第21話 プレイすれば絶対に死ぬゲーム
そいつはカメムシのように肩が張っていた。
全身がサソリやグソクムシのようなヌメる甲殻で覆われ、針金を思わせる棘のような毛で覆われている。
肩に埋もれるように身体にめり込んだ頭部は小さく、昆虫のそれだ。
吊り上がった複眼はスズメバチを思わせる凶悪さ。
顎はカミキリムシを連想させる短くも強力な鋏。
肩先からのびるゴリラのような太い腕のさきには、天狗の団扇のように巨大な手のひら。そこから伸びる爪は研ぎ澄まされた刀剣のごとし。
さらに脇腹からもう一対の腕が生えている。こちらは蟻の脚にちかい。ただしその先端は槍のようにとがっていた。
太く短い脚は、がに股に開かれているが人のもの。
なにかの冗談のように学生ズボンに包まれているが、その内に秘められたものが人のそれでないのは明白。
そして、その怪異な存在の胸には、人の顔があった。
ただし、大きい。常識的なサイズ感を超越している。車のタイヤほどもある大きさの人の顔貌は、それだけで恐怖の対象だった。
しかも、その顔。
かつてのクラスメート、
醜悪な面貌が、愉悦とも嗜虐ともとれる歪んだ喜びに頬を綻ばせる。
「てぇぇつやぁぁぁ」
ゲーム機のスピーカーから効果音が響いた。
びびびと響く振動が、不快な共振をともなった指向性をもって、徹矢の鼓膜に突き刺さる。
『ダーク・イェーガー』をプレイするときは、スピーカーからは効果音とBGM、エネミーの咆哮しか発しないものだ。
だが、そのはずのゲーム機がいま、人語を発している。それはまるで、池の底から浮上してきた肺魚の頭部が、人面であった不気味さと変わらない。
徹矢は背筋をふるわせ、思わず身をのけぞらせた。
「てぇぇつやゃゃあぁぁぁ」
ゲーム内の怪物が、画面ごしに語り掛けてくる。
「とぉうぉう、おぅまぁえぇぇが、来た来た来たかぁぁぁぁああ」
悲鳴をあげたい。
すぐそばにショタがいなかったら、彼は泣き叫んでいたかも知れない。
だが、無敵のゲーマーとしてのプライドが、わずかばかりの矜持となって、徹矢の心魂を支えていた。
「マキタ、てめえ」
しぼりだすようにつぶやく。
マイクが彼の声をひろい、音声入力画面にその言葉を表示する。徹矢は恐れ戦く自分を叱咤するように、決定ボタンを押した。
『マキタ、てめえ』
アローが吹き出しを表示する。その雄姿に徹矢は勇気を得る。
『マキタ、てめえ。クラスの奴らを何人も殺してくれたみたいじゃねえか!』
怪物を目の前にして、深紅のアーマーの戦士が大剣を構える。
「きゃはははははははは」
ゲーム機が、女みたいな笑い声を発した。
ガード!
目で見るより速く、徹矢の指は反応していた。
60分の1フレームで襲い掛かったマキタの爪が、アローの大剣によってガードされている。徹矢の指は反射的にボタンを押す。
ガード・リバーサル!
反撃の一太刀がマキタを吹き飛ばした。
緑色の体液を撒き散らして、異形の怪物が後ろへ吹き飛ぶ。
ガード・リバーサルは、もともとはバグ技である。
ガードから10フレーム以内にボタン入力で自動的に発動する反撃技なのだが、もともとは格闘ゲームのシステムだった。
だが、『ダーク・イェーガー』を製作するにあたって、開発会社が同社の格闘ゲームからモーション・システムを移植したため、バグとしてガード・リバーサルのシステムが『ダーク・イェーガー』に流入してしまったのだ。
そして、その情報を徹矢に教えたのは他ならぬマキタである。
ただしマキタ本人は、そのガード・リバーサルのシステムを使いこなすことはできなかった。
「それをいま、自分自身で喰らった気分はどうだ、マキタ」
徹矢はゲーム画面にむかって低くつぶやく。
だがしかし、ちらりと確認した画面上部の敵HPバーは、まったく削れていない。
エネミーのHPを示す長いバー。その横に表示されたエネミー・ネーム「マキタ」。
派手に吹き飛んだが、さっきの攻撃のダメージ自体は喰らっていない。HPバーはまったく短くなっていない。
「堅いな」
吐き捨てる徹矢。その横でショタが低い声で朗々と言葉を紡いでいる。
「のうまくさんまんだばざらだんせんだ……」
言葉がマイクを通して入力画面に文字として表示される。ショタは力強く決定ボタンを押した。
『のうまくさんまんだばざらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらかんまん』
吹き出し一杯に、謎の文字の羅列がゲーム画面に開く。
「ぎぃぃぃやぁゃゃゃゃああぁぁぁぁぁぁ」
金属がねじ切れるような耳に痛い音が響く。
上部に表示されたエネミーHPバーががりっと2割削れ、すぐに回復した。
効果があった。ショタの呪文が、マキタにダメージを与えた。ただし、一瞬だけだ。
つまり、あのマキタの顔を胸に持つ怪物には、ダメージが通らないことになる。
いや、正確には超高速自動回復だろう。一瞬だけHPが削れているから。
『マキタぁっ!』
叫びながら、脇の通路から飛び出してきたアサシンがナイフを振るう。
アイザックが高速で繰り出すマシンガンのような斬撃は、しかしマキタへダメージを与えることはできない。一瞬だけHPが削られるが、たちまちのうちに回復してゆく。
「ざぁぁこぉぉぉぉが」
怪物が咆哮し、巨大な掌がアイザックの身体を吹き飛ばす。
彼のHPがどかっと四割削られた。
すかさず、ミコンの回復魔法。ただしミコンの姿は見えない。おそらく死角から魔法を放っているのだろう。
『みんな下がれ。攻撃が効かないぞ』
アローは警告しつつ、前に飛び出す。
このままではやられる。敵の攻撃力は高く、太刀打ちできない。
いっぽうこちらの攻撃は奴に通じない。このままやり合えば全滅は必至だ。
このパターンなら、普通は逃げるのが正解。
だが、ここはエレベーター・ステージ。
地底世界に降り切るまで離脱することができない。この狭いステージに、あの怪物と一緒に閉じ込められている。
普通このゲーム・バランスではクリア不可能と判断してあきらめるものだが、今はそれも難しい。
なにしろ、これはゲーム・オーバーになったらプレイヤーが本当に死んでしまうというデス・ゲームなのだから。
「なるほどね」
徹矢は独り言ちる。
「こりゃ、たしかに、プレイすれば絶対に死ぬゲームだ」
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