第19話 おまえいったい、何者なんだ


「あのアイザックってやつは、お前が呼んだんじゃないのか?」

 徹矢は驚いて訊ねた。


「知るか。おまえが、除霊師とあのアイザックって奴を呼んだんだろ? 俺が呼んだのは、ミコンとお前だけだ」


 クラスの主だった者たちに声をかけたとか偉そうなことを言っていたが、結局集められたのは二人だけらしい。


 大藪はクラスでは人望のあった方だと思ったが、所詮そんなもんか。もっとも、ことが死を呼ぶデスゲームでは仕方ないが。


 とにかく今はアイザックだ。

 あいつはどこからどうやって、このクエストに参加してきたのだ。

 自力で参加できたということは、元A組のメンバーである可能性が高い。それで、どこかで『マキタ・クエスト』の情報を得て、自主的に参加してきた。そういうことになるだろう。


 だが、誰だ? 徹矢はかつてのクラスメートで、アサシンを使っていた奴がいただろうかと首をひねる。


 そのタイミングでふと目を落とし、アクセル・ボードの電源ランプが赤になっていることに気づいた。


「やべえ、バッテリーが減ってきた。すまん、この話はまたあとにしよう」


 徹矢は慌てて電話をブチ切り、周囲を見回す。


 コンビニやファミレスに入れば、コンセントがあるだろうか? いやだめだ。充電器がない。アクセル・ボードの充電端子はUSBではないから、その辺で売っているわけでもない。


 となると、方法はひとつしかない。ショタの家に助けを求めに行く。それだけだ。


 徹矢は慌ててスマホをふたたび取り出し、ショタに助けを求めた。


「どうぞ、いつでも来てください。自宅の住所を送りますんで。カギを開けておくんで勝手に入っていいです。いま家族はだれもいませんから、そのまま二階にあがってきてください。ぼく、ちょっとトイレとか済ませてますんで」


「わかった。助かる」


 徹矢はチャット・アプリで送られて来たショタの家の住所をマップにコピーすると、ナビを入れた。ショタの自宅はここから三百メートル。近い。


 とにかくバッテリーが怪しいので、徹矢は走ることにした。


 途中でアクセル・ボードの電源ランプが、赤から赤の点滅に変わり、少々焦ったが無事にショタの家に到着。普通の一軒家だった。


 インターフォンを一回押し、そのままドアをあけて中に入る。


「おじゃまします」


 玄関にしめ縄がかざられ、あちこちにお札が張られた家である。

 お札は、普通に見る神社で貰うようなものではなく、謎の図形と異様に画数の多い漢字が書かれた物ばかり。中には人型のお札まである。


 小さな祭壇があり、蠟燭の灯が揺らめいていた。さすが除霊師の家。インテリアがエクソシズム感全開である。


「あ、どうぞ。上へ」

 階段の上からショタが手招きする。


「おう」

 応じて靴を脱いだ徹矢は、ついでにゲーム画面を確認し、ぎょっとなった。


 敵がいる。本来エネミーの入り込めない回復ポイントの洞窟内に、敵が侵入してきていた。


「ショタ、敵だ。敵がきているぞ」

「え?」


 徹矢の言う意味が分からないショタは階段の上に立ち、タオルで手を拭いている。


「早く! ゲームを再開しろ」


 いいながら徹矢はレバーとボタンを操作して、敵の攻撃を間一髪回避する。回避後の無敵状態一秒を利用して階段を駆け上がった。


「早く始めろ!」


 もたもたしているショタを急かして部屋に飛び込む。


 ショタは、シロクマのクッションのうえに放り出してあったアクセル・ボードを手に取ると、あわてて自キャラを操作しだす。


 徹矢はこっそり、ショタの画面を盗み見し、彼が操っているのが本当に『ショタ』かどうかを確認する。


 間違いなかった。

 ショタはショタを操っていた。ショタは間違いなく、池波小太であった。


「とにかく距離を取れ」

 徹矢はショタに指示をだす。彼には安全な場所にとりあえずいてもらいたい。


 回復ポイントである洞窟内に進入してきたのは、三匹の砂サソリ。大型犬ほどもある巨大サソリだ。


『敵だ! みんなもどれ』


 アローに叫ばせて警告するが、この警告は他のプレイヤーが画面を見ていないと気づかれない。


 棒立ちするミコンに、先頭のサソリが大鋏の一撃を与えた。

 がりっとHPを削られて倒れるミコン。


 砂サソリは大した敵ではないが、魔導士のミコンは防御力が低い。

 ゲージの三分の一を削られて、ダウン状態。


 攻撃を受けてダウンしたキャラは一秒後には立ち上がるが、ミコンがゲームに戻ってこない限り、ふたたび棒立ちを続けてダメージを喰らうことになる。


『おい、ミコン。早く戻れ!』

 アローはミコンを庇うように立ち、先頭の砂サソリに大剣の一撃を与える。


「ショタ、一度さがって、とりあえず回復薬を使え。HPをもどしたら、ミコンの防御をたのむ」


 そこへアサシンのアイザックが側宙を打って乱入してきた。


『どうして、回復ポイントにエネミーが入ってこれるんだ』


 文句をいいつつも、両手のナイフをつかった高速回転切りで竜巻のような多段ヒットを与える。

 一匹目撃破。


 後方で溜め技に入っていたアローは、そのタイミングでスキル技のパニッシュ・スラッシュを放つ。

 光の衝撃波が走り、残りの二匹にヒット。大ダメージとともに大きくノックバックさせて敵を下がらせる。


 アイザックがすかさず左の敵にジャンプ回転切りで突っ込み、アローがもう一匹に溜めからの突撃斬りをジャストでヒットさせる。


 二人して、二匹の敵を同時に倒した。


『どうしたの?』

 敵を倒した後になってミコンがもどってきた。


 トイレにいっていたかどうかは知らないが、離席していたのだから事情がわからないのも無理はない。

 そもそも本来回復ポイントに敵が入ってくることはないのだから。


『砂サソリが入り込んだ。なにかのバグか、「マキタ・クエスト」の仕様なんだろうさ』


 アローは大剣を背中に戻しながら、回復の泉に入る。この泉に入るとHPが回復し、ステータス異常がすべて解消される。


『理不尽ね』

 ミコンは言いつつ、アローに倣って回復の泉に入る。

『じゃあ、ここにいる。もうちょっと離席するから』


 なるほどね、と徹矢は肩をすくめる。回復の泉に入っていれば、万が一攻撃を受けても死ぬことはない。


 そこへひょっこりスプリングがもどってきた。

『どうした? なにかあったか?』


 暢気なものである。

『敵が入って来た』


 アローが答えると、スプリングは案外冷静に、

『ここにか? バグか?』


『さあな、仕様じゃないのか。どこに行っていた』


『ちょっと外の様子を見てきていた』


 答えるスプリングに、アイザックがたずねる。


『もしかして、知っていたか?』

『なんの話だ』


『ここに敵が入ってくることを、知っていたのかと聞いているんだ』

『知るわけないだろう』


『やめろよ、二人とも』

 仕方なく徹矢はアローを割って入らせる。

『スプリングだって知るはずがない』


 アローがセリフを吐くと、アイザックは諦めたように下がる。


 だが、収まりのつかないスプリングはアイザックに詰め寄る。


『おい、アイザック。おまえいったい何者だ。誰なんだよ』


『俺が誰だか分からないか? だが、分からないとしても、おまえは困らないよな』


『なんだと』

『だから、やめろって』


 画面を見つめる徹矢はため息をついた。

 その徹矢に、ショタが電源コードを差し出す。すでに一方はコンセントに挿し込まれている。


「助かる」


 礼を言って徹矢はアクセル・ボードにコードを繋いだ。電源ランプが赤からオレンジに変わり、充電が開始されたことが分かる。


「徹矢さん、すみませんでした」

 ショタが謝罪した。

「あのホースケという方のこと、黙っていて」


「ま、言われても、あいつがすでに死んでいるなんてこと、俺は信じなかったかもな」


 徹矢は苦笑した。ショタが勧めてくれたアザラシのクッションの上に腰を下ろす。


『おまえこそ、何者なんだ?』

 画面の中でアイザックが、ロビーアクションでスプリングのことを指さしていた。

『本当におまえ、大藪なのか?』


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