第25話 あいつは何か知っている


『だから、俺は愛作あいさくたくみだと最初から言っているだろう』


「そうか」

 徹矢はつぶやく。


 愛作は小栗に誘われて、前回の『マキタ・クエスト』に挑んだ。

 そこでゲーム・オーバーし、現在は脳死状態。バイク事故だという話であったが、あれはどうなのだろう?


『俺は前回プレイしたとき、いまのショタくんのように、マキタの襲撃を受けてHPゼロになった。ただ、ほぼ同時に回復薬を使っていて、一瞬HPゼロになったにも関わらず、回復薬の効果は死ぬ前に発動していて、キャラクターは死なずにHPは復活した』


『じゃあ、死なずに済んだのか?』


『いや、分からん。たぶん俺の身体は死んだと思う。意識を失い、気づいたら俺の身体はなく、今もこのゲームをプレイしている。腕も脚もない。身体の感覚もない。だが、ゲーム画面は見えて、ゲームの音も聞こえる。指にはボタンの感覚があって、プレイは出来る』


『ゲームに取り込まれたってことか? あるいは肉体だけが死んで、精神だけで生きているってことか?』


 アイザックとアローは、水晶サソリをつぎつぎと斬り倒しながら会話を続けている。


『アイザックというキャラは死ななかった。でも、愛作、おまえは死んだということか』


『そこはどうなんだ? 逆にこっちが聞きたい。俺は、俺の身体はどうなっている?』


 徹矢は返答に困った。

 だが、ここで嘘や慰めを言っても仕方ない。


『俺が聞いた話では、愛作はバイク事故で意識不明。現在は脳死状態だということだ』


『ははははは、バイク事故は起こしてないな。家族が嘘を伝えたか、友達の噂に尾ひれがついたか。俺はプレイ中に身体の感覚を失って以降、ずっとこの世界でゲームを続けている』


『道理で上手いはずだ』


『それはそうと、大藪の奴だ』

『ん?』


『あいつは怪しいぞ』

『え?』


『前回俺が小栗と回ったときも、エレベーターの中にマキタが現れた。俺はこの世界に閉じ込められてから何度もエレベーターに乗ったが、マキタが現れることはなく、すっかり油断していた。マキタはどうやらクエストが始まらないと出現しないらしい』


『そうなのか?』


『そうだ。いままでずっと出会わなかった。そして、今日久しぶりに再会したよ。前回のクエストと同じ場所でな』


『あそこで出るもんなのか?』


『分からん。だが、重要なことは、大藪の奴は、エレベーターにマキタが出ることを知っていた。だから、自分一人、乗らなかった』


 徹矢は言葉に詰まった。

 たしかにそうだ。


 大藪の奴はエレベーターに乗らなかった。自分ひとり、とぼけて外に出て、徹矢たちだけがマキタに遭遇した。


『あいつは何か知っている。知っていて、それを隠している』


 そのタイミングで、徹矢のスマホが鳴った。画面を確認すると、とうの大藪からの電話だった。


『ちょうど大藪から電話が来た。出てみる。バトルの方は任せる。ちょっと待っててくれ』


 徹矢は大藪の電話に出た。

「おう、どうした」

 極力普通の調子で言ってやる。


「徹矢……」

 大藪は明らかに動揺した声をあげた。そして、思わず漏らしてしまったようだ。

「生きていたのか」


 まさに絶句という感じである。


「生きてちゃ悪いか?」


「いや、……そんなことないが」

 しどもどろになりながら、それでもとぼけて続けてくる。

「てっきりやられたかと思ったから」


「マキタに殺されたかと思ったか」

「いや……。えーと、マキタがどこかにいたのか?」


「とぼけるな。アイザックから聞いたぜ。前回もあのエレベーターにマキタが出たそうじゃないか。おまえ、それを知ってたんだよな?」

「いや、そんなことは知らん」


「お前いま、家か?」

「あ? ああ、そうだけど」


「今から行くから、カギ開けて待ってろ!」

 怒鳴り声をあげると、徹矢は電話をぶち切った。


 ふと顔を上げると、ショタの兄さんと目が合う。


 ショタの胸に手を当てた兄の中太は、かすかに息をしている弟の胸の上に水晶だかガラスだかで出来た透明な四角錐のお守りみたいなものを乗せ、かすかな真言を唱えていた。


 そして、唱え終わって徹矢に告げる。


「弟のことはご心配なく。どうぞ、ゲームを続けてください。その中でなにかあの悪霊を滅する方策が見つかるかも知れない」


「すみません、いっしょにプレイしているクラスメートのところに乗り込んできます。奴が何か知っているみたいなんです。分かったことがあったらすぐ連絡しますので。あの、ショタはだいじょぶでしょうか?」


 中太は力なく笑った。

「おそらく明日の朝までは持ちますまい。なにか分かったらご連絡を」

「え……」


「致し方ないことです」

 ショタの兄は力なく笑った。

「強い霊に取り殺されて死ぬのは、この家系に生まれた者たちが代々背負ってきた宿命です。わたしの母も祖父も同じような死に方をしています。お気になさらず、と言っても無理でしょうが、いまはまだ元気に生きているあなた達を優先すべきです。どうぞ、前へお進みください。その中で、まだ弟を助ける途が見つかるかも知れない」


「はい」

 躊躇しつつも答えた徹矢は、ゲーム機を手に立ち上がった。

 いずれにしろ自分には、ゲームを進めることしかできないのだ。



 画面の中では、アローを守ってアイザックとミコンが水晶サソリの群れを屠り続けている。

 だが、油断できない。いつここにマキタが襲い掛かってくるか分からない。


 大藪の家に移動するまでの間も、ゲーム画面を油断なく確認する必要があるだろう。



 徹矢はショタの兄にお願いして自転車を貸してもらった。


 大藪の家は知っているから、道に迷うことはないが、移動には時間がかかる。それだけ危険な状態が続くということだ。

 自転車移動にこしたことはない。


 街道沿いの道を走っていると、籠の中のアクセル・ボードに動きがある。

 誰かが吹き出しを表示したようだ。


 徹矢はいちど自転車をとめ、画面を確認する。


 ミコンが『あたしたちはどうするの?』とたずね、アイザックが『徹矢が大藪の家に乗り込むから、それまではここで待とう』と答えていた。


 徹矢は会話には入らず、先を急ぐことにする。

 ゲーム画面は、アクセル・ボードを自転車の前かごに置いて走りながら確認できるようにしておく。


『敵が来たらどうするの?』

『そのときは、徹矢に知らせよう』


『どうやって?』

 たしかにそうだ。


 徹矢はミコンこと石平美琴の連絡先を知らない。愛作の連絡先は知っているのだが、今、奴の身体は脳死状態。連絡の取りようがない。


 徹矢は自転車を止めてアローに喋らせた。


『ちょくちょく画面を確認しておく。なんかあったら、ゲームに復帰するよ』


『マキタが来たら、どうするのよ?』

 ミコンが苛立たし気にキャラを動かす。


『あいつが来たら、ゲーム機から声が聞こえるだろ。すぐに気づくよ』


『だといいけど』

 不機嫌そうなミコン。


 だが、徹矢は返答しなかった。

 大藪の家はもうすぐそこだったから。


 次の角を曲がり、坂を上った真正面。おしゃれなデザインの一軒家がそれだ。


 徹矢は自転車を家の前に止めると、インターフォンを押した。


 すぐに「はい」と声が聞こえ、徹矢は「夜遅くにすみません。春輔くんの中学の時の同級生の誉田と申します」と自己紹介する。


 インターフォンの相手の声は女性。たぶん大藪の母親だと思う。


 母親は「はい、春輔……から聞いております」と暗い声で告げた。


 歯切れの悪い返答だったが、ドアはすぐに内側から開いた。


 ぎいい、と軋む音を響かせて扉は開く。

 それはまるで死者の国への門であるかのようだった。


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