第22話 死の三連撃


 アローが飛び込む。


 それを迎え撃つマキタ。瞬間的にダッシュし、爪を薙ぐ。


 が、正確に時間と空間を把握していたアローがバックステップ、からの斬撃。

 真上から振り下ろされた大剣が、マキタ・エボルブの昆虫の頭部を両断し、その胸のマキタを顔を割り、股間まで斬り裂いた。


 だが、斬り裂かれた断面は、断たれたそばから癒着していき、斬撃は効果がない。


 ノーダメージのマキタは五指の爪をふるう。アローの身体を巨大な爪が斬り裂き、HPバーががりっと四割削られる。

 一撃で四割。ということは、二撃までは耐えられるか。


 ひりひりする死への恐怖に耐えながら、冷静に判断する。三連撃を喰らったら、命がない、と。


 アローの身体が光に包まれ、ミコンの回復魔法が効果を発揮する。HPバーがぐいっと伸びて完全回復。


 その様子を確認したマキタが周囲を見回し、黒衣の魔導士を発見する。


「みぃこぉぉぉぉぉん、来てぇくれたかぁぁぁぁぁい」


 怪物の胸に植え付けられた、マンホールのように巨大なマキタの顔が満面の笑みを浮かべる。下膨れのカバのような顔。醜い顔貌に下卑た笑い。


『キモい』


 吹き出しが表示され、それがミコンの位置をマキタに教えることになる。


「みぃこぉぉぉん、抱きてぇぇぇぇぇぇ」

『死ね』

『のうまくさんまんだ』


 ショタの真言が表示され、ふたたびマキタがダメージを追う。だが、すぐに自動回復。しかし、ショタの真言が与えるダメージ量は、アローの攻撃よりも大きい。


「おかしいです、徹矢さん」

 隣でショタが告げる。

「真言が効きません。こんなことはないはずですが」


「文字になっているからじゃないのか?」

「そうかもしれません。音が伝わらないとダメなのかな?」


「みぃこぉぉぉぉぉんぬぅ」


 奇声を発してマキタがミコンを追いかける。走り出すミコンだが、速度が違い過ぎる。


『ばざらだんぜんしゃだら』


 ショタの真言が、ミコンに圧し掛かろうとするマキタを弾き飛ばす。

 効かないといっても、それでもちゃんとダメージがある。下手すれば、大剣で斬るよりも。


 すっ飛ばされたマキタが起き上がり、こちらを振り返る。


「ショタ、下がっていろ。俺が前衛をやる」


「でも!」

 ショタは思わず声を荒げる。

「このままでは倒せませんよ」


「こいつは倒せない。エレベーターが下り切るまで時間を稼ぐ」


「ですが……」


 ショタの言いたいことは分かる。マキタを倒せなければ、このクエストを終わらせることができないのだ。それはいまプレイしている五人の死を意味する。


「いまは何とか凌ごう。そのあとで攻略法を探す」


 そんなものをマキタが用意してくれていれば、の話だが。


 マキタは立ち上がると、ショタを狙って飛燕のように奔る。

 それを読んだアローが大剣の斬撃をマキタの未来位置に置いた。


 まるで自ら剣刃下に飛び込んだ形でマキタは刃を喰らい、驚愕の表情でアローを見上げる。


「てぇぇつやぁぁぁ。やはぁり、いちばぁぁん手強いぃぃぃのは、おんまぇぇかぁぁぁ」


『だから、俺を呼ばなかったんだろ』

 マキタを揶揄するアロー。


「ちぃがぁぁぁうぅ」

 怪物の胸で、巨大なマキタの顔が卑猥な笑みを浮かべる。

「おまえぇが、つぅよいからぁ、みぃんな、よばなかったぁぁぁんだぁぁよぉぉ」


『ほお』


 アローは、大剣を下段におろす。切っ先を後ろに向ける構えにとり、じりじりと距離を詰める。


 間合いを計っているように見せて、本来の目的は別だ。


 ひとつは、マキタに喋らせて情報を得ること。もうひとつは、時間稼ぎ。


『なぜ?』

 アローは問う。

『なぜ強いと呼ばれない。強い方が戦力になるじゃないか』


「うひゃひゃひゃひゃゃ」


 出来の悪いゼンマイ仕掛けのオモチゃみたいに、マキタが笑った。


「つぅよい奴はぁ、生き残るぅぅぅ、だろぉ?」


 マキタの巨大な顔が楽しそうに歪み、毛虫のような眉がひくひくと蠢く。


「ん?」

 スピーカーから流れた不快極まりないマキタの声に、徹矢は嫌悪感を忘れて首を傾げた。


 ──強い奴は生き残る?


 そう言ったのか? なんの話だ?


 徹矢の胸に疑問符が浮かぶ。そのかすかな動揺を、マキタは見逃さなかった。


 バネ仕掛けのビックリ箱みたいに、上に弾けて跳躍すると、上空からアローに襲い掛かった。


「くそっ」


 反射的に指はガード・ボタンを押すが、基本ガードは正面からの打撃にしか作用しない。真上から回り込んだマキタの爪は、アローに頭から背中にかけてヒットし、彼の身体を吹き飛ばした。

 どばっとHPが減る。


 回復薬か? 防御か? あるいは回避が間にあうか?


 コンマ数秒の時間の中で選択を迫られる徹矢。一か八かの回避。ぎりぎりでの回復薬は間に合わないことが多い。ガードは外される可能性がある。


 前方へエスケープ。HPは削れない。マキタがどこで何をしているかは分からないが、二撃目は少なくともヒットしていない。ミコンの回復が来る。アローの身体が光に包まれ、HPゲージがすすっと伸びる。


 生き残った。マキタの攻めは、詰めが甘い。

 アローは立ち上がり、大剣<ジュラシック・サバイバー>を構える。


「徹矢さん!」


 隣でショタが悲鳴に近い声をあげた。声がするのと画面を確認するのが同時。マキタがショタに襲い掛かっていた。


 しまった!

「ショタ、逃げろ」


 ショタ本人は徹矢の目の前にいた。だが、ゲームキャラであるショタは数メートル先。飛び道具のない徹矢が助けに行ける距離ではない。


「おまえがぁぁ、いぃぃぃぃちばぁぁぁぁぁん、邪魔なんだよぉぅぅ」


 モンスターが爪を振るった。


 マキタの巨大な体の向こうで、青の戦士の血が飛び散る。一撃、二撃、三撃。天狗の団扇のように大きな掌が左右から薙ぎ払われ、一瞬のうちにショタのHPが短くなり、すべてが赤に染まる。


「徹矢さん……」


 ゲーム機を手にしたショタが、青い顔をあげる。


 ゲーム内で、ショタが死んだ。


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