殺したがな。俺は奴が自殺する直前に奴から聞いた話をもとに、高木を真似して、何も知らない連中を誘い、『マキタ・クエスト』を開始した。どうしても欲しいのもがあったからさ!」
「欲しいもの、か」
徹矢は小栗の勢いにのまれて、相づちをうつ。
「そう」
小栗は満面の笑みで答えた。
「その女さ」
大藪の腕がさっと伸びて、ベッドの上に転がる全裸の鬼門みくるの身体を指さす。
徹矢は呆然と彼女の白い尻をながめ、昔のことを思い出す。
学年一可愛いといわれていた鬼門みくる。小栗治虫は中一のころから彼女にご執心だった。
何度も告白しては断られ、そのくせ事あるごとに絡み、同じ図書委員になったり、違うクラスなのに休み時間ごとに押しかけてきたりした。
しかしやがて、鬼門みくるは、男にも女にも人気のあった大藪春輔とつき合い始め、そのカップルは誰がどう見ても学校一のベスト・カップル。
小栗の入り込む余地は一切なかった。彼に逆転のチャンスは、一ミリも、いや一ミクロンも与えられなかった。
「じゃあ、おまえ」
徹矢は腹の底からふつふつと怒りの感情が湧いてくるのを感じた。
「何も知らないクラスメートを騙して『マキタ・クエスト』に参加させ、自分一人が生き残って鬼門みくるとつき合うことを願ったってのか!」
「その通りさ」
当たり前だろうという顔で小栗が笑う。大藪の腕が奴の感情に支配されて、大きく広げられる。
「じゃあ、それでホースケも愛作も、命を落としたってことか?」
「願いを叶えてもらうためには、代価が必要だろう。このゲームでは、それが、人の命だ」
「ホースケも愛作も、それがプレイすれば死ぬゲームだとは知らなかったんだよな」
徹矢の声は低く震える。
「知らない奴の方がいいだろう? 知っていたら、生き残ろうとするじゃないか。知らなきゃ、訳も分からずマキタに倒されて、生贄となってくれる」
「そんなの、殺人だろ」
徹矢は小栗に対する怒りで身体が震えるのを感じた。
「殺人にはならねえよ」
小栗は嘲笑する。
「これはマキタの呪いだ。呪殺は殺人で起訴されることはない。藁人形に釘を刺そうが、死神のノートに名前を書こうが、それは罪に問われない。つまり、やっていいことなんだよ! おまえ、法律も知らないんだな」
「てめえ」
「だがな、所詮はあのバカのマキタのクエストだ。賞品には不備がある。俺は『鬼門みくるの彼氏にしてくれ』と頼んだのに、あのバカ、俺を人面瘡として大藪の身体に転生させやがった。たしかにこれで俺はこの大藪の身体を乗っ取り、鬼門みくるの身体を好きにすることが出来た。気が狂うくらい、やりまくってやったよ。だが、所詮この身体だ。外に出ることもできねえし、やってる最中の視点も変だろ? 繋がってるときにヘソみてたって仕方ねえや。だから、またマキタにお願いすることにしたのさ。大藪を殺して、この身体を俺にくれってさ」
「それでお前、また『マキタ・クエスト』に人を誘ったのか」
「そうだ。だが、出来ればおまえは誘いたくなかった」
「なぜ?」
徹矢の疑問に、小栗は腹を抱えて、いや腹の顔を抱えて笑い出した。
「当たり前だろ。バカかお前は。生き残りのデスゲームなんだぞ。お前みたいに強い奴がいたら、邪魔だろうが。さっきもお前は、マキタに遭遇して生き残った。強い。お前は、ほんとうに強いよな、徹矢。だが、それじゃあ困るんだよ。お前もあのショタとかいう奴みたいに、マキタに殺されて生贄となって貰わないと、俺の願いが聞き届けられない。そうだろう?」
小栗が言い切るのと同時に、徹矢の眼前を白いビニール紐が、上から下に走った。
はっと気づいたとき、そのビニール紐は徹矢の首に巻き付き、猛烈な力でぎりりと締めつけてきた。
徹矢は、けほっという、自分が喉を鳴らす音を聞く。細い紐が彼の首に食い込み、ぎぎっと音を立てる。何者かがもの凄い力で、背後から徹矢の首を締め上げていた。
息ができない。手足をめちゃくちゃに振るが、紐は緩まなかった。たちまちのうちに、目の前が暗くなっていく。
徹矢は薄れゆく意識のなかで、かろうじて認識した。
殺される、と。
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